7.黒軍、殴り込まれる
太平洋は今、荒れに荒れていた。
弾き飛ばされたバウルが飛び石のように太平洋を転がっているからだ。
近くにいた護衛艦こんごうも大波を警戒して慌てて退避。
しかし波は起こらない。
「エルフィン! 波風立たすなよ!」
「わかっております!」
着水するまでにエルフィンが弾き飛ばしているからだ。
こんな感じでバウルは太平洋で弾かれ、転がり、跳ねる。
そして当然バウルが回転すれば中はシェイクシェイク。
「うわぁーっ!」
「転がるー!」
「風呂がこぼれるー!」
「回る! トイレ中なのに回るタスケテ!」
黒軍全軍団はバウルの中で阿鼻叫喚だ。
バウルは数回バウンドし、数十回回転した後着水した。
洞に住む誰かが外を見て叫ぶ。
「奴が! エルフィンが攻めてきたぞ!」
「光の黒騎士エルフィン・グランティーナか!」
「奴め! いきなりぶん殴ってくるとは卑怯な!」
皆が騒ぐ中、軍団長は緊急招集だ。
軍団長が被害をまとめ、広間に集合する。
広間ではブリリアントとバウルがうめき声を上げていた。
「ぬぅおお骨痛い! 転がって折られた骨超痛い!」
「黙れブリリアント、俺だって弾かれて超痛いのだ……」
そんな二者の前にまず現れたのは鬼軍団長、巨人ガトラス。
巨大な棍棒を肩に担ぎ、二十メートルの巨体で扉を潜る。
「我ら鬼軍は損害軽微、若干の負傷者がいる程度だ」
続いて扉を潜ったのは獣軍団長、スライムのボルンガ。
不定形な体躯はガトラスと張り合うほどの巨体。つるるんと滑り歩く小山のようなスライムだ。
「獣軍も、損害軽微。問題は、ない」
その陰に隠れて現れたのは屍軍団長、リッチービルヒム。
先に入ったガトラスやボルンガに比べるとちんまりとしているが、それでも体高三メートル。黒のローブを身に纏い、空を泳ぐ魔法に長けた旧人族の屍だ。
「ブリリアント殿、屍軍も多少砕けた程度です。いやはや、カサカサボディはこういう時に困りますなぁ。砕ける砕けるカカカ」
三軍団長は広間の中央に歩み、そこで呻くブリリアントに首を傾げた。
「すでにこてんぱんじゃないかブリリアント」
「どう、した?」
「これはまた酷い有様ですなぁ」
首を傾げた三者にブリリアントが叫ぶ。
「あやつにやられたのだ!」
「そういえば囮やってたな。おつかれ」
「どん、まい」
「ですが憎っくきエルフィンをあぶり出したのです。お手柄ですぞブリリアント殿。それでエルフィンの目的は? 我らの王は?」
エルフィンのバカ強さは黒軍の皆が知っている。
単身挑むなど自殺行為。だから三者は賞賛を惜しまない。
そんな三者にバウルが答えた。
「あやつの目的は我らの王では無かったらしい」
「おお!」
「我らの、王、安心」
「良かったですな。我らもこれでのんびり王を探せるというもの」
安堵する三者。
しかしバウルの言葉は続く。
「そこまでは良かったのだ……と言うかそこで終わっていれば良かったのだ」
「「「へ?」」」
「こやつ、余計な事を言ってエルフィンを激怒させた」
「お前か! このザマはお前のせいかブリリアント!」
「バカ、か」
「こてんぱんにされて捨て台詞とは情けない。堕ちましたなブリリアント殿」
とたんに叩き始める三者。
そんな中にこの場にいない、最後の軍団長が現れた。
「遅れて申し訳ありません。惑軍は損害軽微ですわ……何を騒いでおりますの?」
惑軍の長、軍団長の紅一点。サキュバスのフォルテだ。
「フォルテか。ブリリアントがな……その、失言してな」
「こいつアホだぞフォルテ」
「まっ、たく」
「フォルテ殿もガツンと言ってやって下され」
「一体何を仰ったのですか?」
首を傾げるフォルテ。
「壁の花にもなれないお前が愛だと、と」
「あぁ、ブリリアント様なんとデリカシーの無い……そんな事をあのエルフィンに言ったら怒るに決まっているではありませんか」
バウルの言葉にフォルテが目を覆う。
「たとえ本当の事でももっとオブラートに包むものです!」
「フォルテ、エルフィンに容赦無いな」
「そしてブリリアント様も愛を笑うなど。ブリリアント様の失言ですから差し出してオスの道を叩き込んでもらいましょう」
「フォルテ、ブリリアントにも容赦無いな……」
「当然です。世界で最も尊く素晴らしいものは愛。私達惑軍は愛に生き、愛を見せ、そして愛をいただき生きる存在。笑ったり潰したりする者など言語道断。馬に蹴られて死んでしまえですわ」
フォルテがバウルに言い放つ。
惑軍はオスを惑わすサキュバスとメスを惑わすインキュバスが主戦力。
愛で飯を食っている軍団だから愛にはとても厳しいのだ。
「みっともねえ。そういうの負け犬の遠吠えって言うんだぜ」
「アホ、だ」
「その通りです。ブリリアント殿は妻子をお持ちなのですから、思慮深くならねばなりません。いつまでも若いつもりではいけませんぞ」
ガトラスもボルンガもビルヒムも便乗して言いたい放題。
しかしブリリアントの叫びが彼らの罵倒を止める。
「あやつは我らが王を迎えても私の方が強いとぬかしたのだぞ!」
エルフィンは自分は夢のエルフィンよりも強い、黒軍王は好きに探しなさいと言ったのだが、この二つを合体させると王なんざ敵じゃないとなる。
ブリリアントはエルフィンの言葉を挑発と認識したのだ。
そしてそれは他の軍団長も変わらない。
「……あのアマ、ちっと増長しすぎだろ」
「我らの、王、強い」
「ですな。我らの王にちょろっと鍛えた程度で勝てるはずがございません」
「ですわね」
軍団長達が怒りのオーラに輝く。
落ち着いているのはバウルくらいだ。
「お前達、そんな事は王を迎えてからやれば良い事だろう」
「バウル、躾けってのはその時にやらんとダメなんだぜ?」
「む。我らも、鍛えた」
「思い上がりは叩かねばわからぬもの。鍛えているのはあやつだけでは無い事をわからせてあげましょう」
軍団長達が出口へと歩き出す。
バウルは諦めのため息をついた。
「やれやれ……樹軍は入り口を固めているが、もう保たんぞ」
「ブリリアント様、竜軍はどうなっておりますの?」
「竜軍は世界中に散らしているから応戦できん。他の軍で何とかするしかない」
「我らの王はまだ見つからないのですかブリリアント殿?」
「まだだ。まだ見つからぬ」
「ま、俺らだけでやるしかないな」
「がん、ばる」
「そうですわね。どうしようもなければブリリアント様を贄に差し出せばよろしいでしょう。ガトラス様、ボルンガ様、そしてビルヒム様、間違ってもエルフィンを煽ってはいけませんよ? 怒れる女はとてもとても恐ろしいのです」
「「「おう」」」
「お前ら、我に容赦ないなぁ……」
そして、軍団の誰かが叫ぶ。
「エルフィンが殴り込んできましたぁーっ!」
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