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世界と星が無くなっても、僕の心だけは君が保存しといてくれ。


 永遠に続くものは何もない。星でさえ死んでしまう。


 その言葉を見るのは日課だ。当然だろう。自分の携帯画面の待ち受けに写されている文字列なのだから。

 同じ言葉を何度も聞くことで暗記という能力が働き、それが糧となる。何の糧になるかは問わない。自分自身がそうしたいと願ったのだ。


「今日も星が綺麗だね」

「……ん」

「ずっと夜が続くのかな、この先」

「一々俺に聞かなくてもわかるだろ」

「わかってても聞きたくなるように作ったのはあなたじゃない」


 そう口にされてしまえば返す言葉はない。

 ユキ、シンプルな名前。ただそれだけである。

 この世界ではこういう名前のアンドロイドが世界中に存在している。元々は家庭用を目的としていたが次第にそれは軍事目的に転用されていき、やがて世界は人と人ではなくロボット同士が戦う心の無い戦争が起きた。

 流れるものはない。壊れたら直すか、また作ればいい。ロボットならインプットされているプログラムの通りに動くのでミスもない。どの国家も進んで使用した。

 そのプロジェクトに関わってしまった僕は戦争屋とでもいうべきなのだろうか。

 アンドロイドに感情を持たせるプログラムなんてのに興味を持たなければ人生を賭けることはなかったのだろう。友達や家族がいなかった訳でもないのに何でそういう方向に目を向けてしまったのかは今でも謎だ。

 戦争の結末? ああ、終わった。最悪の形で。いやこれが人類に課せられた罰とでもいうべきだろうか。


「ユウト、お腹すいた」

「そこに充電パットがあるから適当に貼ってくれ」

「ユウトに貼ってほしい」

「……一応君の主人は俺だよね?」

「でもこういうふうに作ったのはユウト」


 これが機械とはとても思えない。皮膚も表情筋も。そしてその発せられる言葉も。

 見分けがつかないまでに人類の技術はここまで進歩したというのにそれを分かち合う人も文明もとうに滅んでいるのだから意味がない。

 渋々、近くにあった充電パットを手に取り、ユキの腕に貼る。電力だけはどうにか賄えている。自動水力発電が稼働しているおかげだろう。ちなみにそれは僕の物である。戦争の報酬として水力発電所を丸ごと頂き、色々と手を加えた。

 結果として色んな人に恨まれた。仕事を無くした、家族がいるのにどうしてくれる。罵詈雑言に慣れるまで時間がかかったけど、何とか耐え抜いた。

 確かにその通りだが僕の研究には膨大な電力がいる。しかし政府は人件費を大幅に削減できることに目を付け、僕の研究以外にも使われた。プログラムで動くなんて最初は不安がる人も大勢いたが結果が全て。エビデンスを見せた途端、次々とプロジェクトは加速していく。国家全ての電力は賄えないがそれでもこのプロジェクトでわかったのは何もかもロボット運用でやっていける、その事実がこれからの労働環境を大きく変えていくということだ。昔からAIが仕事を奪うと噂されていたが実際に人がいらないライフワークを目にすると違う世界に迷い込んだみたいだ。


「ねぇ、今日も教えてよ」


 充電中のユキがふと声をかけてきたので顔をやった。おしゃべりなように作ってしまったがこの世界では却ってそれがいいのかもしれない。


「なぁ、ユキ。一応お前にはネットワークやら俺の共有サーバーを通じて色々と情報が入手出来るはずなんだけど」

「知ってるけどユウトの口から聞きたいんじゃん。前の彼女もこんな風だったんでしょ?」

「そうかもしれないけどな。けどな、僕は回りくどいことはしたくない。お前に求めたのは単純な身の回りの世話だ」

「夜のお世話は出来ないよ?」

「黙れ」


 ゲームのNPCくらいに会話範囲を狭められればよかったのだが生憎とこいつの会話構成プログラムは当時世界最高と言われたアイラックス社のAI技術を流用させてもらっているので人間と同等、それ以上の会話をするのも困難ではないだろう。まあそのAI技術だって俺が作ったようなもんだけど。


「何から聞きたい?」

「えーとね、ユウトの彼女の話」

「……お前に由奈のことを言うんじゃなかったよ」


 後悔の念を感じた所で今更遅い。俺も人類も。

 由奈。僕の好きなだった人の名前。今はどこにいるのだろう。

 戦争とは人と人をも引き裂いてしまう醜い存在だ。災厄、悪魔、地獄。どう呼ぶかは何でも構わない。どちらにせよたどり着く先に待っているのは悲しみなのだから。


「天体観測が大好きな子だよ」

「新しい星をいくつも見つけたんだよね?」

「何個見つけたかは知らねえけど天体観測をすることだけが生きがいみたいな女だったからな。俺も何度も付き合わされたよ」

「じゃあ今見ている星の中に由奈さんの見つけた星があるかもしれないんだね。そう考えるとロマンチックだなー」

「そうか?」

「ロマンチックだよー。由奈さんが見つけた星を由奈さんのモデルとした私が見ているんだよ?」


 そうだろうか。

 今はいない恋人の事を動画や画像、今までの記録をデータ化し、それを独自のアルゴリズムに乗っ取って構築した感情プログラムをユキにインプットしている。

 これをマッドサイエンティストと呼ばずにして、何と命名すればいいのか。


「ねぇそろそろご飯の時間じゃない?」

「そうだな……ユキ、火を沸かしてくれ」

「はーい」


 答えるとユキは近くにある携帯式電気コンロへ駆け寄る。

 何でも便利な世の中の裏腹で人はどこかで階段を踏み外す。使い方を間違えてしまえばそれは自分にも返ってくる。わかってはいたけれどこんなにも重いとはな。

 さて、暗い話はなしだ。


「今日のスープはコンソメで」

「ユウト、もうコンソメは切れそうだからバーニャカウダーにしようよ」

「ちっ。またもらってこないと駄目なのかよ」

「うん。あ、でも近くにあった生産工場って」

「ああ、何者かに襲撃されて潰れた。専ら人間主義者の生き残りが食料を奪いに来たんだろう。あそこには貧相な武装した警備アンドロイドがいるくらいだ。適当に銃器をぶっ放せば、簡単に制圧出来る」

「平気で言うけどこの近くにもう食材なんて残ってないんだよ。私はいいけどユウト死んじゃうんだよ」

「ああ、そうか。そしたらこの国から離れるのもありだな。どこかの国だったら僕が一生食えるだけの飯はあるだろ」

「あるけど、その」

「そんな顔するな。僕はリストアじゃないんだ」

「……だよね」


 悲しい顔まで再現しちゃうのだから我ながら賞賛する。本当は涙を流すようにも作れるのだが余計な機能はつけない。こいつは家事さえできればいいんだから。俺が死ぬ時も一緒に強制終了させ、二度と再起動できないようにするだけ。

 まあ死ぬのは何年、何十年後の話なんだろうか。僕はリストアには感染しなかったからね。

 リストアは新種の伝染病で空気感染することから対処が難しく、世界中に拡大していった。治療薬の開発は見つからず、人類はどん底へと叩き落され、希望という言葉を口にする者がいなくなった。

 しかしリストアは必ず感染するとは限らない。何が理由なのか、リストアに感染しない人間がいる。僕もその一人だ。こればっかりはどうしてかわからない。不感染理由を発見しろというのは今日の人類の課題ともいえる。


「アンドロイドみたいに皆、リストアしなかったらよかったね」

「アンドロイドだって病気にはなる。外部からのインターフェースやセキリュティが甘い無線に繋いだ途端とかでウイルス感染することだってある」

「でも私の中を弄れるのはユウトだけだよ」

「知ってるけど中って言うな。プログラムと言え」

「……想像しているようなことは出来ないけどね」


 このまま喋り続けていると永遠に終わりのない論争をしそうなのでここらで打ち切りにさせておく。

 アンドロイドと人間、そんな二人が恋人同士になるというのは現実的には不可能だというのは今となってはやや不可能と答えるのがいい。このまま内部構造もより人間に近づき、いわばサイボークのような存在になれば人的器官を持ち合わせることも可能だ。

 それでも僕はこの子と付き合いたいとは思わない。付き合って、キスをしたいとも性行為をしたいとも思わない。どうしてだろう。由奈を真似たはずなのに何故か完璧じゃない。

 好き、好き、好き。そんな概念が一体何を意味するのだろう。

 そう考えるようになってしまったのはこれまでの人生だ。人生というのは神々が作ったシナリオで一ページ一つこなすのにかなりの労力、精神力を浪費する。それをたかが一ページで済まそうというのだ。考えると馬鹿みたいで実に滑稽だろう。


「ユウト、いつ外出るの?」

「……今」

「え?」

「今から出たい。ユキの充電が溜まり次第だけど」

「そっか。じゃあ五分だけ待ってね」


 そう言うとユキはゆっくりとこちらに手を差し伸べてくる。

 その手を掴んだ。機械とは思えない程暖かい。それが血の流れとかではなく機械的に起動している事の表しなのに心地いいと感じてしまう僕もどうかしている。

 そう、この世は全てどうかしている。

 どうかしているからこそ星を眺めるだけでも十分に正常な行為だと判断できるのかもしれない。


「ユウト」

「ん」

「好きって言って」

「……好きだよ」


 何の感情も込められていない告白の台詞。

 それでも僕はこの子と生きていく。

 この希望のない世界で生き続けていくのがこれからの僕のシナリオなのだから。

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