8.俺にとってエルフィンはもう夢じゃない
「店長、荷物の積み込み終わりました」
「……ああ」
エルフィンがいなくなってから二日後の昼。黒島支店。
雄馬の声に大吉は力ない返事を返した。
エルフィンは、いない。
仕事の半分を受け持っていたエルフィンがいなくなったから今の作業は二時間かかる。
この程度の仕事は楽々こなしていたのに、今日はキツいな……
大吉は片付けていないトラックターミナルを眺め、大して働いてもいないのに疲れた息を吐いた。
エルフィンが消えた直後から、皆は痕跡を探した。
しかし違う世界に消えたエルフィンの痕跡などどこにも見つからず、皆は途方に暮れるのみ。
誰も元の世界への帰り方なぞ知らないのだ。
エルフィンですら試した事のない元の世界への帰還。
それを知る者は黒の十四軍には誰もいない。
「そもそもこの世界への渡り方も釈然としませんからな」
「え?」
それどころかこの世界への渡り方もはっきり分かっていないらしい。
ブリリアントの言葉に唖然とする大吉だ。
「そうだな。輝いたら出来た、だからな。次も出来るかわからねぇ」
「たった一度キリではな」
「たま、たま」
「そうですな。同じ事をしても出来ないかもしれませんし、全く別の世界に行くかもしれません。今はまだ偶然とみるべきでしょう」
「あるいは何者かの導きがあった……ですわね」
「……VOIDか」
黒軍の軍団長達の言葉に、大吉は秘密結社の名を呟いた。
秘密結社VOIDの代表、V。
グランティーナ子爵は世界を渡る際、V代表と叫んでいた。
いない者の名を叫んだのだ。世界の転移に何か関係があるに違いない。
大吉はスーパーおかるとの岡本を訪ね、向こうの世界に渡らせてもらえないかとVへの伝言を頼む。
そして戻って来た返事は……
「『向こうの世界は脆いので、むやみに渡る事には協力できない』だそうです」
「……そうか」
「エルフィンさんは実家に戻ったんですよね? 家庭の事情なら仕方がないんじゃないですか? それに大吉さんは『いつか居なくなったらどうするんだ』と良く言ってたじゃないですか。それが今なのでは?」
「……そうだな」
世界を渡って来た者は、いずれ世界を渡り去っていく。
オカルトに頼り切ってしまった後に世界を去られたら残された者はどうしようもなくなる。
だから大吉は黒の十四軍をあまり使わず、遊ばせていたのだ。
が、しかし……人は夢に弱いもの。
『打ち上げられた宇宙ステーションから生中継でーす!』
テレビでは打ち上げられた宇宙ステーションの話でもちきり。
米国の大胆なオカルト利用を絶賛し、ロシアの永久凍土開発を紹介し、次はEUと協力して軌道エレベータを作るというスクープに興奮し、黒の十四軍も利用しようと呼びかけ、制限条約を律儀に守る日本の政権を批判し民意をあおっている。
オカルトに対する恐怖は夢に塗り潰された。
これまでもそんな動きはいくつもあったが、空にどどんと浮かぶ派手な広告の効果は絶大。
秘密結社VOIDには様々な事業の協力依頼が舞い込んでいるらしい。
なにせVOIDに断られたからとフォルテの所に来るくらいだから相当の依頼が舞い込んでいるのだろう。世界は未知の領域へのオカルト利用に大きく舵を切ったのだ。
「大吉様、断ってよろしいですか?」
「当たり前だろ。そんな事やったらアフターサービスで遊ぶ暇が無くなるぞ」
「わかりましたわ」
黒の十四軍のオカルト方針は食う寝る遊ぶ。
やりたいならやれば良い、やりたく無いならやらなければ良い。
毒にも薬にもならないのが大吉が示した方針。世界が何を言おうが秘密結社VOIDとは進む道が違う。
大吉は荷物を届け、荷物を集め、仕事場を整理整頓し、掃除する。
そして、仕事が終わると思い出す。
別れはおろか大吉様とすら言えずに去っていったエルフィンの姿を。
大吉はポツリ呟く。
「あの別れ方は、ないよなぁ……」
家庭の事情もあるだろうが、それならそれで別れを惜しむ時間くらいよこせ。
別れて二度と会わないような関係の自然消滅ですらない。完全なる断絶。
それが大吉の心にひっかかっている。
大吉はブリリアントに黒島大吉アパートに送ってもらいながら考え、VOIDとは違うもう一つの手段を思いつく。
フラットウェスト社だ。
世界を夢でつなぐVRドリームインターフェース『エクソダス』。
VOIDよりアテにはならないが今も夢で世界同士を繋いでいるのだ。そこから何か糸口は掴めないだろうか。
そう考えた大吉は、夕食に訪れたあやめに切り出した。
「あやめさん」
「なんですか?」
「フラットウェスト社から、エルフィンと話をする事は出来ないだろうか?」
「うーん、今エルフィンが出てるゲームは無いんですよねぇ」
「いや、出来れば夢じゃなくて、直接話をしたい」
「なぜですか?」
「俺にとってエルフィンはもう夢じゃない。現実だからだ」
エクソダスが明晰な夢を提供していても、それは現実ではない。
それなりの時間を一緒に過ごしたエルフィンは大吉にとってすでに現実。
それがデタラメだろうがオカルトだろうがもはや夢では足りないのだ。
「だから直接会って話がしたい。別れるにしてもあんないきなりじゃない、互いに納得出来る別れをしたいんだ。わずかな時間でいい。出来ないか?」
大吉は頭を下げる。
あやめは少し考え、大吉に聞いてきた。
「……大吉さん、岡本さんには頼みました?」
「断られた」
「断られた時に何と言われました?」
「向こうの世界は脆いので、むやみに渡る事には協力できない……と」
「それ、嘘です」
「へ?」
大吉が素っ頓狂な声を上げる。
あやめが言った。
「デタラメ揃いの黒の十四軍の出身世界ですよ? 大吉さんが行った位で壊れる訳ないじゃないですか」
「なんであやめさんが、そんな事知ってるの?」
首を傾げる大吉に、Aの席に座るあやめが胸を張る。
「こう見えて私、VOIDの幹部ですから!」
「へ?」
「今こそ堂々と明かしましょう。この私こそVOID幹部I、そして黒の十四軍諜報軍団長アイリス・メイなのです!」
「……へ?」
「だからこの席に私が座るのは当然! いぇい!」
「「「「「「「「「「「「クロマメにダマされた!」」」」」」」」」」」」
あの時の輝き直感は本当だったのか……
大吉は唸った。
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