『悪役令嬢』という概念を理解してない俺の乙女ゲー攻略ライフ
『あれが主人公のエマです! それでは悪役令嬢らしく振る舞ってください!』
脳内に案内人マイアの声が響き渡る。
「悪役っぽく……悪役っぽく……」
俺は小さく頷くと、俺は目の前にいる男爵令嬢エマに通りすがりに肩をぶつけた。
「痛っ……」
貧相でひょろひょろのエマは俺のアタックで簡単に地面にスッ転んだ。
「おおおおん!? どこ見て歩いてんだぁ? このチビがぁ」
「ひいい!?」
『悠斗! それはちょっと違う気がします!』
「なんでだよ? 悪役なんだろ?」
頭の中で慌てふためく声がする。思わず返事をしてしまい、俺は口を押さえた。
「あの……どうしたんですか……?」
エマは驚いた顔でこちらを見ていた。俺は慌てて顔の前で手を振った。
「いやなんでもないって感じー? 気にしないでおけまるー」
『余計にとっちらかってますよ!!』
「うるさいよ、ごちゃごちゃ!」
はぁ~。なんで俺がこんな目にあっているかというと……。それはほんの半日前のことだった。
気が付くと、俺は何もない空間にいた。いや、何もないのならこうして手をつく事もできないのだろうけど。とにかく床は真っ白で、頭上は天井があるのかないのか目視できない。壁も同様でとにかくただ広い空間に俺はいた。
「どこだ……ここ……っていうか痛ぇ……」
「――あなたが椎名悠斗、ですね」
「そうだけど……ってあんたどっから現れた!? てか誰?」
突然した声に振り返ると、白いローブに身を包んだ女性が立っていた。
「私はマイアーシュ……この世界の案内人といった所でしょうか」
「案内……?」
そういえば俺はなんでここにいるんだろう。たしか遅刻寸前で廊下を走っていて……。
「頭をぶつけたあなたは死亡しました。悠斗、そして貴方の魂はここに引き寄せられたのです」
「えっ、俺死んだの……?」
「はい、死にました」
そう言われても実感がない。しっかり手も足もついているし、なんだか妙に落ち着いている。
「それはそうですね。沈静の術を貴方にはかけていますから」
その女性は無表情のままそう言った。さっきからまるで俺の考えを読んでいるみたいだ。
「その通り。この空間では私には貴方の考えは筒抜けです」
「ひえっ」
「いいですか。私があなたの魂を引き寄せたのはとある依頼を全うしてもらいたいからです」
「……依頼?」
俺が怪訝な顔をして女性を見ると、女性は初めてにこりと笑った。
「これから貴方にはとあるゲームのキャラクターになってもらいます」
「それをクリアしろってか」
「いいえ、貴方にはそのゲームの主人公がハッピーエンドになるように動いて欲しいのです」
「脇キャラになるのか……ハッピーエンドって事はなに? 恋愛ゲームなのか?」
「ええ、乙女ゲーム『ブリリアントキャッスル』通称『ブリキャス』の中の悪役令嬢シャルロットとして」
……今、なんて言った? 乙女ゲーム? 悪役令嬢? 令嬢、って俺……男だぜ? 俺は耳を疑った。
「悪役令嬢ってなんだ……っ!?」
俺がそう言うと、その女性は声をあげて笑った。
「ほほほ……この次はこういった趣向なのですね……わかりました」
「俺は何がなんだかわかんねーよ!!」
「今までのプレーヤーは皆、女性。しかもこのゲームの元愛好家ばかりでした。しかし……全員私の依頼を全うする事は出来なかったのです」
「……なんで?」
「皆、サブキャラと良い感じになるのに夢中になったり、はては自分がヒーローとくっついたり…………勝手に領地経営に精を出したり……手広く商売を始めたり……最近では特に何もせずに丁寧な暮らしを始めたり……」
そこまで言うと、その女性はきゅっと唇を噛んだ。
「貴方なら……脇道にそれること無く、ヒロインをハッピーエンドに導けると思うのです」
「俺が……」
「そうです」
「やだよ。それやって俺に何の得があるのさ」
女になるんだろ……? それにもう死んじゃっているのならさっさと成仏させて欲しい。
「……私に権限はありませんが、無事に依頼達成した際には蘇りを検討しましょう」
「えっ、ほんと!?」
「ですからお願いします。『ブリリアントキャッスル』の世界に旅出って下さい。私もお手伝いをしますので!」
「しょうがないなー」
俺が頭を掻きながら一応了承すると、女は持っていた杖を振り上げた。途端にまばゆい光が俺を包み混む。
「それでは……椎名悠斗よ。貴方はこれから悪役令嬢シャルロットです。いってらっしゃい……」
その明るさに目を瞑り、光が収まった頃――俺は怖々と目を開けた。
「……俺……んん?」
まず、口から出た高い声に驚いた。どうやらここは部屋の中のようだ。鏡台があるのを見つけて俺はそれを覗き混んだ。
「うわ……誰だよ……」
そこには金髪で青い瞳をした美少女がネグリジェ姿でこちらを見ていた。クラスでは普通過ぎて存在感の無かった俺とまったく反対な感じだ。
『彼女がシャルロット・ド・アルヴィエ公爵令嬢、16歳。この学園のボス的な存在です』
「……この声は、えーとマイ……マイ……」
『マイアーシュ。マイアで結構です』
「マイア。学園ってなんだ?」
『そういう設定なのです。ここは貴族だけが入学を許された聖ブリリアント学園の学生寮です』
そう言われて俺はあたりを見渡した。確かにベッドやキャビネットがある。それにしても……。
「豪華な部屋だな」
『ええ、彼女は特権階級の中でも特別な存在なので』
ベッドは天蓋付きでふっかふか。カーテンもよくわからんふさふさがついていて高そうだ。家具にいたっては触るのもちょっと怖い。
「へー、いいとこのお嬢さんなんだな」
『それだけではありません。シャルロットはこの国の王子レオポルドの許嫁なのです』
「うわー大変そうだな」
『人ごとではありませんよ。あなたの任務はこのレオポルド王子との婚約を破棄し、男爵令嬢エマとの仲を深めることにあるのですから』
「げっ」
思ったよりやることあるんだな。俺は心から面倒くせえ、と思った。
『それより、そろそろメイドが来ます。しっかりしてください』
「えっ? メイドなんているの?」
『そりゃあみんな貴族ですから』
その時、ノックの音がして女の子が入ってきた。茶色の髪にそばかすがあるけど結構可愛い子だ。
『メイドのアンです』
「おはようございます。お嬢様。もうお目覚めだったんですね」
「あ、あっ……はぁ……」
「ではお着替えをお手伝いします」
「ええっ、一人でしますんで!」
俺は慌ててメイドのアンから距離を取った。
「何言ってるんですか? 無理ですよ?」
「ひいいい……」
俺はアンにネグリジェをはぎ取られ、きっついコルセットを締められてドレスに着替えさせられた。ついでに言うとその時はじめて自分についてるおっぱいを見た。けっこう大きかった。
「もうっ、なんでじっとしてくれないんですかー」
「ごめんなさい……」
ようやっと着替えとヘアセットが終わって俺は解放された。なんか色々失った気分……。
「では朝食に遅れないように食堂にいってらっしゃいませ」
「は、はい」
よろよろと部屋を出て、廊下に出ると途端にマイアの声がした。
『ちゃんと令嬢らしく振る舞ってください! もっと尊大に!』
「うう……わかったよぉ……」
その後、マイアの脳内ナビで食堂にたどり着いた俺はまたまた驚愕した。
「これが食堂……? 高級レストランの間違いじゃねーの?」
まっ白い壁に金の装飾。大理石のテーブルに猫足の椅子が並んでいる。
「シャルロット様! こちらですわー」
俺が声がした方を見ると、黒髪の女の子が手を振っていた。
『シャルロットの取り巻きのカトリーヌです』
「取り巻き……そんなのもいるのか……」
『一号、二号、三号までいます』
「はぁ……」
俺はしぶしぶとカトリーヌのいるテーブルに向かった。するとうるうると上目遣いにカトリーヌが俺を見上げてくる。
「もう、待ちくたびれましたわ」
「そう、ですか……ほほほ……」
なにこれすっごい疲れる。俺が内心冷や汗をかきながら席に着くと、後ろから声がした。
「今朝も麗しいな、僕の小鳥さん」
振り返るとそこにはとんでもない美形がいた。艶めく長めの黒髪に神秘的な紫の瞳。スッと切れ長のその瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。
「……どうした? 機嫌が悪いのかい?」
「いえ……」
「そうだ、いつもの朝の挨拶を忘れていたね……おはよう。好きだよ、シャルロット」
「ふあっ!?」
待て待て待て!! この王子は婚約破棄してエマって男爵令嬢とくっつくんじゃないのか!? 今好きっていってましたよ? あと小鳥さんとか言ってましたよ? 顔が良いから違和感無いのがすごい……!!
「違う!!」
「どうしたのだシャルロット! わかったわかった。……愛してるよ。心から」
「あっ、そうじゃなくて……」
「学業さえ修めればすぐにでも婚儀を行うのにな。残念だ」
この王子、シャルロットにべた惚れじゃないか。こんなのどうやって婚約破棄まで持っていくんだ……?
俺の心の中には特大の嵐が吹き荒れていた。一体これからどうしたらいいんだ!?