騎士団長と幼妻(候補)たちの食育記録
「好きなものを選べ。お前の嫁にしてやる」
ダレル・フィリップスは言われた意味を理解出来ずに目を瞬かせた。
書類仕事が立て込み、何故か王族の書類も混ざりそれらを処理しながら軍の指揮をとることまる5日、睡眠をとっていないせいか、きっと頭が上手く働いていないのだろう。
目の前の上司であり、自身が仕えている国の頂点に立つ男が指で示したモノはどう控えめに見ても10にも満たないような幼い子供たちにしか見えないのだ。
「私に特殊な趣味はないと再三申し上げておりますが」
ズキズキと寝不足か呆れからか痛むこめかみを揉むダレルにともすれば少年にも見えるほどの童顔な28歳の王が口を尖らせる。
「ならどれならいいのだ。年頃の娘もダメ、年配の貴婦人もダメ、男もダメ、残るは少年少女か犬猫しか居ないではないか。もしや不能か?それとも辺境の羊飼いや組合のギードラのように魔物や羊じゃないと欲情しないのか?」
「私の性癖も結婚相手も然るべき時期に決めるから心配ないと言っているのに……そもそも自国民を犬猫のように指で差すのはどうかと思いますが」
「自国民ではないから問題ないだろう」
問題しかない。自国民でなければ他国民、当然戦争の元だ。
思わず怒鳴ろうとしたダレルに向かって犬猫の持つように1人をつまみ上げこちらに投げて寄こした。
「なにをしてんだクソガキ!」
「素が出てるぞ元貧民の老け顔。よく見てみろ、お前はきっと見覚えがあるはずだぞ」
慌てて受け止めた幼女を見るダレルの表情は瞬く間に苦いものへと変わっていく。
「どうだ、見覚えがあるだろう神殺し」
「…………その名で呼ぶな」
腕の中の子供は酷く軽く、健康的に見える顔と裏腹に貧民や流民や飢饉に襲われた農民のように膨れた腹がただただ異様だ。
「かみ、さま……?」
惚けたような顔で呟く少女にダレルは5日前の騒動を思い出した。
始まりは2ヶ月前、臣籍降下した王の姉、セレナからの知らせだった。
避暑地として有名なロベリア家の領地、カエキリアで娘の侍女が1人行方不明になり、地元の自警団に協力の要請をしてみたが、神に選ばれた名誉なことだと言われて協力されず、夫の実家を通じてロベリア家に通達をしたが返事は変わらず、依然として侍女は見つかっていない。
臣籍降下したとはいえ元王族の要求を名誉なことだと退ける自警団という奇妙な出来事に王国は自体を重く見て調査を開始した。
そして調査を重ねた結果、ある事実が浮かびあがる。
10年以上前から花綻ぶ乙女と聖なる泉の守護者と名乗る宗教団体がロベリア領に蔓延り、そして神に選ばれたと言って近隣の村の住人から女児を攫っていて、領主はそれを黙認しているのだという。
宗教の名を借りた人身売買の危険ありと判断した国は騎士団の派遣を決定、部隊を編成し進軍するとカエキリアでは異様な光景が拡がっていた。
人々は皆一様に笑顔を浮かべ、喧嘩などせずに物腰は柔らかで孤児や浮浪者なども見当たらない。
一見すると素晴らしいことだと思うがこの街は綺麗すぎた。道はゴミひとつ落ちていなく子供たちの遊ぶ声も聞こえず、酒場の煩い笑い声も聞こえない。静かで異様な笑顔と、甘い、甘い、噎せるほどの甘い花の匂いが溢れていたていた。
──この街では飢えも乾きも無い。近くの村の畑は聖女様のお祈りのおかげでいつでも豊作だ。
──神に選ばれたのだから親元から離されたとしても子供たちも喜んでいることだろう。
どの人間に聞いてもそうとしか返って来なく、不気味な思いを胸に抱きながら教会を強襲した。
花の香りは教会から漂っていた。笑顔を貼り付けたまま応戦する不気味な信徒たちをなんとか蹴散らして最奥の聖女の間に押し入った時、騎士団は言葉を失った。
初めに感じたものはねとりと甘い花のような蜜のような香り、街に広がっていたものと同一の、それよりなお濃いその香りは聖女の間の中央、葉も幹も花も実も骨のように白い不気味な木から漂っている気がした。
聖女の間は言うなれば巨大な箱のようなものだった。部屋はなく、半地下の大きな広間のような空間の中央に木が生えていて、それを取り囲むように少女が100人以上、死んだ目をして座り込んでいた。
大きな天窓から降り注ぐ日光と流行りの豪華な色ガラスから降り注ぐカラフルな光が部屋の壁に幻想的な模様を作り出しているが唯一の出入口の渡り廊下の横と反対側にだけ作られた申し訳程度の空気の入れ替え為の窓は鉄格子を嵌められていた。
「なんですか!私達の神の娘たちになんて失礼なことを!」
途中で捕縛したゴルダンと名乗る男が甲高い声できぃきぃと喚く。
「フィリップスきしだんちょう……?」
「……っ、セレナ様の侍女ナンナ殿か!」
喚き声に掻き消されそうなほどか細い声が聞こえダレルは慌てて広間に降りる階段を駆け下りた。
「どこにいる!声を!」
「ここです……ここ」
今にも途切れそうなかすれた声をなんとか張り上げるナンナ、聖女の間の奧に目を向けるとそこでは同じような体格で白い肌、腰までの黒い髪を持った幾人かの女がナンナと思われる女を押さえつけてナイフを構えていたのが見えて慌てて駆け寄ってナイフを持っていた女を突き飛ばし呆然としているナンナと思われる少女を抱き上げる。
「ぁ……ぁ……」
「大丈夫だ、大丈夫。俺達は君もここにいる女性たち全ても助けに来たんだ」
「ぁあ……嗚呼っ」
腕の中で咽び泣くナンナ、その体は経ったひと月たっただけにしては異様にやつれていた。
そして突き飛ばした女性に目を向けると倒れたままの姿でぼんやりと床を見つめていた。
「何故あんなことをしていたんだ」
「…………聖なる泉を守る木に水をあげるの。聖なる乙女の血を泉の水に混ぜて木に注ぐと木の実ができるの。1人からちょっとずつ、朝に10人、昼に10人、夜に10人」
緩慢な仕草で身体を起こし木の生えている部屋の中心を指を指す少女。目を向けると木々に隠れるように泉のようなものが見えた。
「そうか……君はどこから来た?」
「貴方は神様なの?」
噛み合わない会話に思わず眉根を寄せ、少女を睨むと周りの少女も釣られたようにダレルを見つめてくる。気が付けば部屋中の少女がナンナを抱くダレルを無表情に見つめていた。
「私達は神様に選ばれてきたの、ナンナも神様に選ばれてここにいるの。儀式の時に私たちを連れていくのはゴルダン3級聖士だけ、だけどナンナを連れていく貴方は見たことがないし色がらすにキラキラ光っていたから。貴方は私達の神様なの?ここから出してくれるの?」
注がれる幾対の無機質な瞳に背筋が凍った。少女は声に感情を乗せずにただただ問いかける。
「神様、神様。ここから出れるの?お父ちゃんとお母ちゃんのおうちに帰れる?」
「帰りたいよ神様」
「帰りたい、帰りたいよ神様」
少女の問いかけに呼応するように口々に少女たちが虚ろな口調で帰りたいと呟いて蝋で出来たような白い腕を伸ばしてくる。頬はふっくらと健康そうなのに袖がめくれて見えた腕はまるで老婆のように干からびて萎びている。
「わかった!お前たちの処遇は私達騎士団と国が責任をもって対応する。だから今は私に従え!」
声が引き攣るのをなんとか抑えそう宣言すると少女達は表情を変えずに涙を流してうなづいた。
「…………神様?」
くいくいと服を引かれる感触に意識が急速に現在に戻っていく。腕の中でもぞもぞと動く少女に改めて見ると頬や顔全体、そして服の外から見える場所はふっくらとしていて健康的な美しさを持っているが少しでも袖を捲ると途端に老婆のような四肢が現れる。
「これは……」
「どうやらあの聖女の間だったか?そこに生えている木が彼女達の栄養源だったらしくてな、それ以外のものを食べさせようとすると拒否をするんだ」
「……ちがう、王様は私たちに毒を食べさせた」
「毒!?」
少女の言葉にダレルと王の声が揃った。
咄嗟に睨みつけると王は顔を青くさせながら何度も横に振り否と示す。
「食事に毒を入れる訳が無いだろう!私が食べるものと同じものを食べさせているんだぞ!?」
「お前の食事は庶民にしたら毒と同じものだろうが馬鹿野郎!」
なんせこの王の食事は富の象徴とはいえ香辛料たっぷり調味料たっぷりな濃い味の食事をしているのだ。
ダレルも貧民の時に前王に拾われ食事を食べさせられた時腹を壊し3日は寝床から立ち上がることすら出来なかった。それ以来ダレルの食事は極々シンプルなものにしている。
いつの間にか少女たちはダレルの後ろに逃げ、一国の主で主である国王をまるで村の畑に迷い込んだ大ネズミであるかのように敵意丸出しで睨みつけている。
表情を忘れていたような少女たちを知っているダレルからすればたとえ敵意だとしても表に出せるだけ素晴らしいと思うがまま王は表情を引き攣らせている。
「とにかく、お前はこの子供たちを育てろ。なんとかパンを食べたり野菜を食べる子供たちはそのまま親元に返したがこいつらはそれすら食べないんだ。そして育てて気に入った女がいたら抱け。そして結婚しろ早く孫を見せろ」
「誰がお前の息子だ28歳」
「うるさい25歳。これは王命だからな!勅命だから言う事聞かないと処刑するからな!」
駄々をこねる子供のような声で叫ぶと王は逃げるように部屋を飛び出した。
「神様、これからどうするの?」
「…………俺が聞きたい」
思わず素の口調で返すとダレルは少女たちを纏わりつかせたまま途方に暮れた