8.エルフィン、怒りのこてんぱん
「大吉様、転ばぬようにお気をつけ下さい」
「ああ」
バウルの中に入るのも九年ぶりだな。
大吉はエルフィンの先導のもと、バウルの中に足を踏み入れた。
この勝負、大吉の中ではすでにエルフィンの勝利が確定している。
『ストラテジ』のラスボスたるエルフィン・グランティーナに勝利するには全軍で全方位から絶え間なく叩き続けなければならないからだ。
「竜軍がいなくて良かったです。カトンボは散るから面倒臭いんですよね」
「そうだな」
しかし今、空を飛ぶ怪物軍団である竜軍は世界を飛び回って王を捜索している。
そして他の軍団は大回転したバウルの洞の中。
今の状態は航空機を発進させる前の空母と同じようなもの。戦力を活かす事が出来ていないのだ。
そして、たとえ展開出来ていたとしてもここは太平洋。
黒軍は基本的に陸軍だ。足場の無い海上では樹軍が船となって他の軍を展開させねばならない。ただでさえ難しいのに足場に戦力を割かれてしまうのだ。
勝ちを狙うなら海ではなく陸地側、ロシアに展開していなければならなかった。
この世界にいる彼らの王に悪印象を与えない為に遠慮したのが仇となったのだ。
「エルフィン、多少は手加減してやれよ?」
「わかっております。不要な戦はごめんですから」
入り口を守っていた樹軍は先程エルフィンがこてんぱんにした。
軍団長のバウルが一撃大回転なのにそれより小ぶりな配下が敵うわけがない。『ぶちり』『ぎゃー』『ぶちり』『ぎゃー』と、まるで雑草むしりのような一方的な有様だった。
「中は、まるで迷路ですね」
「そうだな」
門を潜った大吉とエルフィンを待つのは、暗い口を開けた数十の通路。
バウルは要塞。
当然侵攻を受けた際の防備の備えが内部にある。
入り組んだ通路に扉、そして罠。
要塞世界樹バウルの内部は迷宮なのだ。
「面倒なので掘り進めましょう」
しかしこれもエルフィンには関係無い。樹木など豆腐の如くだ。
強固な備えをぶち壊しながら進むラスボスには大吉もえらく苦労したものだ。
大吉は通路の一つに目をつけ、歩き出した。
「これ以上バウルをこてんぱんにするのはやめてやれ。こっちだ」
「大吉様?」
「このゲームもハマったからな」
大吉にとってはハマりまくったゲームの存在。
道も良く知っている。
大吉がくねる道をエルフィンを連れて歩いていくと、やがて大きな道に出る。
その先で、巨人達が扉を守っていた。
「……鬼軍、巨人ガトラスですね?」
「よぅ。化物」
鬼軍は、人の枠から外れ過ぎた人型の生物で編成された軍団だ。
鬼、巨人、一つ目。
大き過ぎるもの、強過ぎるもの、数がすぐに増えるもの、そして人から奪うもの……人族は人の実りを奪う強大かつ異質なものを怪物として、人族から排除した。
それが集まったものが、鬼軍。
ガトラスはエルフィンに向かい棍棒を構える。
「退きなさい、ガトラス」
「そうもいかねぇ。王をバカにされたとあっちゃあな……参る!」
ガトラスはあらゆる近接戦闘術を極めた強者だ。
が、しかし……エルフィンは世界の理を覆す怪異。鬼も巨人も関係無い。
べちーんっ!
「ぬぐああああっ!」
全軍を格納したバウルが一撃だからその中に住めるサイズの巨人も当然一撃だ。
強さも速さも圧倒的な相手に、技術など全く意味が無いのである。
壁にめり込み気絶したガトラス達を放置して扉を開く。
巨大なスライムと獣が待ち受けていた。
「次はボルンガですか」
「まい、る」
獣軍は空を飛ばない、そして人型でもない怪物達の軍団だ。
その頂点が軍団長、スライムのボルンガ。
不定形な身体は衝撃を受け止め、相手を身体に飲み込み潰す。
牙も爪も毒も力も全て飲み込む無敵の肉体。
が、しかし……べちーんっ!
「弾けた! 身体が、弾けた!」
全軍を格納したバウルが以下略。
集まろうとする弾けたボルンガをこれまた放置して次の扉を開く。
「次はビルヒムですね」
「お、お手柔らかに……」
屍軍は屍に宿る精神生命体……べちーん!
「砕けた! 乾燥ボデーが粉みじんに砕けた!」
粉になったビルヒムが叫ぶ。
しかしビルヒムは不死の屍。水でも混ぜて魔法でねるねるすれば復活だ。
エルフィン、ここまで全て一撃。
バウルの内部は広大とはいえ一軍が全力を発揮できる程の広さは無い。
格闘戦主体の鬼軍や機動戦主体の獣軍、魔法戦主体の屍軍が能力を発揮するには狭すぎるのだ。
だからエルフィンを待ち構えていたのは軍団の中でも精鋭のみ。
そんなザマで一軍でも圧勝するエルフィンと勝負になる訳もない。
しかし残る惑軍は……違うだろうな。
大吉がそう思いながら開く扉を睨む。
「「「ようこそ惑軍へ!」」」
開いた扉の先は……スマイル眩しいイケメンと美女がすし詰め状態だった。
メスをたぶらかすインキュバスに、オスをたぶらかすサキュバス。
精神攻撃を得意とする惑軍だ。
はた目には何も起こらないから広さは必要ない。だから全軍投入のすし詰めだ。
先頭に立つのは他のサキュバスとは違う、ほんわかした輝きを放つ美女。
その美女を睨み、エルフィンが呟く。
「惑軍団長、フォルテ・クレッツェ……」
「ようこそ黒軍へ。我が惑軍が歓迎いたしますわエルフィン・グランティーナ……と、そちらの方は?」
「大吉様です。手を出せば……わかっていますよね?」
「はい。女の怒りは良く知っておりますので」
これまでとは違い、エルフィンが慎重に身構える。
「ご注意下さい。精神攻撃を得意とするフォルテと惑軍は侮れない相手です」
「そこまでなのか?」
「まあ、女以外の事柄で私が負ける事などありえませんが」
「……そこだけで侮れない認定なんだ」
「私も色々鍛えましたが、女だけは鍛えられませんでしたので」
男が寄りつくお年頃になる前に強くなり過ぎてしまった不遇。
エルフィンはフォルテを指差し叫んだ。
「あの男ホイホイな女っぽさをご覧下さい大吉様! 溢れる魅力にどこまでも甘えさせてくれそうな優しいお姉さんオーラ! うらやましい!」
「そ、そうだな……」
「私は壁の花にもなれないのに、なんてうらやましい!」
「いや、エルフィンも美人だろ」
「本当ですか!?」
「嘘を言ってどうする」
「も、もう大吉様ったらこんな時に!」
ズゴン! エルフィンが照れ隠しで振った拳が触れてもいないのに扉を壊す。
さすが念でバウルを大回転させるエルフィン。照れ念で扉も一撃だ。
「……気を抜くな。俺が死ぬ」
「ああっ、大吉様すみませんすみません!」
うっかり褒めることもできやしない。
男が寄り付かないわけだと、あまりのハイパワーさに腑に落ちる大吉だ。
「隙あり!」
大吉相手に頭を下げるエルフィンを好機と見たのだろう、インキュバス達が動き出した。
「心の寂しい隙間を優しく埋めるのが我らインキュバスの生き様!」
「我ら惑軍の愛と夢の世界、受けてみるがいい!」
「「「夢の世界へいってらっしゃーい!」」」
すし詰めの中、イケメン達が謎ポーズ。
ホワンホワンホワン……そして謎の発光。
その光に触れたエルフィンがビクリと震え、静止した。
「うあっ!」
「効いてるのかよ!」
やっぱり精神攻撃、効いちゃうんだ。
大吉は固まったエルフィンに仰天だ。
ゲームでも一番使えたのが精神攻撃を行う惑軍。
足止めしている間に他の軍団でちまちま叩く。ラスボス対決では惑軍の魅了デバフが勝利の鍵で、この軍団の育成を怠ると勝利は決して掴めない。
「効いてるぞ!」
「やった!」
「鍛えた甲斐があった!」
そして彼らもエルフィンと同様に鍛えていたらしい。
インキュバス達が口々に叫ぶ。
が、しかし……そこまでだ。
「誰が攻撃するんだ? これ……」
「しまったああぁああ!」
「鬼軍の誰か呼んでこい!」
「獣軍や屍軍でもいい!」
「ダメだ! 強そうな奴はすでにこてんぱんだ!」
大吉のツッコミにインキュバスが騒然とする。
そんな中、瞳を閉じて夢見るエルフィンが鼻息荒く叫んだ。
「こ、これが壁ドン! さすがクロノ様! ステキ!」
ふんがふんがふんが、ぶふーっ………バキンッ!
夢が壊れる音が響く。
「うわぁ! 鼻息で魅了が吹き飛ばされたぞ!」
「鼻息荒いよ! 荒すぎるよ!」
鼻息で魅了を破られ慌てるインキュバス達の前で、エルフィン怒りの再起動。
そして、べちーん!
「壁ドン程度で砕ける夢なぞ、はじめから見せるなぁーっ!」
「お前の鼻息が荒すぎるんだよぅ!」
「せっかく受けてあげたのですからもっと頑張って素敵な夢を見せなさい!」
「お前が頑張って鼻息抑えてくれよぅ!」
べちーん! べちーん!
インキュバス達阿鼻叫喚。
「ここまでですわね……」
こてんぱんなインキュバス達にフォルテはため息をつき、脇に退いた。
「通りなさいエルフィン。今回に関しては貴方に分があります」
「うわーっ! フォルテ様がブリリアント様を売ったぞ!」
「売るなら俺らがこてんぱんにされる前にしてくださいよ!」
「ひどい!」
こてんぱんなインキュバス達が騒ぎ出す。
しかしフォルテはどこ吹く風だ。
「不可侵とは関係無いそうですから良いでしょう。元はといえばブリリアント様の愛を笑うデリカシーの無さが原因なのですから」
「「「え? 愛を笑ったの?」」」
「私も奥様から良く小言を頂いているのです『うちの人はどうしてデリカシーが無いのかしら。プロポーズの言葉はあんなにロマンチックだったのに後で聞いたら王の入れ知恵だったなんてショックだわ』と」
「「「それなら仕方無い」」」
あっさり納得するインキュバス達。
そして始まる愚痴大会だ。
「ブリリアント様は竜の中でも超強いから世のオス達がどれだけ努力してメスに求愛しているかわかってないんだよ」
「クモなんて気に入られなければ食われるってのに。気に入られても交尾したら食われるってのに」
「あの方、俺らが何もしないで女心をメロメロにできると思ってるよな」
「才能も努力無しでは輝かないんだよ……」
言葉一つでどれだけ相手を喜ばせ、酔わせるかがインキュバスの生き様。
激怒させるなどもってのほか。愛に生きるオスとして論外なのである。
「通っていいですか?」
コツン。エルフィンが踵を鳴らす。
インキュバス達はあっさりと、エルフィンに道を空けた。
すし詰めなのに道が空くのは愛が絶対の彼らの執念だ。
「どうぞどうぞ」
「あの粗忽竜にオスとしての道を教えてやってください」
「オスが派手なのはメスに強烈アピールする手段だと、超ド派手な鱗キラキラ野郎に叩き込んでやってくだせえ姐さん!」
うん。鳥とか虫とかすげえのいるよね。
大吉はそんな事を思いながら、エルフィンと共に惑軍が空けた道を進んだ。
インキュバスにかかれば金剛竜のダイヤの鱗もメスへのアピール扱いだ。
エルフィンが最後の扉を開く。
そこには痛みに呻く鱗キラキラ野郎がいた。
「来ましたよブリリアント。怒りのこてんぱんに来ましたよ」
「ぎゃーっ!」
「諦めろブリリアント。というか諦めてくれないと皆が大変だ」
「そうですブリリアント。あなた一人のこてんぱんで許してやろうと言うのです。有り難く尻を差し出すのが王が不在の黒軍の長としてのつとめでしょう」
「嫌だー! 今も超痛いのにこれ以上痛いの嫌だーっ!」
べちこーん!
バウルの洞に、こてんぱんの音が木霊した。
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