9.破いた袋のおわびです!
「「……」」
タイミングの良すぎるメール着信音に、大吉とエルフィンが顔を見合わせる。
先に動いたのはエルフィンだった。
「ふんっ!」
ぽーん。
エルフィンが唸り、スマホのメールが着信する。
「ふんふんふんふんふんっ、ふんふんふんふんふんっ、ふふふふふんっ、ふんっ、ふんっ……」
ぽっぽっぽっぽっぽーん、ぽっぽっぽっぽっぽーん、ぽぽぽぽぽん、ぽん、ぽん……
エルフィンが唸りながら販促音楽を口ずさみ、メール着信が唸りに合わせて歌う。
一度や二度なら偶然だがここまで来ればもう必然。
エルフィンはひとしきり唸り終えると、大吉に手にしたスマホを示した。
「大吉さん」
「はい……」
にっこり。
すがすがしい笑顔でエルフィンが笑う。
しかしトラックを軽々ぶん投げる戦略級女騎士がこんな場面で笑うと怖い。
大吉が後ずさりしながら返事をすると、月を背にエルフィンが聞いてきた。
「これは、どういう事ですか?」
それは俺が聞きたいよ。
大吉は言いたかった言葉を飲み込んだ。
下手な答え方をした時の彼女の反応が超怖かったからだ。
彼女の昔話からすれば『あの方』は間違いなくクロノだが、大吉が彼女と接したクロノはあくまで夢の存在。キャラエディットと夢ならではのデタラメの結果だ。
だから姿形も能力も大吉とはまるで違う。
しかし……彼女と共に夢を駆けた思い出は変わらない。
エルフィンは大吉に『あの方』の名を出さなかった。
その意味する所は……大吉は必死に当時を思い出す。
思い出せ。思い出すんだ井出大吉。暇あれば寝込みまくったアホな俺を思い出せ。
そして寝るのは遊びじゃないと親に怒鳴った恥ずかしい頃に戻るのだ……俺!
「……ふぅ」
大吉は羞恥を追い出すように大きく息を吐き、顔を上げる。
そしてエルフィンを睨み叫んだ。
「まだ俺を見極められぬとは、見損なったぞエルフィン!」
「い、いきなり何を?」
「俺が分からんと思っていたのか?」
そうだ演じろ。十年前の恥ずかしい自分を演じるのだ!
物理的な実力差は歴然。
どうしようもない現状に大吉もやけっぱちだ。
「お前は『あの方』と言うばかりで俺の名を出さなかった。何故だ?」
「それは……」
「何故なら俺を見極める事が出来なかったからだ」
「ぐっ」
大吉の指摘にエルフィンが呻く。
「名も、姿も、声も、能力も変え、黒くもない俺を見極めるには俺からの名乗りが必要。だからお前は名を出せなかった。だが甘い。甘過ぎるぞエルフィン・グランティーナ! お前ははじめから俺に試されていたのだ!」
こ……こっ恥ずかしいーっ!
自らの開き直りに心で叫ぶ大吉だ。
大吉の脇には『黒? こいつは何を言うとるんじゃ?』という表情でじいさんが眺め、玄関先には何事かとばあさんがこちらを覗き込んでいる。
観客倍増、羞恥倍増。
しかしここで貫かねば今までの羞恥も水の泡。
貫け。貫け大吉。あの頃のようにイキリで羞恥を貫くのだ!
大吉は深く息を吸い、『あの方』の名を突きつけた。
「このクロノを見抜けぬとは、まだまだ未熟だなエルフィン!」
「ぐうっ!」
クロノの名を聞いたエルフィンが呻き、よろめく。
「さ、さすがはクロノ様……私のする事などお見通しという事ですね……」
「んな訳ねえだろ!」
大吉はとどめとばかりに叫んだ。
「口からデマカセだ!」
「ぐはっ!」
これぞ十年前の俺。
これぞエルフィンを導いたクロノ。
大吉のとどめにエルフィンが地面に突っ伏した。
「そ、そのデマカセでも俺様絶対正義なイキりっぷり……まさしくクロノ様!」
身体をビクンビクン震わせて突っ伏すエルフィンはまさしく敗者。
しかし顔は至福の笑みだ。
「お前、恥ずかしい奴じゃのう」
「……余計なお世話です」
そして大吉はじいさんのツッコミにこっ恥ずかしさ半端無い。
ゲームだから仕方ないじゃん。イキリでも仕方ないじゃん!
と、心で叫ぶ大吉だ。
「で、お前あの子どうするんじゃ? お持ち帰りか?」
「それは……」
どうしようか。
じいさんの問いに大吉が言いよどむと、じいさんがニヤリと笑う。
「わし、お前の会社に肥料をぶっ壊されたんだよな……わび位入れてもいいと思うんじゃよ」
「おわびです!」
「ずいぶん安いなエルフィン!」
まあ、大吉のアパートは2DK。部屋に余裕はある。
このまま放置してぶるるんストーカーになられても困る。
大吉は諦めのため息を吐くと、エルフィンに手を差し伸べた。
「何ともオカルトだが……よく来たな。エルフィン」
「クロノ様!」
歓喜の表情でエルフィンが飛びついてくる。
そんな感動の再会を、大吉は……避けた。
めきょっ……
勢いあまったエルフィンが抱きしめた樹木がねじ切れる。
さすが大型トラックをぶん投げる女。樹木などひとひねりだ。
樹木が音を立てて倒れていく。
その後に残るのは木っ端屑まみれの涙目エルフィンだ。
「ううう……クロノ様、再会の抱擁をどうして避けるのですか?」
「俺が死んじまうからだよ!」
殺されるところだったわい。
大吉はエルフィンに叫び、己の本能と回避速度を心の中で絶賛した。
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