あんなに綺麗な夕日があるのに
ここには沢山の備えがある。
とはいえ、それは全部モグラ男が用意したものだと伝えられていた。少なくともそう聴かされた人もいる。でも私たちは知っている。それが嘘だということを。それらは全て、近所で農業を営んでいる若い夫婦が、将来に対する災害への不安から用意したものだった。
かつて私とかえるちゃんと香深の三人でよく彼らが営んでいる農場へ遊びに行ったものだ。小学校の帰り道にあるので、ちょっと挨拶していくって感じで寄るのだ。それに写真部としての私たちの活動にこの農場周辺の風景はまさにうってつけの場所だった。
農場から見える山並みが夕陽にかかったとき、私たちはその光景をずっと脳裏に焼きつけたくなり、スマホのシャッターを押すのだ。
こんなにも綺麗だって誰かに教えてあげるために。
それは先輩たちからそう聞いていたし、実際にそうだった。たまに収穫を手伝って、玉ねぎやじゃがいもやみかんやりんごをもらうこともあった。当時の彼らに会いに行くといつも快く出迎えてくれた。
それがいつしか叶わなくなったのは、その景色を撮ることを止めたのは、モグラ男に全て奪われてしまったからだ。今じゃ彼らはモグラ男を信用し、服従することを余儀なくされている。何がきっかけはわからないけど、調べた限りでは彼らは純粋過ぎたのだ。
全ては心の問題だと弁護士の人はインタビューでそう答えている。
見かけは私たちの両親や周囲の大人たちとなんら変わることのない若い夫婦だって皆信じていた。でも私たちが最後に遊びに行ったときに、その考えはもろくも崩れ去った。口を揃えてもうここへ来ることは止めようと話した。彼らは私たちにまで自分たちの素晴らしいアイディアを話し始めた。
「だってさ、あんなに変なダンボール箱積み重ねてあったらさ、嫌だよね。よくわかんない化粧水とか健康食品とか」
「目が笑わなくなったのはいつからだっけ。なんか変なジャケット着た叔父さんが出入りし始めてからじゃない?」
「モグラ男だよ、きっと」
私たちはそう結論づけた。そうだと決めた以上、このルールは世界で一番守らなければいけないルールに変わった。宿題よりも遅刻しないことよりも、毎日決まった時間に寝て起きて学校へ行く支度をしなきゃいけないことよりも大事なことになった。
若い夫婦に限らず、誰かが予期せぬ災害や事故に備えて食料や水や生活日用品のために給与を配分するのは特段珍しいことじゃなかった。学校でも教わるし、私の両親だってそうしている。否定的な意見はまず見ないだろう。
でも彼らはそれらをよりエスカレートする形で推し進めた。本当は彼らが買うべきじゃないものまでも買い始めた。
私たち少女探偵団の調査をここでまとめておくと、それにはモグラ男が関わっていることが発覚した。
周辺の土地やラジオ局の買収話が持ち上がっていた。警察も買収したんじゃないかって話もある。現に警察の定期パトロールに、農場周辺を回避している疑惑もあった。これはストリートビューアプリなんかを使って検証したが、その疑惑は拭えない。少なくとも週三回は巡回がされないルートに相当しているということだ。
「じゃあ本当は何をしているの」
「見せちゃいけないものを備えていたりして。洗っちゃいけないって教わったのにね」
「モグラ男だよ、きっと」
私たちはそうじゃないことを願っていた。そう願った以上、最後まで彼らが将来起こりうることに日々備えて少しでも人生をよくしようとしているだけの人たちだと思うようにしていた。
でもそれが甘かったのだ。