10.大吉、世界を渡る
「これが私達の世界に繋がるゲートです!」
フラットウェスト社、地下九十九階。
がらんとした部屋の中、渦巻く闇の前であやめが叫んだ。
空間に浮かび、空気を吸い込む謎の渦に大吉は息を呑む。
誰もいない第一開発部。
グレムリンで作られていたエクソダス。
そして空間を貫いたような謎の渦。
しかしそんな事よりも、もっとオカルトなのはあやめだ。
大吉はあやめに言った。
「まさか、地面をまるっとスルーするとは思わなかったよ!」
「これが輝きスルーの真骨頂! いぇい!」
そう、一番のオカルトはここまでの道のりだ。
東京の大吉アパートに移動したあやめはそこから輝きスルーで地面に潜り、地面の中をすいすい歩いてここまで到達したのである。
土、スルー。
下水道、スルー。
地下鉄、スルー。
ありとあらゆる物質をスルーしまくったおかげで大吉一行は超らくちん。まさに最短距離で目的地にたどり着いた。
あまりの楽さに拍子抜け。波乱があるかもと身構えた大吉の覚悟もスルーだ。
「何というスルー力!」
「あれか、やっぱりクロマメの力か!」
「そうに違いありません。三年煮込むとスルー力に開眼するのですわ」
「らく、ちん」
「いやはや。輝き転送で行くと思えばまさかのスルー。なかなかやりますな」
「スルーでするーっとです!」
「地下鉄ずごーんでしゅ」「そしてスルーです」「化石見つけたですぅ」
「輝き転送ではガードされる可能性がある。だから輝きスルー。やりますね」
「さすがに土の下には酒は無かったなぁ」『『『サケー……』』』
「私のような一般オカルトには真似できません!」
大吉を守る軍団長達とリリィも感心しきり。
さすがにサイズが大きすぎるバウルと三幼女のロボはこの場にいない。
残りの者は黒軍の家族を収容した要塞世界樹パウロと共にクーゲルシュライバーで待機。セカンドが特定した座標にクーゲルシュライバーごと転移して向こうの世界に抜けるつもりなのだ。
「普通さぁ、フラットウェスト社の入り口で何かしらの抵抗があったりするだろ? VOIDの幹部が『ここから先には通さん!』みたいに言ってくるもんだろ?」
「そんな漫画みたいな展開、めんどい!」
「オカルトにダメ出しされた!」
物質がスルーなら人間の関心や興味もスルー。
こんな事が出来ればどんな場所でも難なくスパイできるだろう。
さすがは諜報軍団長。Aよりデタラメ何でもアリだ。
「だいたい一般社員は地下十階までしか知らないんですから、『地下九十九階に異世界に繋がる門があるんだ』なんて受付に言ったら頭おかしい人だって警察に通報されちゃいますよ」
「そこは第一開発部のあやめさんの顔でごり押しするんじゃないの?」
「私まで頭おかしい人扱いになるじゃないですか」
「いやだからそこを輝きスルーで」
「それなら最初から輝きスルーでいいじゃないですか」
「ぐぬぬ」「いぇい!」
まあいいか。楽だし。
言いたい事を言ってスッキリした大吉は改めて渦を見つめた。
この先に、エルフィンがいる。
行けるかどうかは分からないがあやめが行けると言ったのだ。信じよう。
ついでに直径六百キロをねじ込めると言ったのだ。怖いけど信じよう。
大吉はあやめに聞く。
「行って、いいんだな?」
「大丈夫です。エルフィンも大吉さんを待ってますから。心静かに渦に耳を傾けてみて下さい……エルフィンの心の叫びが聞こえるはずです」
いやいやまさか。
そう思った大吉だがあやめの言う通りに心静かに耳を傾ける。
すると大吉の願いが届いたのか、吸い込まれる空気の音に混ざってエルフィン親子の声が聞こえてきた。
『クロノ様の世界に行ったと聞いた時には、お前にもようやく幸せがやってきたと喜んでいたのになんたる無様!』
『戻されるまで幸せに過ごしておりました!』
『やかましい! 孫の顔が見られると思ったらお姫様抱っこすら出来ないと知った父の嘆きを知れ! とっととデタラメ輝きで夜這いでもせんか!』
『そんな事をしたら大吉様が私の輝きで死んでしまいます!』
『お前の未熟ではないか! そしてクロノ様のご家族のアレは何だ!』
『ええっ! 大吉様のお父様に会いに行ったのですか!?』
『娘が嫁ぐかもしれんのだ。そう思って挨拶に行ってみれば一言目に眩しい、二言目も眩しい、とにかく眩しいとしか言われなかったぞ! 近くに黒軍のフォルテという手本がいるというのに何も学ばなかったのか?』
『破門されました!』
『たわけが! もうお前にやらせていたら私も母さんも孫を見る前に親に会いに逝ってしまう。だからお前ではなくクロノ様のお心にまかせる事に決めた!』
『大吉様がこの世界に来られる訳ないじゃありませんか! 私だって行き来の仕方なんて知らないのに! 父上はご存じなのですか?』
『知らん!』
『ええっ!』
『だが私の知るクロノ様なら何とかする!』
『何とか出来なかったらどうするのですか!』
『諦めろ!』
『……!』『……!』
なに? この罠に飛び込む感?
渦から漏れる親子口論に冷や汗タラリな大吉だ。
「……子爵も、待ってるな」
「そうですね。それと私は行きませんので」
「ええっ?」
「諜報軍はAに委ねますので、存分にお使い下さい」
ここに来てあやめ離脱。
驚く大吉だ。
「私がいなくなったらスルーしてた諸々でこっちの世界が混乱しますから。それにエルフィンが出来なかった時の事も考えなければなりません。という訳でここからロープを垂らしますので、大船に乗ったつもりで行ってらっしゃいませ」
「なにその蜘蛛の糸?」
ちぎれるの? 途中でちぎれるの?
不安な大吉にあやめが言う。
「大吉さん、いえムッシュ・ノワール。諜報は情報を伝えるのが務めです。貴方は私達の世界で様々な事を知るでしょう。エクソダスのようなゲームの枠にはまった夢ではなく、その身に世界を感じる事でしょう。決断するのは貴方。それが貴方の決断ならば、黒の十四軍はどんな事でも従う事でしょう」
「そうか……そうだな」
大吉の行動を決めるのはあやめではない。
大吉自身だ。
あやめは決める為に必要な事を教えてくれたに過ぎない。
大吉はあやめに頷き、渦に足を踏み入れた。
「行くぞ」
「バウル、そしてパウロよ。遅れるな!」
「座標特定。クーゲルシュライバー輝き転送!」
目指すはエルフィンが待つ、異世界。
ぐぉん……渦が大吉一行を包む。
輝き転送してきたバウルが、パウロが、クーゲルシュライバーが渦の中に消えていく。
渦に包まれた大吉が振り返ると、あやめは頭を下げていた。
「あやめさん、行って来る!」
「行ってらっしゃい大吉さん。お帰りをお待ちしております。そして……」
あやめの声が渦にかき消され、やがて姿もかき消える。
大吉が世界から外れたからだ。
あやめが見えなくなった大吉は前を向き、歩き始める。
振り向かず、歩みは止まらず。
渦の流れが導くまま、皆と共に門を抜けた。
そして大吉を見送ったあやめは、渦に消えた大吉に呟く。
「……そして私達を、お許し下さると幸いです」
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