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極貧女子大生は悪の女幹部で筋肉です

 私はヒーローが嫌いだ。いや、大嫌いだ。

 別に私が女だからとか、そういうのではない。私が男だったとしても、きっと嫌いだったに違いない。

 あまりに押し付けがましい綺麗事、無駄に高い自尊心、非合理的で不可解な行動。好きになれるわけが無い。それでも、この街にはヒーローがいる。


 私は特にそのヒーローが、嫌いだ。


   ◇


 私が街を歩いていると銀行の前で賑やかな人だかりに出くわした。

 うわあ、またやってる。数日前に駅前で派手にやっていたばかりなのに。一体、何がしたいんだろう。

 今日もいつもの口上が聞こえてくる。


「今日こそ貴様の息の根を止めてやるぞアフロマン!」

「そうはいかぬ! この街の平和は私が守るのだっ」


 ほんと、飽きないのかなあのやり取り。

 昭和じみた白いタイツスーツ、ダサい。

 腕のところにある金色のびらびら、ウザイ。

 無駄にデカいアフロとグラサン、カッコ悪い。

 何より胸の大きな星マークと背中の『溢浪漢(アフロマン)』の太い寄席文字、気持ち悪い。


 それより私、銀行で家賃ぶんのお金おろしたいんだけどな。今日中に渡さないと大家さんにまた文句言われるのに。そもそも、昭和どころか平成も終わったこのご時世に、口座引き落としですらなく手渡しってどういうこと? 決済サービスの波に乗ってくれてもいいのにさ。大家ペイ、いいと思うよ。大家ペイ。

 もう、だいたい街の平和なんかより、私の平穏な生活の方が大切だってことわかってないね。鬱陶しいなあ。人混みが邪魔で銀行に入れないじゃん。


「溢れる浪漫は(をとこ)の証ッ、参上! アフロマン!」


 ダサい・ウザい・カッコ悪い。出たよ、三拍子揃った決め台詞とやらが。

 ほんと、あれが私の神経を逆撫でするんだ。それ、要るの? でもって何で相手は今の内に攻撃してこないワケ? あ、ちらっと見えた。今日の敵は馬ヅラのパーティーグッズ被ったやつか。いつ見てもあんまり可愛くないや。


 私は、盛り上がってる人の波を掻き分けて銀行に入った。

 自動ドアの向こう、建物の外で一際大きな歓声があがって、銀行内の受け付けの人たちもカウンターからドア越しに正義と悪の戦いを眺めている。いや、仕事してよ。ほんと。


 我関せずとATMでお金を引き出して帰ろうとした時、ドアのガラスを盛大に突き破って、表で戦ってたはずの馬ヅラが飛び込んできた。一時、銀行内が騒然となる。ガラス片を払い落としながら馬が叫んだ。


「おおぉぉい、アフロマァァァン! 何してくれてんだよおおぉ……。壊したものは幹部の自腹ってお前知ってるだろおお!? ちょっとは加減してくれよおおおぉ!」


 あんた()は本当に何がしたいの? 悪の組織とか名乗っちゃって。

 ええと、名前は忘れたけどさ。ろくに悪事らしい悪事は働かない。一般人に危害は加えない。被害が出そうな時は事前に通達までする。

 そんなんだからギャラリーが出来てショー的な扱いになるんじゃないの。

 私含め、誰も信じてないのに。この街を征服するとか大層な目標。


 随分と冷めた目で見ていると自分でも思う。思うけれど、日々の生活に追われる19才女子大生としては、こんなよく分からない茶番よりも、コンビニのファッション雑誌の方がよっぽど役に立つと思うんだ。

 まあ、ファッション誌を読んでも実践できるほどのお金はないんだけどさ。


 数分後、勝者アフロマン。いつものことだけどね。必殺のアフロボンバーとやらが決まって馬ヅラの怪人が黒焦げになって去っていった。

 もちろん「覚えてやがれぇぇ」とお約束の台詞を叫ぶのを忘れずに。


 アフロマンが右手を高々と突き上げて勝利のポーズとやらを決めているけれど、私にはどうでもいいこと。

 あ、アフロがこっち見た。グラサン越しだけど、今絶対こっち見た。さっさと逃げよう。触らぬアフロに祟りなし。良い子は見てはいけません、と。


 私はそそくさとバイトの面接に向かった。私がツイてないのはいつものことだけど、アフロマンに遭遇するのはその中でも一番嫌なことだ。良くあるから尚のこと。


   ◇


 面接に向かう時に、裏路地を使ったことは私の人生最大の間違いだった。

 いや、これもきっとアフロマンが悪い。あの人だかりがなく、スムーズに用事が終わっていたならばショートカットのために裏路地を使うなんてことは無かったはずだ。


 具体的には、悪の組織 (名称は思いだせない)にこうして絡まれることも無かったに違いない。まだ所々焦げている馬ヅラが私の眼前で土下座している。


「あなたをスカウトに参りました! 是非、うちの幹部に!!」


 いやです。お断りです。却下です。


「邪魔です」

「そこをなんとか! あなたには才能があります!」


 何の才能だ。私は貧乏女子大生だ。それ以上でも、それ以下でもない。


「調べはついています! あなたには不幸を呼び込む力がある! 生まれついての疫病神ナチュラルボーン・トラブルメイカーとはあなたのことだ!」

「……邪魔、です」


 人が気にしていることをズバッと言いやがるこの馬。


 人為的なものから、天災的なものまで、大小さまざまなトラブルが私の周りには集まってくる。

 非科学的だと昔は思っていた。けれど、過去のバイト先は燃えるわ、乗ったバスはハイジャックされるわ散々な目に遭い続けてきたのが私だ。


「邪魔をするのが悪の組織ですので! どうか! どうか我らがボボンジャ―ズに参画を! 謎の女幹部の席をご用意しておりますので! ちょっと際どい衣装も!」

「より一層邪魔です」


 ああ、そんな名前だったっけ。悪の組織。どうでもいいことだけど。私には何よりお金が、平和な手段でかつ安全に手に入るお金が必要なのだ。


 馬ヅラを押しのけて裏路地から去ろうとした時、


「交渉決裂。プランB」


 と聞こえ、背後から何かの衝撃を受けた私の意識はそこで途絶えた。


   ◇


 目を覚ませば、見知らぬ天井。

 私は露出の高い黒の衣装を身に纏っていた。あ、攫われたんだコレ。誘拐も日常茶飯事だったから別に驚きはしないけど。


「お目覚めですね、新幹部様」

「夢だということにしてここを去りたい気分です」

「ふふ、調査通り、肝の据わった人だ」

「慣れてますので、誘拐には」


 見た目からしてそれらしい、研究着に身を包んだ男性が私に声をかける。悪の科学者に違いない。きっとそうだ。


「身代金などいただきませんよ。逆にこちらをどうぞ」


 男性が茶封筒を差し出してくる。


「支度金として20万。翌月以降は基本給として18万の支給。活躍に応じてボーナスが入ります」

「幹部になるなんて言ってません」


 もらうけどさ。即金で20万ってなかなかすごいなあ。


「さて、具体的な活動内容と禁則事項の説明を――」

「待ってください。私には羞恥心があります」


 こちらの承諾一切無しで話をすすめるのも困ったものだが、何よりもこの露出の高い衣装をなんとかしてほしい。装飾は多いのに可能な限り肌を露出させようと言う固い意志を感じる。

変態め。ああ変態め。変態め。製作者をそう罵ってやりたい。いや、罵られたら喜ぶ部類の人間がこれを作ったのではないか。


「この衣装を、まずは着替えさせてもらえませんか」

「ああ、ではコードを唱えてください。解装(リフィル)と」

「……リフィル」


 服装全体が淡く光り、瞬く間にさっきまで着ていた服装に戻った。なにこれ超科学。


「それでは改めて説明に入らせていただきま――」


 けたたましく鳴り響く、ノイズ交じりの警告アラート。こういうのも何回か聞き覚えあるなあ。

 次の瞬間、部屋の扉が爆発音と共に吹き飛んだ。


「げっ」


 煙の中から現れた、私の一番嫌いなヒーロー。


「アフロマン、参上! 民間人を攫うとは卑劣なり! アフロパンチ!!」


 あ、悪の科学者吹っ飛んだ。

 うわ、私持ち上げられた。たーすーけーてー。


「くそっ……遅かったか」


 そのままドカンドカン爆発する建物の中を、私は抱えられたまま脱出した。もちろん、茶封筒はしっかりと手に持って。


   ◇


 場面変わってどこかのビルの上。

 風の音がうるさい。アフロマンのアフロも存在がうるさい。でかいんだってば。無駄に。


「すまない。君を助けられなかった」

「はあ」


 何言ってんだろこのアフロ。


「君は奴らに改造されてしまった。私がもう少し早ければ……」

「え」

「せめて、これを」


 渡されたのはピンクのマフラー。目で着けるように促されるが何で必要性も感じないのにマフラーを首に巻かなければいけないのか。躊躇っていると、半ば強引にアフロがぐるりと巻いてきた。


 なんだ、これ。

 体が、熱い。

 じりじりと焦げるような感覚。


 マフラーが光り、それに呼応するように体も光る。あんた()人を光らせるのが趣味なの?


 みしみしと体が軋む音がする。

 痛い痛い痛い。あ、もしかしてアレ? 改造されて助けられないから処理しようとかそういうアレ?


 痛みが引くと、私の体は2m越えのマッシヴボディになっていた。


「君は今日から二号ヒーロー、マッスルマンだ! 体格を変えれば君の正体がバレることもないだろう! あと、これマスクね。活動費は市から出るから」


 女子大生、悪の女幹部および正義の覆面レスラーになりました。

 なるほど。私はすべて理解した。これは、給料二重取りできる流れだな。


 さよなら私の極貧生活!

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