2.大吉、王子の愚痴に己を省みる
「なぁー、俺の何が悪いんだよ大吉ーっ」
「……昼間から酒飲んでる所じゃないかな?」
「大吉様、そりゃ殺生やでーっ」『『『サケーッ!』』』
しゅぱたん、しゅぱたん。
街道をのんびり進む要塞世界樹バウル、大吉宅。
軍団長が入り浸る為に超絶広い居間でくだを巻くグリード王子に、大吉は呆れてツッコミを入れた。
「このバウル、こんな奴にただ乗りされるのは我慢なりません。せめて思いっきりコキ使ってやりましょう」
「役に立たないだろうから、街道の一般人と同じようにスルーしとけ」
「ひどい!」
ゲームでも面倒臭いグリード王子だったが、現実ではもっと面倒臭い。
昼間からへべれけ。そして大吉、大吉と馴れ馴れしくくだを巻く。
そんな王子がなぜバウルに居るかというと、出発前にルオ国王に押しつけられたからである。
「お前、今から英雄クロノと一緒に行って直接縁談を断ってこい。この書状に子爵と光の黒騎士のサインをもらうまで王都に戻る事まかりならん。よいな!」
「ええっ!」
「英雄クロノ、子爵領に行くついでにこやつを送り届けてくだされ」
「はぁ……まあ、いいですけど」
とまあ、こんな訳である。
トンズラ王子グリード・エイブラム。とうとうエルフィンと直接対決。
王子がへべれけな理由がこれである。
超絶オカルトと縁談してトンズラ、そして再縁談してお断り。
ぶっちゃけ、怖いのだ。
「これが飲まずにいられるかーっ!」
「いや、そこまで嫌なものでも……いや、嫌かもしれんな」
「だろ?」
叫ぶグリード王子に大吉は首を傾げるが、ぶるるんストーカーとして現れたエルフィンに恐怖した頃の自分を思い出すと多少の同情も感じてしまう。
しかし大吉、今はへっちゃら。
それはエルフィンの人柄による所が大きいだろう。
好意だけで大吉がへっちゃらならば谷崎は今でもおっかなびっくりなはず。デタラメオカルトでも皆が普通に接するのはエルフィンが力でゴリ押さない事を理解したからだ。
怪獣組のようにちょっかいを出さなければ安全安心。
それがデタラメ一号。光の黒騎士エルフィン・グランティーナ。
……まあ、とても眩しいが。
「光の黒騎士だぞ? 黒軍最強の金剛竜ブリリアントも要塞世界樹バウルも一撃こてんぱんにする騎士だぞ? 月をぶっ壊すオカルトだぞ! 天空に『壁の花にもなれない女!』とかいう隕石を作って降らせるデタラメだぞ! そりゃトンズラするよ! 怖いもん!」
しかしグリード王子は大吉のようには考えていない。
ただ、怖いと感じているのだ。
大吉は聞いてみる。
「王子、縁談を進めてたんだからエルフィンと話をした事くらいあるだろう?」
「……ない」
「えーっ。会った事は?」
「光の黒騎士の名を与える時に、遠目で……ちょっとだけ」
「うわぁ……王子、それで怖いのは食わず嫌いって奴じゃないのか?」
大吉は呆れたが王族や貴族の縁談なんてそんなものかもしれないと思い直す。家や国が決めた縁談は本人の都合ではなく家や国の都合。面識なぞ関係ないのだ。
「そのくらいはわかっている。だが縁談だぞ? 結婚だぞ? 将来は子孫を期待されているんだ。仲が良い友人関係とは訳が違うだろ」
「……そうだな」
グリード王子もそれくらい分かっていただろうが、夫婦という関係は大吉が思っているよりもずっと近く深いもの。
相手は宇宙すら切り裂くデタラメ。
王子の義務よりも恐怖が上回った結果のトンズラだった。
「それでトンズラすれば父上と宰相と国民に叩かれた挙げ句に『鍛え直す!』と特訓が始まり、王国の危機だと駆けつけてみれば黒軍を従えたお前が光の黒騎士を狙ってて、再縁談したのだから譲る訳にはいかないと決闘を申し込めば『このバカ者め!』。そしてお前にこてんぱんにされて『断ってこい』だ。訳わからん……」
「王子も大変だなぁ……」
どんなに恵まれた立場でも、立場に応じた苦労があるもんだなと思う大吉だ。
へべれけ王子は王国とオカルトに振り回されて踊っていたに過ぎない。人生の全てが他者の都合で決まっている不憫な立場であった。
「結局トンズラ正解じゃん。俺の正室になってからお前が現れたら王国破滅に一直線じゃん。それどころかこの星大ピンチじゃん」
「そ、そうだな」
ちょっとした事でも輝くエルフィンだ。とんでもなく輝く事だろう。
眩しいだけで済むわけがない。
王子はトンズラで星を救ったとも言える。
まあ、誰も評価はしないだろうが。
「俺、偉い!」
「いや、たまたまだろ」
バンザイするへべれけ王子にツッコミを入れ、大吉は考える。
グリード王子にとってエルフィンは他人事となった。
しかし大吉は当事者。
グリード王子が悩んだ事は、今の大吉にそのまま当てはまる。
……このへべれけ、俺よりずっと先にいたのか。
ここまで迎えに来たのはいいが、その先の未来を何も思い描いていない自分に大吉は気付き、まいったなと頭をかく。
そう。
仲が良い友人関係とは、訳が違うのだ。
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