転移竜騎士のやりなおし 〜エクストリーム難度が思った以上に厳しかった〜
真っ白な視界。水中のような音。そして何とも言えない浮遊感。
俺がこれを経験するのは二度目、つまり『二度目の転移』だ。
俺は通学中に事故に巻き込まれたが、神の代理人によるとその事故は『不具合』だったため、補償として様々な能力を与えた上で別の世界に飛ばしたらしい。これが一回目の転移だ。
それから俺は世界を救うために立ち上がり、あと一歩のところまで行ったものの……戦いに破れて死んだ。
本来ならばそこで終わりなのだが、俺は再び転移の循環の中にいる。その理由は『EXTリバイブ』という俺の能力の影響だろう。
【EXTリバイブ Lv.--】
『再使用不可』『転移者限定』本人が死亡した場合、能力を受け継いだ状態で本人を転移直後の時系列に戻す。ただし世界は最高難度『EXT』に再設定される。
つまり一度きりの「強くてニューゲーム」の能力。伝説とも謳われた前世の能力を持ったまま再び世界を救うチャンスが与えられるのだ。
だが手放しには喜べない。前の難易度が分からないが、最高難度の世界で果たして俺のステータスが通用するのだろうか?
そんな一抹の不安と人生をやり直せる期待感の中、意識が微睡みから浮き上がってくる。
そろそろ、時間だ。
────
「勇者様、お目覚めになられましたね」
小さな鈴が鳴るような高く澄んだ声色で声が掛かる。
確か俺はルルオット王国の第一王女、魔導巫女のミーシャの魔法によって王城の召喚の間に降り立ったんだった。
高校の制服特有の動きにくさが感じられ、とても懐かしい気持ちになる。
「これで、この国も救われ──」
「あっ、おい⁉︎」
そのとき不自然に言葉が切れたかと思うと、目の前の白装束に身を包んだ女の子がふらりと揺らぐ。
俺は反射的に彼女と地面との間に身を滑らせ、その小さな身体を抱きとめた。
「どうした! 大丈夫か⁉︎」
明らかに憔悴し切った彼女の様子に、俺は慌てて〈スペクト Lv.10〉を発動して彼女の情報を要求した。
するとゲームのウィンドウのように彼女の状態が表示されていく。
【ミーシャ・アルトリア Lv.68】
HP 1/376
MP 0/722
状態……魔力枯渇症(ステージ3)
俺はそれを見て息を呑んだ。
致命的な魔力枯渇症だ……。一体どうしてこんなことに。
「勇者様、私は、ミーシャと申します。よく、聞いて下さいませ」
状況が理解出来ず言葉に詰まる俺に、ミーシャは今にも消えてしまいそうな声で言葉を続ける。
「内乱が、起きたのです。辺りを御覧に、なって下さい。人々の痛みが、苦しみが、聞こえます」
彼女の言葉に俺はようやく今いる場所を把握した。
ここは恐らくリーファ草原だろうか、近くには彼女が乗ってきたであろう傷だらけの白馬が一頭。
そして王都とその周辺都市が望めたはずの西から南には激しい炎が上がり、それに照らされて橙に光る煙が夜空を覆わんとしていた。
「勇者様、どうか、この国を、世界を救って下さいませ。必ず、遠くない未来に、大きな悪が世界を覆います。この内乱は、その、序章に過ぎません」
混乱する俺に対してミーシャは落ち着いており、俺の肩を掴んで苦しそうな表情で見つめてくる。
つまり、俺が防ぐはずだった第二王女エルシアの覇権争いが既に激化。加えて逃亡したミーシャは触媒も無しに召喚魔法で俺を召喚したということか。
超高負荷の召喚魔法を生身で行使すれば、術者の代償も決して小さくない。
彼女の金髪やエメラルドの双眸が戦火を反射して揺らぐように輝いていた。
「そして……あれが、災厄を防ぐ、大切な鍵……フィリーナという名の神竜です。あなたの良き、パートナーとなる、でしょう」
彼女は震える指で白馬の側に置いてある布製の袋を指す。
そうだった、俺は王国に危機を伝えにきた竜の国の戦姫フィリーナと行動を共にするのだ。
俺は少し嫌な予感を感じながらミーシャを抱えてその布袋に近付き、そっと口を開けてみる。
「……まさか、まだ孵ってすらいないのか」
そこにあったのは真っ白な殻に黄色の細かい稲妻模様が入った一抱えほどのタマゴだった。
世界の破滅を止めるのに必要なフィリーナがタマゴの状態で仲間になるとは、一体誰が想像できるだろう。
「この国を、この世界を、あなたに、託しても、よろしいでしょうか」
ミーシャは縋るような目で俺を見つめて、最後の力を振り絞って問いかけてくる。
俺は少しの間言葉に詰まったものの、なんとか口を開いた。
「わかった。俺はリュウキ、お前の意思は俺が受け継ぐ。後は任せておけ」
「よ、かっ……た」
俺の声が届いたのだろうか、ミーシャは心から安心したように微笑んで小さく息を吐いた。
それから彼女が再び息を吸うことはなかった。
これがEXT難度か。
既に守りたかった一人を失い、国内の状況も最悪。頼れる相棒であるフィリーナも殻の中ときた。
俺はミーシャだった身体をそっと地面に横たえ、惨劇とも呼べる目の前の事態に頭を抱える。
『新たな称号〈反逆者〉を獲得しました』
『新たな称号〈国際手配犯〉を獲得しました』
『ステータス更新、英雄度:–999』
「なるほど、リュウキと言うのか。貴様のその名、罪人として後世まで語り継いでくれるっ!」
脳内の不穏な機械音声に続いて、聞き覚えのある声で宣戦布告が聞こえてくる。
顔を上げて見ると、青を基調とした王国騎士団の戦闘服を着た大柄な男が長剣を抜いて突っ込んできていた。
その男の頬には十字の傷跡があり、胸元に竜を模した金の勲章が戦火を反射して輝いていた。
「お前はガールヴェルド⁉︎ 待ってくれ、何か誤解を──」
「問答無用! 覚悟しろ誘拐犯め!」
間違いない。こいつはルルオット王国騎士団、第一竜騎士隊隊長のガールヴェルド・ルサンテルト。
そんな彼が何故騎竜にも乗らず単身でこんなところに? しかもいきなり俺を罪人呼ばわりして戦闘を持ち掛けてきた。
聞きたいことは沢山あるが、まずは彼を止めて誤解を解いてもらう必要があるようだ。
「障壁展開!」
俺は素早く魔力回路を形成し〈シールドシェル Lv.10〉を発動、全身を覆う球殻状の半透明な障壁が生成された。
次の瞬間、剣は障壁にぶつかって激しい火花と甲高い音を上げて止まった。彼は一瞬驚いたような表情を見せた後、障壁を蹴って空中で身体を捻る。
「小賢しいっ!」
身軽に空中で一回転した彼は、もう一度長剣を俺の障壁に振りかぶる。今度は刀身が緑色のオーラを纏っているものの、このレベルの障壁はフィリーナのブレスをも防ぐ強度を──。
バキッ!
「なっ⁉︎ 嘘だろっ」
ガールヴェルドの剣が障壁にぶつかった瞬間、卵が割れるような音と共に無数の亀裂が視界に広がった。
俺は瞬時にタマゴ入りの荷物袋を掴み、再び魔力回路を構築、左腕を覆うように〈バリスティックシールド Lv.8〉を展開する。
シールドの展開と彼の長剣が襲い掛かるのは殆ど同時だった。庇うように掲げた左腕に鈍痛が走り、逃しきれなかった衝撃は容易く俺の身体を吹っ飛ばした。
「が……はっ」
背中から地面に叩きつけられて一瞬息ができなくなる。
それから頭の中に表示されたHPの表示が特有のデジタル音と共に減少した。
【リュウキ Lv.99】
HP 951/999
MP 498/536
全力で防いだのに48ポイントも削られた……なんてパワーだ。それにあの障壁を貫通するスキルも尋常ではない。
俺は粉々に崩れる左腕のシールドを見て、起き上がると同時にガールヴェルドに〈スペクト〉を発動した。
【ガールヴェルド・ルサンテルト Lv.128】
HP 1373/1712
MP 443/620
状態:憤激、トランス
使用スキル:パワーアタックLv.17 シールドブレイクLv.13
彼が再び俺へと跳躍してくる中、脳内に浮かんだ文字に俺は言葉を失った。
スキルレベルが10を超えてる! それだけじゃない。レベルも、HPだってそうだ。
EXT難度になったことで敵のステータスが大幅強化、さらに上限まで解放されてやがる! そんなのありかよ!
「姫様の仇、このガールヴェルドが今ここで果たしてやる!」
「誤解なんだって! くそっ仕方ない……ファイア!」
左腕を前に出して回路を構築、人の頭ほどの火球が生成されて撃ち出される。彼が上限をぶち抜いて強化されているとはいえ、俺のファイアもLv.10で割と本気で撃った。流石に多少は怯んでくれるはず。
「ハッ、効かんっ!」
「嘘だろ⁉︎」
しかし彼は怯むどころか腕で軽く払っただけでファイアを打ち消してしまった。
俺はタマゴの布袋を抱えたまま横に跳んで彼の剣撃を躱すと、巻き上がった土煙に紛れて一気に駆け出す。
まともに戦って勝てるかよこんなの! ここは一旦態勢を立て直さないと!
「待てっ!」
ガールヴェルドが俺の逃走を察して素早く追跡してくる中、俺も必死で駆けながら複数の魔力回路を同時に組み立てた。
「あばよっ!」
素早さを上げる〈アジリティ Lv.7〉、気配を消す〈クアイエ Lv.6〉、煙を撒き散らす〈スモーク Lv.3〉を続け様に発動し、一気に彼と距離を取る。
俺の本気の逃走にやがて背後には誰も見えなくなっていた。どうやら見失ってくれたようだが、まだ油断は出来ない。
俺はそのままリーファ草原を東に走り、アーテルム山脈の麓に広がる森林へと駆け込んだ。





