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妖刀は聖剣の巫女に召喚される

 澄み切った青空が、どこまでも広がっていた。

 見ているだけで心が浮き立ち、冒険心が刺激される。そんな空。


「聖剣召喚の儀式……か」


 浮遊島に立ち並ぶ巨石の円環。その中心に存在する魔法陣に立つ青年が、思わずといった調子でつぶやいた。

 色が白く、中肉中背であまり印象に残る部分はない。精々が、全身白い服でまとめているくらいか。


「目的が聖剣(・・)ということであれば、僕が期待に添うことは難しそうだ」


 ここが異世界だと聞かされても、声に嘲りの気配はない。逆に、申し訳なさそうですらあった。


「ははは。まったくその通りだね。やれやれ、どこをどう間違えたら人間を喚んでしまうことになるのか……」


 空と同じ色のフロックコートを着こなした少女が、申し訳なさそうに額を抑え自嘲する。合わせて、煌びやかな金髪が風に舞う。

 150cm弱と身長と体つきだけなら子供のようだが、大人びた雰囲気を身にまとっている。


「元の場所に帰す……ことは、申し訳ないが無理なんだ。方法があるのかも知れないが、残念ながら知らない。聖剣の巫女たる私でもね」


 なんとか罪悪感から立ち直った少女が、頭ひとつ以上背の高い青年へと近付いていく。土下座しても構わない失態だが、今はそうしてもいられない理由があった。


「けれど、取り急ぎ身を隠す必要がある。これは確かだよ」

「であれば、先に僕を呼んだ理由を聞かせてもらいたい。危険が差し迫っているのであれば、なおさら」

「だから、今はそれどころでは――」


 やや尊大な口調に、わずかな苛立が含まれていたが、それは風切音にかき消された。


「もう、来たか!」


 どこまでも広がる青空に、無粋な黒点が生まれていた。


 帝国の蒸気式飛行艇(スチームシップ)

 そして、そこから降下してきたのは、全身を覆う鈍色の甲冑。


 減速もせず環状列石に落下し、浮遊島が地響きを立てる。地面自体が、沈んだような感覚。


「ミストファリアの蒸騎士(スチームナイト)!」


 土煙の向こうに屹立する影。

 だが、ただの甲冑ではない。


 神秘の法を執り行った場に現れたのは、火学(・・)の粋を集めて開発された、蒸気甲冑(スチームメイル)だった。


 3mほどあるだろうか。煙突が突き出た蒸気機関を背負い、そこから得たエネルギーで巨大な大剣を構え、壁盾(タワーシールド)を突き出している。


「十騎も差し向けるとはね。蒸騎士(スチームナイト)が一人いれば、浮遊島を占拠するに事足りるというのに」

「慣れているな」


 だが、青年の口から出てきたのはシンプル極まりない感想。


 練度が高い……と、賞賛しているだけではない。


「騎士? 強盗の間違いではないか?」


 と、罵倒もしていた。


 侮蔑を看過できず、正面の蒸気騎士が前へ出た。

 少女と交渉する必要はない。蒸気騎士を前にしても動じぬ正体不明の青年に標的を定める。


 全身を鈍色の装甲で包んだまま、あり得ないほど綺麗に一礼。


「初めまして。私は、神聖ミストファリア帝国第三蒸騎士長、ナグルグラフといいます」

「……塚原明燈(あきと)


 一瞬の逡巡は、どちらで名乗るべきかの迷い。

 それを悟られぬうちに、アキトは問いを投げかける。


「名乗る程度に知恵のある諸兄であれば、来訪の意図も説明できると信じて構わないかな?」

「もちろん」


 露骨な感情をぶつけられても、蒸騎士長ナグルグラフは余裕の態度を崩さない。

 アキトも笑っている。

 少女の笑顔は、さすがに引きつっていた。


「たった今、聖剣召喚の儀式が執り行われたようですが……」

「キミたちに追い詰められたあげくにだね」

「理由はどうあれ、魔法は空世界を支えるブライト・ストリームを蕩尽し、浮遊島を奈落へ向かわせます。火学の都へご案内して、そのことを我らがイース神の教えとともに、お伝えさせていただければと思いまして、こうしてまかり越しました」


 ふむと思案気に、アキトは少女を見た。


「彼らの中では、それが真実のようだよ。私の家族も、招待されて以降、音沙汰無しだ。要は、見解の相違というやつだ」


 その程度のことだと、少女は言い放った。

 これ以上アキトを巻き込まないよう。肩を震わせながら。


「なるほど、分かった」


 アキトが、再び蒸騎士長ナグルグラフと対峙する。


「ご理解いただけ――」

「――諸兄等が、罪人だと分かった」

「罪人? 私たちが罪人?」


 ナグルグラフが、大剣を強く握る。

 目に見えた反応はそれだけ。


 だが、放たれた怒気は桁外れだった。


 少女はおろか、周囲の蒸騎士たちも身震いを止められない。


「いたいけな少女一人に雁首揃えてやって来て、やることが布教? 阿呆か?」


 心臓を鷲づかみにされたかのような重圧を前に、アキトはただ笑う。


「神がまともであったなら、とっくに火学とやらを取り上げていることだろう」


 笑い、嗤い、嘲笑い。


「そうでないということは、神など存在しないか……」


 アキトは、何処からか取り出した刀を、鞘ごと地面に突き立てた。


「ただのロクデナシかだ」


 白い、清潔そうな他は特筆すべきことのないシャツの襟から黒い焔が吹き出し、燎原の火の如く広がっていく。


 同時にアキトの髪が伸び、外套(マント)のように体を包む。


 シャツが燃え尽きた後には、漆黒の軍服が現れた。いわゆる肋骨服で、軍袴の側章は陸軍を示す緋色。

 アキトは、どこから取り出したのか。軍帽を被り、手袋の具合を確かめる。


 最後に、腰の刀を抜いた。


「どちらにしろ、クズだな」

「連行するんだ! 邪魔する者は、粉砕せよ!」


 壁盾を前面に押し出し、蒸騎士たちがじわりじわりと包囲を狭めていく。

 相手が誰でも関係ない。やるべきことを確実にやるだけ。


 まるで、動く壁。

 だが、少女は絶望など感じていない。


「キミは……一体……?」


 一瞬で姿が変わり、剣を佩いた青年しか見えていなかった。


 妖しい。

 ゆえに、目を離せない。


「名乗るのはやぶさかではないが、その前に、そちらの名前を聞きたいな」

「大変失礼をした」


 フロックコートの少女が、場違いなほど華麗に一礼。


「私は聖剣の巫女リュディエーヌ。剣神ヌトス=カアンブルの加護を受けし者だ。もはや出がらしだがね」

「それに関して、ひとつ確認と質問がある。聖剣としては力になれそうにないのだが――」

「それは、もちろんそうだろうが……」

「――妖刀ならば、どうだろうか?」

「……は?」


 ぽかんと、リュディエーヌは口を開けた。


「僕は、妖刀・薙伐(ちぎり)。いわゆる、妖怪だ」

「妖刀? 妖怪? 人だろう?」

「論より証拠だな。少し、『ぷれぜん』というのをやってみよう」


 視線を近付いてくる蒸気甲冑に移したアキト――妖刀・薙伐は、さらに笑みを深くする。


 壁は、動いても壁だ。


 妖刀・薙伐には、通用しない。


大蛇懸(おろちが)かり」


 八岐大蛇の尾から生まれたとされる、草薙剣。

 草を薙いで延焼を防いだ。その故事に倣うかのように、妖刀が振るわれた。


 刀身は、二尺五寸(75.8cm)。

 反りは比較的浅く、身幅は広く、重ねは厚い。実際は直刃だが、刀身には妖気をまとっており乱刃のような刃紋となっている。


 妖気まとった刃の軌跡は、残像となって円を描く。


 だが、蒸気騎士たちは止まらない。


 そもそも、届く距離ではない。

 届いたとしても、壁盾と一〇〇層からなる蒸気甲冑の圧縮装甲を貫けるはずもない。


 万が一斬れたとしても、一人だけ。


 それで歩みが止まるはずがない。


 あるいは、妖刀が切り裂いたのは、そんな常識なのかもしれなかった。


 唐突に、隊列が乱れた。

 止まるはずのない、駆動音が止んだ。


 代わりに奏でられたのは、金属がこすれる不協和音。


 蒸気甲冑には、頭部がなかった。


 盾にも武器にも傷ひとつなく。


 頭だけが落ちた。

 首だけを斬ったのだ。


 妖刀が、すべてまとめて。


「魔力の流れはまるで感じなかったが……特殊な武技……なのかい?」

「……さてな」

「いや、どちらにしろ助かった。アキト? チギリ? どちらの名で呼ぶべきか分からないが、礼を――」

「まだだ」


 妖刀の視線の先には、地上の惨状を目にして離脱しようとする蒸気式飛行艇。


「我、罪無き者を斬る刃を持たず」


 妖刀・薙伐は、天を仰ぐ。

 まぶたを閉じ、刀を鞘に収め――


神辺薙(こうべなぎ)


 ――神速の鞘走りを見せた。


 黒い光――妖気が天を疾る。


「罪なくば、斬ること能わず」


 光は蒸気式飛行艇へと吸い込まれていき――船()が、船()と泣き別れた。


 空中でふたつに分かれた蒸気式飛行艇が落ちていく。ゆっくりと。そして、不可逆的に。


 天に刃が届くはずがない?

 ただの刀が、鋼を斬れるはずがない?

 火の神イースの加護がある?


 だから、首が落とせない?


 否。断じて否だ。


 それは、現実が間違っているのだ。ならば、正されなければならないのが道理。


 妖刀・薙伐の一撃は、罪あるモノの首を落とす。絶対に。


 それが妖の理論。

 妖刀が妖刀たる由縁だ。

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