3.自衛隊、ゲーム存在と対決す
「なあ梶山、我々はいつから怪獣映画に出演しているんだ?」
「そんな記憶は全くありません」
「だよなぁ……俺にも記憶が無い」
新島発見のニュースから四日後。小笠原。
護衛艦こんごう艦長の飯塚彰男は副長の梶山秀一に問い、返答にボヤいた。
飯塚がそうボヤくのも無理はない。
水平線の向こうに生い茂る新島『ではなかった』存在は、まさしく怪獣映画に出てくるような存在だったからだ。
この距離にしてこの存在感。
まさしく巨樹だ。
「どんだけでかいんだよ」
「根はまだ水平線の向こうなので正確にはわかりませんが、少なくとも五千メートル以上だそうです」
「富士山より高いじゃねーか。速力は?」
「速力は現在二十ノットですが、現在確認されている最高記録はマッハ四との事」
「マッハかよ!」
護衛艦どころか自衛隊のどの戦闘機よりも速い。
マッハ四なんてミサイルやJAXAのロケットの領域だ。宇宙案件だ。
「梶山……なぜ俺達はあれに向かっているんだ?」
「命令ですから」
「知ってるよ! 日本近海をうろつく正体不明の物体に接近し、監視しつつコンタクトの機会を探せってムチャな命令なのは俺もよく知ってるよ! 海上保安庁が『ムリ』って泣きついて来たのも知ってるよ! 相手が怪獣だから知らんと外務省が断ったのも知ってるよ!」
「ご存知でしたら聞かないでください」
「あんな怪獣を前にしたら再確認だってしたくなるだろ!」
怪獣。
それも島と間違えるサイズの怪獣だ。
自衛隊の艦船は当たり前だが船サイズ。島サイズのアレが付近を通過するだけで波にあおられ転覆する事だろう。
あんなの、どうするの?
泣いてスルーできるなら飯塚だって泣いていただろう。
しかし泣けない。
こんなバカな存在を相手に出来る組織は日本には自衛隊しかない。地震だって自衛隊、山火事も火山噴火も自衛隊、病気だって自衛隊、雪祭りも自衛隊。
だから怪獣も自衛隊。
日本にとって自衛隊は最後の砦。頼れる何でも屋なのだ。
そして海上自衛隊はまだマシな方。
もっとひどい命令を受けている部署もある。
「艦長、接近飛行中の哨戒機から映像が届きました」
「そうか」
そう、航空自衛隊だ。
あいつら速度あるからなぁ……心で深く頭を下げて、飯塚がモニターを覗き込む。
哨戒機からの映像には太い幹と青々と茂る葉が映し出されていた。
「間違いなく、樹木だな」
遠目からでもそう見えるが、近くの映像はクッキリだ。
映像を見た飯塚と梶山が唸る。
「完全に漫画存在ですね、艦長」
「全くだ。これはゲームとかでよく出てくるアレだな、ええと……」
「世界樹ですね」
「そう。全回復する葉っぱで有名なアレだ」
映像には周囲を飛ぶ物体も映っている。
二人は目をこらした。
「ドラゴンか? こっちは何だ?」
「グリフォンですね。これはキメラ、これはペガサス、これはハーピィ、ガーゴイルもいますよ」
「お前、詳しいな」
「子供の頃はゲーム三昧でしたので。しかしガーゴイルは石像のはず。誰かが作ったものでしょうか?」
「それは、面倒だな……」
モニターを睨み飯塚が唸る。
石像を作るという事は何かしらの文化を持つ存在がいるという事だ。
つまりこの怪獣は獣ではなく交渉が可能な何者か。
石像を確認した時点でただ排除すれば良い存在ではなくなってしまったのだ。
「いや、ここは交渉できそうだって報告して外務省にぶん投げるか」
「それでも怪獣だろって投げ返されるだけでしょう」
「だよなぁ……」
外務省はあくまで人間相手の組織。
怪獣との対決は武力でも交渉でもまずは自衛隊だ。
飯塚は大きくため息をつくと、部下に命じた。
「無駄かもしれんが距離はしっかり取れよ。あれは謎の怪獣だ。放射能を吐く位はしてもおかしくない。俺らは映画に出てくるようなスーパーとかメーサーとかいう装備は持って無いから太刀打ちできん。波だけでやられるぞ」
「了解」
「それと我が国に接近する目的を問う通信を送っとけ。聞いてくれるかもしれん」
「目視できるように旗でも示しては?」
「やめとけ。色に意味があったら面倒だ」
創作物は見ておくものだな。色々な可能性を示してくれる。
子供の頃に見たスペースロボットアニメの悲劇の連鎖を思い出し、飯塚は笑う。
あのアニメは全滅という衝撃的な終わり方をしたが自分がその引き金を引くのは勘弁だ。飯塚はそう思っていた。
しかし、飯塚の願いはかなわない。
巨樹は速度を落とす事無く本土へと接近しているからだ。
距離をとったまま航海すること一時間、二時間、三時間……
やがて通信士が叫んだ。
「威嚇砲撃命令です!」
「……するの? あれに?」
相手は島サイズだぞ?
波に煽られただけで俺ら転覆なのに? 本気かおい?
信じられないという表情で飯塚と梶山が通信士を見ると、通信士が何とも微妙な顔で言う。
「これ以上の意思不明な本土への接近は防ぎたい、と」
そう言われたらやるしかない。
国民の生命と財産をあらゆる脅威から守るのが自衛隊の仕事だから。
二人は大きく息を吐くと、帽子をかぶり直す。
戦う覚悟を決めたのだ。
「砲撃用意。威嚇だ。届かん距離だが相手はマッハ四だ。進路上は狙うなよ」
「了解」
俺は、とんでもない引き金をひくことになったのかもしれん。
飯塚はそう思いながら旋回する主砲を見つめた。
威嚇だろうが砲撃は攻撃だ。相手がそれを見てどう思うかはわからない。
砲手が狙いを定め、砲撃準備が完了する。
飯塚は号令した。
「撃てーっ!」
砲撃。
爆発の炎が砲身から溢れ、砲弾が飛んでいく。
その直後……しゅぱたんっ!
「「はあっ!?」」
あまりの光景に飯塚と梶山が叫ぶ。
発射の直後、巨樹がすさまじい速度で枝葉を動かしたのだ。
そして命中。
飯塚が砲手に怒鳴った。
「当てるなって言っただろ!」
「わざわざ当たりに来るとか思いませんよ! 何ですかあの速度は!」
威嚇砲撃をわざわざ受ける。さすがマッハ四。
呆れるフットワークの軽さだ。
唖然として見つめる飯塚の視線の先、巨樹はしゅぱたと枝葉をひっこめた。
ごぉおおぉおんっ……巨樹が、吼える。
そして轟音。
いや、声だ。
”返すぞ!”
その日、自衛隊はゲーム世界の洗礼を受けた。
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