幕間.女達、夜の会話
「フォルテ、私は女を磨こうと思います」
「はぁ……」
夜、大吉家のエルフィンの部屋。
エルフィンの言葉に、フォルテが何とも言えない返事を返した。
なぜここにフォルテがいるかと言うと、黒軍が駄々をこねたからである。
エルフィンと共に家に帰ろうとする大吉に金剛竜ブリリアントや要塞世界樹バウルが我も俺も一緒にと言い始め、エルフィンだけ一緒とかズルいと大騒ぎ。
当たり前だが賃貸2DKアパートの大吉の部屋に竜や要塞が住める訳がない。
巨人ガトラスとスライムボルンガ、リッチービルヒムもサイズ的にムリ。
黒軍の強者達に日本の住宅事情は厳しいのだ。
「「「「「大吉様ーっ!」」」」」
「あなた達は大き過ぎるのです。諦めなさい」
「それでは我らと一緒にバウルの中に住みましょう!」
「大吉様はあの町でぶるるんの仕事があるのです。諦めなさい」
駄々をこねる軍団長達にエルフィンは勝利宣言。
しかしそこに強力なライバルが現れた。
「大吉様! でしたらフォルテお姉様をお連れ下さい!」
惑軍、サキュバス集団だ。
自らの軍団長であるフォルテを大吉に押しつけてきたのだ。
「お姉様がいると意中の方がちっとも振り向いてくれないんですよね」
「私達もなかなかのものだけど、お姉様には敵わないわよねー」
「お姉様がネーロ様一筋なの知ってるのにねー」
「ムリ。お姉様がライバルとか絶対ムリ」
「ですからまずお姉様がガツンと幸せを掴んで下さい」
「「「私達の恋路を応援すると思って!」」」
モテ過ぎてお局様扱い。何とも幸せなフォルテである。
「なんという幸せ軍団! 強い! 強すぎる!」
強過ぎて厄介者のエルフィンとは大違いだ。
エルフィンが良くて黒軍がダメなのはズルいと言われれば大吉も断りにくい。
そんな訳でフォルテは大吉とエルフィンと共に大吉の家に住む事になった。
部屋はとりあえずエルフィンと相部屋。
だから今、エルフィンに相談を受けている訳である。
「女を磨く、ですか?」
フォルテはエルフィンに問い返す。
「私、他の事を鍛えるのに必死で女を磨く事が出来ませんでしたので」
「大吉様の仰る通り、び「美?」……それなりだと思いますが」
危ない、危ない。
照れ念で大吉様にご迷惑をかける所でした。
災害を未然に防ぎつつ、フォルテはエルフィンをまじまじと見る。
それにしても磨かないでこれですか。強いですわねエルフィン……
ぺっかと輝くそれはおいといて、フォルテの目から見てもエルフィンは輝くダイヤの原石だ。本人の努力でかなりのものになるだろう。
昨日までは敵であったが今日からは同じ主に従う仲間。
そしてフォルテの願望成就の為にはエルフィンの願望成就は不可欠。
フォルテは縋るような瞳で見るエルフィンに頷いた。
「わかりました。とりあえず貴方の女力を見させて頂きます」
「女力?」
「私達サキュバスにとってメス、女性は幼かろうが老いていようが気を抜けばオスを奪われる強力なライバル。無駄な誘惑で時間を浪費しないよう、ライバルの力を調べる眼力を持っているのですわ」
ちなみに男力を調べる事も出来る。
財力、権力、何よりも愛。
サキュバスだって老後はある。やたらと誘惑すれば良いってものでもない。
誰に全力を注ぐかを決めるために、眼力は超重要なのだ。
「それではエルフィン、気を楽にして下さい……ふんっ!」
ぽわん。
フォルテが輝き、眼力が発動する。
やがてフォルテの脳裏に数字が浮かび上がった。
-9。
「マイナス!」
「マイナスですか!」
いきなりマイナスが出て来て戸惑うフォルテだ。
は、初めて見ましたわマイナス値。
と、フォルテは驚愕していたのだが、本当の驚きはここからだ。
-999999……
「続くんですの?」
「マイナス二桁以上!」
9が延々と続く有様にフォルテが叫んだ。
それも続く、まだまだ続く。
驚愕するフォルテの脳裏に9は三分以上延々と続き、やがて一つの記号で締めくくられた。
∞。
「無限大!」
「インフィニティ!」
計測限界突破。無限ダメ力だ。
その記号出すなら9の意味は何だったんですの? と、初めて見た∞に首を傾げるフォルテである。
それにしてもエルフィン、マイナスだけならまだしも∞。
空恐ろしいダメ感に目眩を感じながら、フォルテはエルフィンの肩を掴んだ。
「エルフィン、あなた見た目は良いのにダメ過ぎですわ! 超絶地雷がありますわ!」
「まさか、料理!」
「とても美味しかったですわ!」
「それでは大吉様と一緒にした洗濯!」
「大吉様の制服アイロンがけは完璧でしたわ!」
「では大吉様と一緒にした掃除!」
「綺麗ですわ! 超絶綺麗ですわ! そして大吉様と一緒とか羨ましいですわ!」
エルフィンは炊事洗濯掃除裁縫その他諸々も鍛えている。
だから全て完璧だ。
「そ、それでは……」
「エルフィン……現実から目を背けるのはやめなさい」
原因を探るエルフィンをフォルテが止める。
超絶地雷に思い当たるフシがありすぎるからだ。
「鍛え過ぎましたわね」
「ええっ! ち、ちょっと強くなっただけではありませんか!」
「どこがちょっとですか。神の如き強さです。そのデタラメ力が溢れる魅力を全て恐怖で塗り潰しているのです!」
「鍛え……過ぎたっ!」
フォルテの言葉にエルフィン愕然。
「何事も加減が大事。強ければ強い程良い訳ではないのです」
「で、でも漫画の女神とか人間とイチャコラしているではありませんか!」
「イチャコラしても人間に害が行かないからに決まってるではありませんか!」
それはイチャコラしてても常識的な振る舞いが出来るからこそ可能な事。照れ念で扉を吹き飛ばすオカルトハイパワーにはムリなのだ。
「今のあなたではイチャコラした途端に大吉様が粉みじんですわ! ビルヒム様でもムリなあなたの知らない世界への旅立ちまっしぐらですわ! 今すぐそのデタラメハイパワーを捨ててきなさい今すぐに!」
「捨てるなんてムリに決まってるではありませんかーっ!」
一度身についたオカルトを捨てるのは難しい。
理不尽パワーだからだ。
「では鍛えなさい! 大吉様に何をされてもオカルト発動しない鉄壁ガードを身につけなさい!」
長所を伸ばすより強烈な短所を潰す事が重要。
女を磨く以前の問題だ。
「つまり慣れ、慣れろというのですか! サキュバスのように男を弄んで経験を積めと言うのですか? 大吉様に全てを捧げたこの私に?」
「はぁ? サキュバスが身体を捧げるのはこの方と決めた相手だけに決まってるではありませんか。有象無象など夢で十分。身体を使う価値すらありません!」
「くっ! さすがサキュバス!」
夢で何とでも出来るから身体は使わない。
サキュバスもインキュバスも頭脳労働者なのだ。
フォルテはエルフィンに宣言した。
「あなたに必要なのは慣れではなく我慢です!」
「ガマン!」
「そう。大吉様の言葉に一喜一憂する事なく優雅に振る舞う、オカルトをねじ伏せる我慢力を身につけなさい。そして大吉様の愛を頂くのです!」
「愛「我慢です!」」
すぱーん!
ぺっかと輝きそうになったエルフィンをフォルテはチョップで止める。
愛に関してフォルテはエルフィンより強者。
欲しいものを持っている者は強いのだ。
フォルテが叫んだ。
「私だって大吉様の愛を頂きたいのです!」
「まさかのライバル宣言!」
「別にあなたと争う気はありませんわ。頂くだけなら今でも出来ますから」
「まさかの勝利宣言!」
「ですが愛はその時限りのものではありません。時間をかけて深く素晴らしいものにしていくもの……ですが」
ジロリ。フォルテがエルフィンを睨む。
「あなたが今のままでは愛を頂いたとたんに世界もろとも大吉様と私の命が粉みじんですわ!」
「ええっ!」
「私は死の恐怖に怯えながら大吉様とイチャコラしなければならないのですか? 世界の危機と愛を天秤にかけなければならないのですか?」
「す、すみませんっ! 我慢しますからお許し下さいっ!」
フォルテの剣幕にエルフィンが土下座する。
そんなエルフィンにフォルテは手を差し出した。
「努力なさいエルフィン」
「フォルテ……いえ、師匠!」
「こんな出来の悪い弟子はいりません。フォルテで結構」
エルフィンがフォルテの手をがっしと握る。
エルフィンの愛が成就しなければフォルテの愛は成就しても即終了。
ヘタをすれば世界の滅亡だ。
「さあエルフィン、我慢を鍛えましょう。二人の明るい家族計画の為に!」
「はい!」
ぺっかー。ぽわん。二人が明るく輝く。
二人が未来に希望を見出した頃、トントン……部屋の扉が叩かれる。
家主の大吉だ。
「夜中に、騒ぐな!」
二人に、大吉の説教が炸裂した。
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