1.十年ひと昔。甘酸っぱくも懐かしい。
「では荷物をお預かりいたします。ありがとうございました!」
宅配ドライバー、井出大吉はお客様に頭を下げた。
お客様には失礼の無いように。
そして荷物は大切に。
周囲確認、安全運転。
大吉は手にした荷物をトラックの荷台におさめ、トラックを発進させた。
懐かしいなぁ……預かった荷物を思い出し、運転席で大吉は笑う。
先程お客様から預かった荷物はVRドリームインターフェース『エクソダス』。
今から十年前、大吉が中学二年の頃に発売された、夢で遊ぶ機械だ。
フラットウェスト社というゲームメーカーが開発したバイクのヘルメットのような外観のそれは、寝ている間に見る夢を明晰なものとして活用し、なおかつ睡眠もしっかりとれる優れもの。
理屈や技術は大吉にはよく分からないが国の認可が下りたのだから安全なのだろう。発売から七年間ハマりにハマった大吉自身が今も元気に仕事をしているのだからきっと安全に違い無い……たぶん。
このエクソダス、寝ながらゲームが出来るとあって発売当時から人気爆発。続々とリリースされたゲームの圧倒的リアルさもあって人気を不動のものとした。
現実世界から夢の世界への脱出、まさにエクソダス。
非現実的でリアルな世界と登場キャラクター達は、並み居るゲーマー達に別の世界に抜け出たようだと絶賛された。
かつては大吉もその一人だった。
しかし、今は違う。
昼夜問わず寝ゲーし過ぎた為だ。
子供時代の大吉はとにかく寝まくり寝ゲーしまくり。家で起きている時間は食事と風呂とトイレ位な程に寝ゲーしまくった。
当然、こんな生活を親が許す訳が無い。
井出家は普通のサラリーマン一家。
寝てばかりの生活では将来食べていけない。
育成ゲー、軍団戦略ゲー、RPG、ロボゲー、宇宙ゲー、生産ゲー、スパイゲーとサービス終了まで寝遊び倒した大吉は、食っちゃ寝ゲームばかりしていないで働けとエクソダスを叩き壊されて知り合いの運送会社に放り込まれた。
怒鳴られながら店で荷物を仕分け、免許を取らされ、集荷と配達に汗水たらす肉体労働に揉まれて三年。今やすっかり宅配ドライバーだ。
父さん、母さん、ありがとう。
お陰で俺は寝たきりゲーマーから脱却出来ました。
お金の大切さも知りました。
食っちゃ寝ゲームではご飯が食べられない事も知りました。
そして、夢では物を運べない事も知りました。
「よっ……と」
大吉は荷台の荷物が転がらないよう、ゆっくりと交差点を左折した。
結局、誰かが物を運ばなければならない。
情報を伝達する事が出来ても物がひとりでに動いてくれる訳ではない。そして考えただけで物が作れる訳でもない。
誰かが体を動かしてはじめて出来る事もある。
大吉が七年ハマッた寝ゲーも誰かがエクソダスを開発し、誰かがゲームを運用し、誰かが機器を運搬しているからこそ出来る事。
大吉が先程お客様から預かったエクソダスも定期的なメンテナンスが欠かせない。
エクソダスは精密機器だからだ。
使用者の状態は刻々と変わるもの。エクソダスは使用者の状態を記録し、三ヶ月に一度のメンテナンスで最高の夢の世界を見せるように調整される。
常に最新の状態にアップデートしなければ寝ゲー夢人生も送れないのだ。
大吉達宅配ドライバーと運送会社は夢と現実を結ぶ、まさに夢の架け橋……
「うわぁ、こっ恥ずかしい」
さすがにそれは言い過ぎか。
心に浮かんだ言葉に大吉はプッと吹き出し、店に戻った。
「ただいま戻りました」
「おう、今日もメット運搬ご苦労さん」
「VRドリームインターフェース『エクソダス』ですよ店長」
「んなもんメットでいいんだよメットで。ややこしい事言う暇あったらとっとと飯食ってキリキリ働け。午後の集荷と配達もたんまりあるからな大吉」
「うへぇ……」
あらゆる物を遠くから調達する今の世の中、集荷と配達の仕事は増えるばかり。
店長のねぎらいに大吉は大きな息を吐き、荷物から昼食のコンビニおにぎりとスマホを取り出した。
「さぁて、今日は何して遊ぶかな」
かつては寝ゲーにハマりまくった大吉だが、今はもっぱらお手軽スマホゲー。
持ち運び便利なスマホゲーは休憩や荷待ち時間に大変重宝する。
大吉は右手の箸を握り、左手でスマホをいじくりフラットウェスト社のスマホゲームのページを開く。
「お、コラボの新ガチャか」
トップページには可愛らしい女騎士が微笑むイラストが表示されていた。
あぁ……大吉の心に甘酸っぱい青春が蘇る。
エルフィン・グランティーナ。
サービス終了までの一年間、大吉がハマリまくった育成ゲー『エルフィンメイカー』のヒロインだ。
エクソダス発売時の初期タイトルとして一世を風靡した彼女だが、ゲーム業界は目まぐるしく変わるもの。
進化を遂げた新たなゲームが驚異的な速度でリリースされる中、『エルフィンメイカー』は瞬く間に埋没していった。
育成ゲーだけでも週に十タイトルリリースされるのだから埋没して当たり前だ。
より面白いゲームが出れば皆はそっちをプレイする。
大吉のように一つだけにずっとハマり続けている方が珍しいのだ。
サービス終了当時はネットを散々漁ったが、結婚式を挙げたのは大吉だけらしい。
くそぉこいつら。はじめは俺の嫁とかカキコしながら結婚しなかったのかよ。
と、こっ恥ずかしい事実に大吉はのたうち回ったものだ。
しかしそれも良い思い出。
所詮はゲーム。
サービスは終了し、二人の世界は分かたれた。
まあ、その後に遊んだゲームでもラスボスやら災厄やらで出会う事になるのだがそこはそれ。とにかく大吉と彼女の関係は終わったのだ。
「で、確率は?」
大吉はガチャの確率ページを開き、唖然とした。
(一体のみ)
「そんな確率アリか?」
いや、確率ですらない。
違法だろと思いながら大吉が見れば、様々なタイトルの登場キャラが軒並み一体のみ。まさかのオンリーワンだ。
今も続くタイトル乱立といいガチャさせる気の無い確率といい、何考えてるのかわからんゲームメーカーである。
まあ、そのうち行政から指導が入るだろう……大吉は謎の開発力を持つフラットウェスト社に呆れながらもデイリー無料枠でガチャを回す。
ピロリン。
「へ?」
『貴方のもとにエルフィン・グランティーナが馳せ参じました』
「……へ?」
まさかのオンリーワンを、大吉は引き当てた。
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