3.大吉魔王伝説、はじまる
「そ、そそそれで我がグレイン領に、ごご御用とは?」
「グランティーナ子爵領までの通行許可を頂きに参りました」
大吉達がエクソダス世界に渡って三日後。
魚の蒸し焼きが旬なノストール湖畔の領都にて、大吉一行は役場である領館の庭で領主アスタロス・グレイン子爵と側近達の歓待を受けていた。
「すみません。怖がらせてしまって」
「い、いいいいえいえいえいえ!」
ついでに声を裏返らせてしまってすみません。
冷や汗半端無いアスタロスと側近達に、大吉はビルヒム椅子の上で頭を下げる。
潜入した諜報軍が調べたところ、グレイン領は三日前から大騒ぎ。
謎の黒い月が突然現れたと騒ぎ、その下に黒軍の要塞世界樹バウルとパウロがいる事に驚き、黒軍が黒い月を従え領都に侵攻を開始したと驚き、城壁前に鎮座したバウルとパウロに驚き、黒い月の巨大さに驚き、交渉を申し込みに来た金剛竜ブリリアントの背に乗った光の白騎士リリィ・カーマインに驚き……
そして今、軍団長達を従えビルヒム椅子に座る大吉に驚いている。
黒軍のような怪物軍団は人族にとって最大の脅威。
そんなものがいきなり現れたのだから驚くのも無理はない。金がある者は昨日までに領都を去り、残った人々は扉を固く閉じて神に命乞いをしているらしい。
俺がこの人達ならとっくに卒倒してるな……
と、今にも倒れそうなアスタロス達に同情する大吉だ。
フォルテが彼らに言う。
「我ら黒の十四軍、いえ黒軍に戦う意思はありません。グランティーナ子爵領へ行きたい我らの主、井出大吉様の望みを叶えたいだけなのです」
「は、はあ……他領の通行許可は、我が領では出せませんが……」
「その都度許可をとりますのでご心配なく。とにかく我らはグランティーナ子爵領に用があるのです」
「グランティーナ子爵領……光の黒騎士エルフィン・グランティーナ様は世界を渡られたと聞いておりますが、彼女と何か関係が?」
「はい。大吉様は彼女を求めているのです」
頷くフォルテにアスタロス達が青ざめる。
ぺっか。心を読んだビルヒムが大吉に輝き囁いた。
「大吉様、こやつら『一族郎党シメる気だ!』と思っております」
「うわぁ……」
あからさまな表情の変化を見れば、心を読めない大吉でもわかる。
まあ、黒の十四軍結成のいきさつを知らなければこう思うだろう。
黒軍と光の黒騎士エルフィン・グランティーナとは敵同士。怪物と人族が夢で同一人物を崇めていたなんて思う訳もない。
しかしそんな事が当たり前に起こるのがゲーム世界。
遊び方で役割が決まるゲーム世界においてプレイヤーはどんな立場のどんな存在にもなれる。そんなご都合展開に世界はついて行けないのだ。
罪作りなゲーム機だなぁ、エクソダス……と、しみじみ思う大吉だ。
「す、すると通行許可を出せば何もせず通過していただけると?」
「はい。通行料が必要ならばお支払いいたします」
「いえ結構です許可いたします楽しい旅を願っております」
「ありがとうございます」
通行許可証、即発行。
頭を下げるフォルテにアスタロス達の表情が多少和らぐ。
話は終わりだと思ったのだろう。
が、しかし……交渉はまだ終わっていない。
フォルテがアスタロスに聞く。
「それで、今回の件の補償はいかがなさいましょう?」
「補償!?」
「はい。大吉様は今回、領地を少なからず混乱させた事で心を痛めておられます。さしあたってはクーゲルシュライバーで日光を遮った農作物の相応の生長、領民が働けなかった日数分の物品の提供を考えております。私共は王国の金銭を持ちませんので物品でお許しいただれば幸いでございます」
「クーゲルシュライバー?」
「あれのこと」『これです(*゜∀゜)アヒャヒャ』
「「「黒い月!」」」
セカンドが指さしたクーゲルシュライバーに叫ぶアスタロス達。
ぺっか。
「大吉様、こやつら『やっぱりこいつらの手先か!』と思っております」
「……すみません」
クーゲルシュライバー、黒軍の仲間確定。
また頭を下げる大吉にアスタロスが叫んだ。
「け、けけ結構です!」
「そうですか。では道中農作物の生長を手助けさせて頂きます。樹軍団長バウルに植物には日光が必須と聞きましたので」
「ああありがとうございます! 良い旅を!」
ぺっか。
「大吉様、こやつら『早く出て行ってくれ!』と思っております」
「……すみません」
大吉はまたまた頭を下げた。
しかしまだ、交渉は終わっていない。
今度はリリィだ。
「ところでアスタロス様、ノストール湖の魚は今が旬だそうですね」
「は、はい……光の白騎士リリィ・カーマイン伯爵令嬢」
ええーっ! 今、そのネタ出すのーっ?
驚愕した大吉の心情を察してか、ビルヒム椅子が素早くリリィの側に飛ぶ。
「リリィ、何する気だよ?」
「何を言うのですか大吉様。グレイン領と言えばノストール湖で獲れる魚の蒸し焼き。旬の季節に話題を出すのは子爵に対する礼儀。そして敬意です」
「少しは場の空気読め。すみません。すぐに出発しますので」
「手配いたします!」「料理長に、いや名店の料理人を全て集めろ!」「魚の手配も忘れるな!」
そう言った大吉だがすでに手遅れ。
アスタロスが叫び、側近達がダッシュで駆けていく。
「いえ、本当にすぐ出発しますのでお気遣いなく……」
「いえ大吉様! 是非我が領の名物料理をご賞味下さい!」
ぺっか。
「大吉様、こやつ『食べて貰わねば領地がピンチだ!』と思っております」
「すみません。ありがとうございます」
こうなるとムリヤリ出て行く事も出来ない。
大吉は頭を下げるとしばらく待ち、やがて魚の蒸し焼きがやってきた。
テーブルに魚の蒸し焼きがずらりと並ぶ。
アスタロスが叫んだ。
「我が領の名店料理人達が腕を振るった絶品でございます! ご賞味くだされ!」
「「「「「「「「「「「「「「おいしい!」」」」」」」」」」」」」」
美味そうだなぁ……舌鼓を打つ黒の十四軍の皆とリリィを見て大吉は思う。
「だ、だだ大吉様は、おおお食べになられないのでございましょうか……?」
「えーと……」
しかし大吉は食べられない。
触れたら消滅するから食べられないし、消滅したらどうなるのか分からないから口には入れられない。
アスタロスの問いにどう答えようかと思案していると、フォルテが言った。
「大吉様は特別なお方。お食べになるものは私達が全てご用意いたします」
「し、失礼いたしました!」
ぺっか。
「大吉様、こやつ『何もしてないのに毒を疑われた!』と思っております」
「すみません。本当にすみません」
大吉は深く頭を下げた。
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