3.すでに手遅れだった
「井出さん、おはようございます」
「谷崎さん、おはようございます」
朝、大吉アパート食堂。
大吉はいつものように谷崎と朝の挨拶をかわした。
朝食を共にする谷崎もすでに日常。
それだけ世界にオカルトが馴染んだという事でもある。黒軍が現れた当時と今とは状況がかなり変わっているのだ。
今日の話題はアレかな……渋い顔をした谷崎に大吉はそんな事を思いながら席につく。
「交渉は、難航しております」
そして予想通り、谷崎の話題は黒軍の賠償終了の話題だった。
大吉は朝食を食べながら、谷崎に問う。
「もう十分損害の穴埋めはしたと思いますが、まだ駄目なのですか?」
黒軍が流通の邪魔をしていた頃よりも、賠償していた頃の方が倍以上長い。
船便も航空便も時間が短縮された分、流通量はこれまでよりも多いはずだ。
そう思い首を傾げた大吉に答えたのは、黒軍として交渉しているフォルテだ。
「それが……安売り出来ないと、困ると」
「損害の賠償だったのになぜ安売りするんだよ」
「空前の儲け時ですからね。競争も激化するんですよ」
「なんだそりゃ」
安いから買う者がいなくなるので、駄目です。
人は元の価格に戻ったとしても損したと思うもの。
しかしそれはわがままだろう。
こんな事を認めては黒軍はずっとボランティアをする事になってしまう。これは迷惑をかけたおわび。ボーナスタイムを当たり前と思われても困るのだ。
大吉は少し考え、フォルテに言った。
「フォルテ、料金を設定して段階的に引き上げろ」
「よろしいのですか? その……大吉様にご迷惑がかかるのでは?」
「私がいますから大丈夫です」
ぺっかー。
心配するフォルテにエルフィンが胸を張る。
大吉は話を続けた。
「このままだとお前ら永遠にタカられ続けるぞ。船や飛行機よりも速いんだから、それ以上の料金を設定すべきだろ」
「日本国には?」
「同じ扱いだ。それでいいですよね谷崎さん」
「今後の事を考えればそうするべきでしょうね。他の国から妙な圧力をかけられても困りますし……我が方はそちらの扱いに関する足並みが揃っておりませんので、そちらから猶予期間などの条件を出して頂けると助かります」
大吉の言葉に谷崎が頷く。
皆が平等に高くなるならそこまで不平は無いだろう。
それに出来る奴がいるからと言って何でもかんでも押しつけていると自分の力で出来なくなる。人というものは甘ったれるとどこまても甘ったれる生き物なのだ。
相手は人知を超えたオカルト。いつ消えるかも分からないし自ら作り出せるものでもない。アテにし過ぎてはならない代物だ。
そういやどこかの国であったなぁ。ウハウハだった鉱山が枯渇したけど国民に働く習慣が無くて困ってるってのが……大吉は目玉焼きを食べながら言った。
「お前らはオカルトだからな。ずっぽりハマってから消えると俺らが困る」
「ええっ! 大吉様は私達が消えるとお思いなのですか?」
「当たり前だろ。ここはお前らにとっては異世界だぞ。こんな異常な状態がずっと続くと考える方がおかしい」
「そんなぁ……」
へかー……輝きがヘタれるエルフィンだ。
「だから人の都合で働かずに自分の都合で働け。そして迷惑かけない程度にこの世界を楽しめ」
「大吉様……はい!」
ぺっかー!
「眩しっ!」
「あ、大吉さんのご飯は今がチャンス!」
「奪い取るです!」「ソーセージもらうでしゅ」「ぬか漬あげるです」「ニンジンあげるですぅ」「ああっ、大吉様のご飯が! 私の目玉焼きをどうぞ」
「大吉様のご飯が! 今からおかわりを「まず輝きを何とかしろ」ええっ!」
目潰しを食らった大吉の皿に皆が手を伸ばす。
視界が戻った皿はぬか漬けだらけ。そしてフォルテが半分食べた目玉焼き。
もの悲しい皿に大吉はため息をつき、ぬか漬けをポリポリ食べる。
「ま、そんな訳だ。フォルテも黒軍に言っておけ」
「わかりましたわ」
「ところで、大吉様はお仕事を辞められないんですよね?」
「当たり前だ。俺の仕事は俺の都合だからな。後々飯が食えなくなったら困る」
あぶく銭が出来たからと言って遊び呆けていると、無くなった時に人生が詰む。
適度に働き、適度に遊ぶ。
普通の人生に必要なのはバランス。細く長くだ。
だから仕事を辞める事は無いと大吉が告げると、皆が笑う。
「でしたら私はこれまでと変わりませんね」
「私もこれまで通りですわ」
「です」「でしゅ」「です」「ですぅ」
「そうか」
まあ、本人達がそれを選ぶなら大吉は止める気も無い。
後でセカンドにも言っておこう。
そしてあと二つ。どうせ出て来るだろうから言っておかないとな。
大吉は朝食をたいらげて茶を飲み始めると、テレビが気になる話題を流し始めた。
『先日、フラットウェスト社にて発生したスマホゲームのトラブル原因が、オカルトだと判明しました』
「へ?」
『昨日、同社の第二開発部が発表した動画です。電源コードを輝く何かが移動しています。そして画面には『バレタゾ』や『ニゲロ』『ぴゅー』という文字列が表示。コンピュータウィルスでは電源コードの発光が説明出来ず、このオカルトがトラブルの後現れた黒軍や黒の艦隊の出現を手引きしていたと見られております』
アナウンサーが言う通り、動画には輝く何かがコードを伝っているのが見える。
大吉は呟いた。
「グレムリン……『ファクトリー』だな」
まだ出て来ていない生産ゲーの機械妖精だ。
「谷崎さん、これ知ってました?」
「いえ。今、初めて知りました」
「あやめさんは?」
「第二開発部の事ですから」
……デスヨネー。
迷惑かけるなと伝えるのは手遅れだったか? と、大吉が考えていると部屋のチャイムが鳴る。
ピンポーン……ピンポーンピンポーンポーンポポポポ……
「誰でしょうか?」
「……俺が出る」
この雑さ、嫌な予感がするなぁ……
大吉がそんな事を考えながら玄関のドアを開けば二十歳前後の女性。
女性は大吉の顔を見るなりにかっと笑って輝いた。
「いやぁミスターブラック。しくじりましたわぁー」
「……ミリアか」
やっぱり手遅れだった。
大吉はガクリと肩を落とした。
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