11.大吉宿泊権争奪、大花火大会
「大吉様ご宿泊はこのバウルが先約! 後にしろ」
『断る』
「ならば我らと一戦交えるか?」
『バカめ』
「なんだと! 偽黒の分際で!」
『重力に囚われた田舎者が!』
「『こてんぱんだ!』」
交渉はこじれた。
思いっきりこじれた。
バウルの介入により日本国と黒の艦隊の交渉は決裂。戦争状態へと突入した。
大吉のお泊まり順番で宇宙戦争が勃発。
日本国もこんなアホな理由で戦渦に巻き込まれるとは予想外だろう。
「井出さん……」
「すみません。バウルがすみません」
おかげで谷崎の携帯は鳴りっぱなしである。
そして電話の度に谷崎がお願いしますと大吉に土下座し、大吉がムリでしたと土下座返し。何度もこれを繰り返す。
あちらを立てればこちらが立たず。
どちらに肩入れしても片方が駄々をこねる状況に谷崎も大吉もお手上げだ。
「ここは喧嘩両成敗。私が双方こてんぱんに「やめれ」ええっ!」
これ以上ややこしくしないでくれ。
息巻くエルフィンを大吉がなだめていると、救世主が黒豆を持って現れた。
何をしているかわからない人、五月あやめだ。
「ここは勝負で決めましょう!」
「は?」
勝者には大吉を。
敗者には黒豆を。
あやめはバウルと黒の艦隊のセカンドと交渉し、大吉宿泊権争奪勝負の日時を決めてきた。
交渉の肝、まさかの黒豆。
そんなものでまとまるとは思わなかった大吉だ。
「皆さんが黒にこだわりがあって助かりました。黒最高!」
「……そうですね」
ちょっと前まで「どうにかなりませんか?」と言っていた谷崎、大絶賛。
「いやー、ファンサービスイベントの目玉がトンズラしちゃったから助かります」
そしてあやめの勤めるフラットウェスト社もイベント目玉を確保して安心。
「トンズラした目玉はここにいますけどね」
「「「ごめんなさぁい」」」
「でもおかげでもっと派手になりそうです」
「第一開発部はノータッチじゃなかったんですか?」
「私だってたまには仕事しますよ?」
「たまにしかしないんですか!」
わけわからん。
そして勝負の日、フラットウェスト社ファンサービスイベント当日。
黒の艦隊が東京の夜空に現れた。
「でかいな」
イベント会場をエルフィンと歩きながら、大吉は空を見上げて呟いた。
さすが直径六百キロ。バウルよりもずっと大きい。
距離二万キロにまで接近した月よりも大きな黒丸に大吉もびっくりだ。
お祭り騒ぎのファンサービスイベント会場に視線を移せば、ロボがトンズラした台座の一つに、輝きと共に黒の艦隊の者達が現れる。
ぺかっ……輝き転送だ。
「おっさんだ」「ヒゲのおっさんだ」「渋い!」「でも……少女?」
渋いヒゲのおっさん達、十歳前後の少女を伴っている。
艦長と行動を共にする艦の分身。セカンド達だ。
「大吉様、女性がたくさんです」
「エルフィンさん……禁句です」
船だから女性じゃん! ゲームだから仕方ないじゃん!
エルフィンの素朴な疑問に心で叫ぶ大吉だ。
大吉が視線を移せば黒の艦隊が現れた台座と対峙するように、もう一つの台座で樹軍の樹木がくねくねと踊っている。
「熟した果実やすいよーやすいよー」「もぎたて果実だよー」「生搾りジュースもおいしいよー」
フレンドリーな怪獣達、自ら育てた果実販売。
もう怪獣にも慣れたのだろう、周囲は黒山の人だかりだ。
ちなみに犬耳尻尾なエリザベスはコスプレ枠として参加し、きわどい撮影に輝き&尻尾ガードを炸裂させていた。
「大吉様、そろそろ時間です」
「わかった、エリザベス!」
「はいです!」
午後七時。約束の時間だ。
大吉達が向かった最後の台座は外から中が見えないように天幕がかかっている。
台座に立つおっさんと少女、そして樹軍の樹木達はイベント盛り上げ要員。
肝心な事は衆目に晒される事は無い。
イベントに沸くその足下で、大吉達は黒の艦隊の代表者を出迎えた。
「我らを導くシュバルツ……いえ、ここでは大吉様でしたな」
「オキタか」
黒の艦隊副司令オキタと彼の乗艦の分身、ヤマト・セカンドが頭を下げる。
「この度はセカンドが駄々をこねてしまい申し訳ありません。我らも説得したのですが独り寝はもう嫌だと拗ねてしまいまして」
「あー、俺がいないからか」
「はい。シュバルツの夢に集結した我が黒の艦隊は、おかげで今も艦隊司令不在でございます」
直径六百キロの艦隊旗艦の艦長兼艦隊司令はシュバルツ、つまり大吉だ。
ゲーム開始時に新造艦であったのだから、今の艦隊旗艦も新造艦なのだろう。
就任するはずの艦隊司令をセカンドが認めず、不在のまま母星を出奔したらしい。ゲー夢のせいで厄介な事になっていた。
「ところで、艦隊旗艦の艦名は……?」
「クーゲルシュライバーに決まっているではありませんか」
「うはぁ……」
何となく格好良いと付けた名だったが、後でボールペンと知り悶絶した名だ。
これからこの名が全世界に轟くのかと思うとこっ恥ずかしいどころではない。
そしてボールペンじゃんと言われたセカンドが何をするかと思うと怖い。
後で改名するか聞き流すか選んでもらおう。
大吉がそんな事を思っていると、誰かが輝き転送でやって来る。
「シュバルツ……会いたかった」
「久しぶりだな。セカンド」
艦隊旗艦『クーゲルシュライバー』の分身、セカンドだ。
「それでは、両陣営代表に勝負の説明をいたします」
黒の艦隊代表はセカンド。
樹軍の代表は代理のフォルテ。
二者を前にあやめがルールを説明する。
「勝負開始は午後七時半、終了は午後九時。その間に敵をこてんぱんにした方が勝ちとなります。こてんぱん以上の攻撃、時間外攻撃、樹軍と黒の艦隊以外への攻撃は反則負けですのでご注意下さい」
花火大会のようなスケジュールでガチ殴り合い。
そう、この戦いは対外的には花火大会扱いなのだ。
フラットウェスト社は宿泊権争奪の殴り合いに便乗する気マンマン。拾ったロボといいこれといい、他力本願全力であった。
「審判は私、光の黒騎士エルフィン・グランティーナと黒の銀狼、聖女エリザベス・ウルフハウンドが行います」
「質問を受け付けるです」
「質問」
エリザベスの言葉にセカンドが手を上げた。
「防御で弾いた攻撃はどのように? 跳弾でも当たれば皆こてんぱん」
「私が防ぎますのでご安心を」
「大丈夫? 本当に大丈夫?」
「はい」
首を傾げるセカンドにエルフィンは自信満々。にこやかに頷く。
「なら、いい」
セカンドが大吉に近付き、触れる。
「それではシュバルツ、また後で」
「勝っても負けても恨みっこなしだぞ?」
「はい」
ぺかっ……セカンドが輝き、消えた。
戦いの始まりだ。
艦隊旗艦『クーゲルシュライバー』に戻ったセカンドは、艦隊に命令した。
「全艦、砲撃戦用意」
『惑星への影響は、どのように?』
「こてんぱんにするまで考慮する必要は無い。向こうが全て防いでくれる」
あれだけ自信満々だったのだ。やってもらおう。
戦闘準備の警報音が鳴り響く中、セカンドは大吉に触れた手を握る。
本当は輝き転送で大吉も連れて戻るつもりだった。
相手はしょせん星の表面をうろちょろしている樹木。太陽系をトンズラしてしまえば宿泊権など関係無い。一泊したら地球に戻り、しれっと謝るつもりであった。
たった一泊のために太陽系をトンズラ。超贅沢な宿泊だ。
しかし、防がれた。
輝き転送で戻ったのはセカンドのみ。エルフィンに防がれたのだ。
「……あの女、侮れない」
しかし……まだまだ甘い。甘すぎる。
セカンドはまだ、エルフィンのデタラメ片鱗を見たに過ぎないのだ。
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