1.大吉、バウルに泊まる
「大吉様、到着しました」
決戦の二日後、小笠原沖。快晴。
エルフィンに抱えられた大吉は、エリザベスとフォルテと共に、バウルの根に降り立った。
「エルフィン。お前、当たり前のように飛ぶよなぁ。船とか使わないのか?」
「徒歩で行けるのに、なぜ他の方にお願いしなければならないのですか?」
エルフィンにとって海上など乗り物を使うまでもない徒歩の領域。
ちょっとそこのコンビニに行ってくるみたいなノリだ。
「お前が徒歩で行けない所って、どこだよ?」
「さあ?」
「さすがデタラメ一号です!」
首を傾げるエルフィンに大吉が呆れる。
そんなやりとりをしていると出迎えがやってきた。
「「「大吉様いらっしゃいませ!」」」
ぱぱぱぱっ……大吉からバウルの幹に至る根が輝き、芽吹いた新芽が道を作る。
その道の両側に黒軍全軍がズラリと並ぶ。
ゆさりと、巨大な幹が頭を垂れた。
「大吉様、ようこそいらっしゃいました」
大吉一人に、富士山よりも高い樹木が幹をくねらせる。
何とも大げさな礼に大吉は苦笑いだ。
「ささ、どうぞどうぞ」
「これ、上を歩いていいのかな?」
「こんごうが乗っても大丈夫でございます」
「……まだ抱えられてるのか」
見上げれば頭を垂れたバウルの巻き添えを食らって慌てているこんごう乗組員。
落とすなよ。
大吉はそんな事を思いながら、おそるおそる緑の道の上に乗る。
芝生を踏むようなふんわり柔らかな感触が大吉の足元から伝わってくる。
踏み潰したかと大吉は足をどけて見たが新芽はへっちゃら。
さすがバウル。新芽もとても頑丈だ
「それでは、案内しますぞ」
「うわっ」
ざわり。新芽が大吉を前に運ぶ。
まるで動く歩道だ。
「わ、私だってこのくらい「いや、そんな事しなくていいから」ええっ!」
「張り合い方が間違ってるです」
「本当にもう……大吉様、黒軍の皆に手を振ってあげてください」
「こうか?」
「「「「うっひょーっ!」」」」
大吉は頭を下げる黒軍に手を振れば黒軍熱狂。ぺっかぺっか輝きまくる。
お前ら本当に、もう黒捨てちまえ。
そんな事を思いながらバウルの幹に近付くと、宿泊所の扉の前には軍団長達が頭を垂れている。
大吉は皆に頭を下げた。
「招待ありがとう。世話になる」
「我ら黒軍、全力で歓迎いたしますぞ。ささ、バウルが作り上げた大吉様の館をご覧下さい」
ブリリアントが大吉に答え、館の扉を開く。
いきなり広がる大ホールだ。
「ここが玄関前大ホールでございます」
「広すぎだろ」
別の部屋に続く扉が遠い。遠すぎる。
会社の敷地が何個も入るな。向こうまで何百メートルあるんだよ?
顔をしかめて奥への扉を睨み大吉が呟くと、ブリリアントが笑う。
「なに、バウルに言えば歩かずとも大丈夫」
「その通りでごさいます」
床が大吉を運べばあっという間に別の部屋へと続く扉だ。
そして扉が開くと向こうが霞んで見える廊下に扉がずらり。
「寝室も居室もたくさんございますので、大吉様のお好みでお選び下さい」
「……一番近い部屋で頼む」
「わかりました。私に言っていただければ、部屋をどこへでも移動いたします」
「それならこんなに部屋はいらんだろ」
フォルテが言っていた通り、呆れた大きさだ。
バウルに運んでもらって一番近い部屋に入れば、何もかもがでかい。
「でかいな」
「我々が共に過ごせるようになっておりますからな」
「なるほど」
広さも高さもブリリアントやガトラスでも問題なく過ごせるようになっている。
「奥には寝室がございます」
「……でかいな!」
寝室に移動すれば巨大なベッドだ。
「我らが添い寝できるほどの広さです」
「俺も大丈夫だ」
「ねる、ねる」
「私も大歓迎でございますぞ!」
「いやー、屍と寝るって、どうよ?」
「そんな大吉様! 屍でもエネルギッシュ! ヘルシー!」
「わかったわかった」
健康アピールする屍を適当にあしらいながら、今度は浴室に移動する。
かぽーん。浴槽には湯がすでに張られていた。
「風呂も俺が肩まで入れるサイズだぜ」
「浮き輪! 浮き輪を要求する!」
水深何メートルだよそれは?
ガトラスの言葉に叫ぶ大吉だ。
何もかもが巨大。巨大すぎる。
フォルテが言っていた通り、どこの宮殿だという有様だ。
「わかっておりませんね。バウル」
エルフィンが胸を張る。
「大吉様は『俺に必要な分だけあれば良い。いらんものはくれてやれ』とおっしゃるお方。ですからあのようなコンパクトな部屋にお住まいなのです」
「……」
それは家賃の問題です。
こっ恥ずかしい事を堂々と言うエルフィンに赤面しつつ、大吉は居室へと戻り荷物を置く。
ブリリアントが瞳をキラキラ輝かせながら聞いてきた。
「で、今日は我らの誰が添い寝を?」
「いらん」
寝返りで潰されても困る。
大吉が答えると皆、涙目だ。
「では風呂! 風呂に一緒に入りましょう!」
「その位はしてくれてもいいよな? な!」
「ふろ、ふろ」
「せっかくですから! せっかくですから一緒にお風呂くらい入りましょう!」
「……まあ、その位なら」
「我も入ります!」「俺も」「はい、るー」「私も、私も入りますぞ!」
「うぉい!」
「フォルテよ、エルフィンらを居室に案内するのだ! レッツバスタイーム!」
ブリリアントが大吉を咥えて浴室へと突撃する。
まあ、旅の宿はまず風呂か。
ルンルン気分の皆に笑い、大吉も服を脱いだ。
「いい湯だなー」「ですな」「おう」「ゆー」「まったくですな」
かぽーん。
ブリリアントの背やガトラスの手、ふよふよと泳ぐボルンガに乗りながら大吉は風呂を堪能する。
広すぎる風呂はすごく良い。
足がつかない深さなのは何とも怖いが、いい湯だ。
大吉はふと思いつき、ブリリアントに聞いてみた。
「そう言えばブリリアント、黒軍は荷物運びをまだやってるのか?」
「続けておりますが、それが何か?」
「いや、そろそろ手伝いも終わりにする時だろ。あんまり続けると当たり前のように要求されるようになるぞ?」
「そうですな。我らも荷物運びの為に来た訳ではありませんからな。フォルテに交渉をさせましょう」
「そうしとけ……そろそろ、出るか」
「ですな」「おう」「で、る」「そうですな」
エルフィンの輝きで壁が眩しいし。
大吉は風呂を出て皆と食事を楽しみ、偽黒への土産だとイカを大量に渡されてバウルを後にした。
この時大吉が言った事で世界が混乱するのは、もう少し先の事である。
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