1.黒軍、月光に輝く。
太平洋。
大東島、沖の鳥島、小笠原諸島、そして本州に囲まれた空白の場所に、『それ』はいきなり現れた。
『それ』は雲を貫くほどに高く、島よりも大きい……樹木だ。
茂る枝葉が雲を吸い込み、木陰に雨の滴を落とす。
やがて雲を全て食らい尽くした枝葉が、月光に淡く輝く。
雲の無い満天の星の中しばらく浮かんでいた樹木は何かを感じたのだろう、いきなり葉をザワリと震わせた。
「バウルよ、あの者の圧を感じたか?」
樹木の巨大な幹の洞、鱗きらめく竜が問う。
「ああ……間違い無いぞブリリアント。この方向にいる」
要塞世界樹バウルが洞を響かせ答える。
金剛竜ブリリアントは示した方向を睨み、もう一度問うた。
「光の黒騎士、エルフィン・グランティーナか?」
「そうだ」
おぉおおおおおおお……洞が恐怖に満たされる。
「我らの中で最も強いブリリアント様を一撃で泣かせた、あの女か」
「バウル様をひと睨みで三回転半させた、あの女か」
「竜軍全軍を一人でこてんぱんにした、あの女か」
竜、鬼、サキュバス、スライム、獣、樹木、屍……
場に集まったあらゆる怪物達が恐怖に叫ぶ。
「静まれ!」
ブリリアントが叫び、場を静める。
バウルはエルフィンの位置を計測しながら、ブリリアントに問うた。
「ブリリアント、あの女の目的は、やはり……」
「それしかあるまい」
バウルの問いにブリリアントが忌々しく頷く。
刃のようなきらめく鱗が怒りに輝きを放つ。
ブリリアントは怒っていた。
「あの女、我らの王を討つつもりだ」
おぉおおおおおおお……洞が怒りに満たされる。
「あの女、不可侵を破るつもりか!」
「忌々しい人族め!」
「そんな卑怯者が黒を名乗るとは!」
戦えば互いが滅びるとして結ばれた不可侵条約。
その要の一人であるエルフィン・グランティーナがこの世界へと転移した事実を、この場の皆は不可侵の均衡を崩す行為と見なしたのだ。
「皆よ! 我らの王を探すのだ!」
ブリリアントが再び鱗を輝かせ、叫ぶ。
「空を、海を、大地を、この世界をくまなく探し、あの女からお守りするのだ!」
彼らにとって光の黒騎士エルフィン・グランティーナは最大の脅威。
敵対勢力である人族に属し、軍団最強を誇る竜軍すら一蹴する桁外れの戦闘力を発揮するエルフィンは、全軍でも勝てるかどうかの相手。
しかし、彼らが王を迎えれば話は変わる。
「おお、我らの王……」
「王が我らをこき使えば、あの女も敵ではない!」
「こてんぱんだぜ!」
おぉおおおおおおお……洞が希望に満たされる。
王こそが彼らの希望。
王が率いた彼らは強い。どんな敵でもこてんぱんだ。
「探せ!」
ブリリアントが号令する。
手がかりは少ない。
しかし全く無い訳ではない。
王は彼らに手がかりを残した。
その手がかりをもとに、光の黒騎士エルフィン・グランティーナよりも先に王を見つけ出さねば不可侵の均衡が崩れる。
夢に与えれた謎の力こそが不可侵の肝。それが絶たれればどうなるか分からない。
人族に生きる道があるように怪物達にも生きる道がある。
彼らにも守るべき、愛する家族もいるのだ。
ブリリアントは決意に燃える皆を見回し、叫ぶ。
「我らが王、黒軍王ネーロ様が我らに示した音……ぶるるんを!」
彼らは、必死だった。
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