4.日本国、黒軍と接触す
日本国首都、東京。
日本国首相、安住新三郎は車の中で苦悶の表情を浮かべていた。
先日太平洋上に現れた『新島』が、『怪獣』だったからだ。
新たな領土が増えるとの喜びから一転、さんざん上映された怪獣映画の悲劇的展開への嘆きへと変わった。
意外な事にほとんどの国民はパニックになっていない。
というか怪獣のフットワークのあまりの軽さに諦めムードだ。
怪獣の速度はマッハ四。
ミサイルやロケット並の謎スピードでは地球上のどこに逃げても変わらない。
最初にやられるか二番手以降になるかの違いでしかない。それならうまいもんでも食べて遊んで楽しもうと、飲食業界と娯楽産業は空前の大繁盛だ。
まあ、それはそれで良い。
国会は相変わらずの空転。
まあこれもある程度は仕方ない。怪獣など皆初体験だからだ。
しかし国会であーだこーだ揉めてる間に怪獣……はじめ新島と報道されていたので新島怪獣と呼ぶ事にする……に巣食っていた竜をはじめとした小さな怪獣が世界のいたるところに飛来し、世界各国からお前ら早く何とかしろと非難の嵐。
最近は沖縄と小笠原の間を日に何度も移動しているので船や飛行機も運休。
幸いな事に人的被害はまるで無いが、経済被害は日に日に増していく。
そんな人々の不満が集中するのが、首相たる安住だ。
安住とて怪獣など初体験。
こんなのどうするの?
しかし首相たる安住に逃避が許されるはずもない。トップがそんな事をしたら何も進まないからだ。
怪獣を担当する省庁などもちろん無い。
だから自衛隊を動かし警戒と監視を行い、その間に官僚達にどんな事でもいいからと情報を集めさせた。
集めさせた情報を前に、安住は公邸で頭を抱えた。
報告によると、あれはゲームの世界の存在らしい。
まさかのゲーム存在だ。
新島怪獣の名は要塞世界樹バウルといい、全軍団をその中に住まわせる移動要塞。
あの幹の中に竜や鬼、アンデッドと呼ばれる屍その他怪物の軍が何十万も住んでいるとの事。
こんなのどうするの?
あの大樹、マッハ四のバウルだけでもどうしようもないのに?
販売元のフラットウェスト社の者も夢が現実になるなんてと困惑するばかり。
お前らが作ったんだから何とかしろと安住は言いたかったが、ムチャな現実の責任をゲーム会社に押しつける訳にもいかない。
せめて好物とか弱点でも作っていてくれれば……まんじゅう怖いとか。
そんな事を考えながら、安住は車中でため息をつく。
相手はゲームとかマンガとかの世界。
安住はこれらの世界にあまり馴染みが無い。
だから今、安住は車に乗っている。
あまりにもムチャな現実に、日頃から懇意にしている先達に助言をもらうことにしたのだ。
「到着しました」
「ありがとう」
安住が訪ねたのは麻田次郎。
マンガやゲーム等をよく知る、引退して今は悠々自適な老後を送る元首相だ。
なにせ事態は『怪獣』。
ゲームとかマンガの存在だ。
こんなアホでムチャな事、麻田に聞くのが良いだろうと安住は考えたのだ。
車を降りた安住が家人に案内されて庭に回ると、麻田は縁側で茶を飲んでいた。
「おう安住、国会はずいぶん揉めてるようだな」
「お恥ずかしい限りです」
「まぁ怪獣じゃな。どうせロクな対案は出してこねぇんだ。好きに言わせとけ」
その通りですが口に出してはダメですよ。と、安住は麻田に苦笑いだ。
麻田は口は悪いが言っている事は至極まとも。
首相時代は口の悪さでえらく叩かれたものだが今となっては昔の話。
麻田は安住を庭へと招きいれ、ここに座れと縁側を叩く。
安住は腰を下ろした。
麻田が問う。
「米軍は?」
「要請があれば助力するが、まずは自国での対処を試みろと」
「そりゃそうだ。自国の脅威をまるっとぶん投げちゃいかんわなぁ」
天は自ら助くる者を助くという。
自ら努力した者を天は助けるという意味だ。
人も一緒。努力もしないで助力を求める者に手を貸す者はいない。
命がかかっているならなおさらだ。
「自衛隊は?」
「相手に文化的な活動を確認したので通信での交渉を試みましたが、反応が無かったので威嚇射撃を行い『返すぞ』という返答を得ました」
「おいおい、返すぞって反撃受けたのか?」
「いえ、それが……この写真が反撃だそうです」
写真は甲板に転がる、威嚇砲撃で発射された砲弾だ。
「なんだこれ?」
「言葉の後、怪獣が枝葉を伸ばして甲板にそっと置いて戻ったとの事です」
「本当に返して来たのか。ずいぶん律儀な連中だなぁオイ」
今度は麻田が苦笑い。
「で、怪獣は今反復横飛びの真っ最中か。波風は大丈夫なのか?」
「自衛隊も警戒していたそうですが、異常な高波や風はないとの事です」
「怪獣すげえな。で、正体は?」
安住は持参した資料を麻田に渡した。
「驚く事に九年前に発売されたゲームに登場するキャラクターだと」
「情報元は?」
「インターネットの掲示板です。ニュースで映像が流れた時点で指摘されていた方の書き込みをもとに販売元のフラットウェスト社に確認しました。要塞世界樹バウルという名だそうです」
「世界樹なんて多くのゲームに出てるだろうに、誰かは知っているもんだな」
資料を読みながら麻田は笑う。
趣味は余裕を支払い行うもの。
自由で大切な時間を支払うから面白ければ入れ込むし、つまらなければ批判する。
良くも悪くも心に残り、ちょっとした事で当時を懐かしく思い出すのだ。
麻田はしばらく資料を読んだ後、安住に告げた。
「安住よ」
「はい」
「『こんなゲームにマジになっちゃってどうするの』だ」
「はあ?」
「結構有名な言葉だぞ。お前もゲームとかアニメとか楽しめよ」
麻田は資料を縁側に放り投げる。
「威嚇の砲弾は返却、波風立てずに反復横飛び。こいつら俺らに対する配慮バリバリじゃねえか。言葉も通じるんだから何とかして連絡つけろ、な」
「なぜ、言葉が通じると?」
「いまどきのゲームは多言語対応だ。それに返すぞと言ったんだから大丈夫だろ」
「はあ……」
麻田は茶を一口飲むと安住の肩を叩く。
「とにかく相手が沖で配慮している間に話をしとけ。これは俺のカンだが……今は本土に近づけない理由があるんじゃねえかなぁ?」
「それは、どういう理由でしょうか」
「俺が知るかよ」
麻田は笑う。
この時の麻田は適当に言っていたのだが、この推測はドンピシャだったのだ。
「エルフィンめ、なぜあの場所から離れんのだ!」
太平洋、小笠原付近。
忌々しくバウルが呻いた。
バウルがエルフィンの位置を把握しているのだ。エルフィンもバウルの位置を掴んでいるはず。
あの場所に居座られると近づけず、あの場所のぶるるんを調べられない。
だからエルフィンを誘い出そうとしているのだが小笠原にいても動かず、沖縄にいても動かず、しゅぱたんと移動していても動かず。
おかげでバウルは毎日海上を反復横飛び。
徒労半端無い。
「ブリリアント、竜軍の方はどうだ?」
「世界中を飛び回らせているが、ぶるるんの数が多すぎてな」
そして金剛竜ブリリアント率いる竜軍の成果もかんばしくない。
ブリリアントの世界では珍しい音ぶるるんは、この世界ではどこでも聞ける音だったからだ。
「しかし、箱のついた車にとても似た音を出すものが見つかった。今後は似た形の車に絞っていこうと思う」
「寄って来る船や飛行物を壊してはいないだろうな?」
「当たり前だ。もしネーロ様がお乗りになっていたら困るからな」
彼らの王、黒軍王ネーロはまだ見つかっていない。
だから彼らは相手の様々な行動にも親切に対応し、撃たれた銃弾や砲弾、破片などをくまなく集めて返却し、ムチャな現実に狂乱する航空機の操縦者に笑顔で手を振るなど最大限の配慮をしてぶるるん音を探していた。
彼らにとって人族は敵だが、これも王を探すため。
だから極めてフレンドリー。
王の為なら恥辱も誇り。それが彼ら黒軍なのだ。
「それにしてもブリリアント、あやつはどれだけ誘っても動かぬな」
「全く調べていないのは、あの列島くらいなのだが……近づけぬ」
「あの場所がそれほど大事なのか……ん?」
バウルが枝葉を蠢かせる。
その枝葉の向いた先に飛ぶのは護衛艦こんごうが飛ばした無人機だ。
『返すぞ』により意思疎通が可能と判断した飯塚と梶山は無人偵察機に大音量のスピーカーをくくりつけ、小笠原で休憩するバウルの近くで騒ぐ作戦に出たのだ。
「人は乗っておらぬな。こないだの謎な金属の塊とは違うようだが、今度もあの船に返しておくか?」
「待てバウル、何か言っているようだ。『読まずに食べたはダメだぞ』とネーロ様もおっしゃっていただろ」
「おお、シロとクロのヤギ神話か」
「そうだ。しばし静聴する事としよう」
こうして黒軍は護衛艦こんごう、そして日本国とコンタクトを果たした。
黒軍は日本列島への足がかりを獲得したのである。
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