青春を始めるのもお前だ
あれから4カ月。俺は近くのコンビニのバイトをやり始めた。正社員でもなく、自分より若い大学生のバイトリーダーに顎でこき使われながら、お客様が持ち込む商品へバーコードリーダーを押して、愛想笑いを浮かべて、会計を済ます。そんな機械的な建前で塗り固められた社会生活も板について来た。
ソユンから、1か月前、アパートのポストに手紙が投函されていた。中身は、妊娠検査薬を使った結果、陰性反応であったこと。母親に自殺未遂をしたことを伝えたら、泣き崩れて、抱きしめられたこと。国際学部がある高校へと転校することになったこと。そして、あの日、俺がベッドの上で抱きしめる傍ら胸を触っていた事実をに、いつの日かおっぱい代を要求にしに来ること。そんなこともあって、バイトを始めたんだっけな。
「いらっしゃいませー」
チャラララララン。来客が訪れたことを知らせる機械的な電子音が鳴り響く。俺も反射的に、機械的な愛想笑いで対応する。来客など見ることもなく、ただ、ボーと目の前の時計を眺めていた。
「あのー、すいません。この前、支払った商品のお釣り、少なかったみたいで」
おっと、これは面倒くさい案件だ。ただ商品をレジに通すだけなら簡単だが、相手側にこちらが払ったお釣りの量を誤魔化して多めに請求された日には、店側としても対応に困る。そのことを店長に告げたものなら、意識高い系のバイトリーダーにまたネチネチなじられるだろう。
「えーと、レシートはありますか?」
俺は改めて来客をみると、言葉を失った。そこには、依然見た制服姿も髪色も身だしなみも一変したソユンが静かに佇んでいた。
「ないんです」
「あー、それだと、ちょっと厳しいですねー」
どうしてよいか分からず、つい、事務的な対応をしてしまう。目の前のソユンは、髪は黒色のストレートに変わり、しっかりと制服シャツを着こなし、スカートも膝下まで伸ばしていた。何より、綺麗だと思った。
そんなことをぼんやりと考えていると、清純派へと生まれ変わったソユンに、ビシッ!!と人差し指を顎先に突き付けられていた。
「青春を終わらせたのはお前だ!!」
「は?」
デジャヴ。コイツと出会った時にいわれたセリフだっけ。
懐かしい気持ちが胸を満たすと、お菓子の棚の補充をしていたバイトリーダーから声がかかる。
「あれ、田中さん、何その子?知り合い?そういうのはバイト終わった後にしてね~」
「あ、はい!すいませ~ん」
俺は情けなく縮こまると、ソユンの後ろに他の客が並んでいることを一瞥すると、感傷に浸ることをやめて、彼女に対応することにした。
「えーと、お客さん。後ろにつっかえているお客様もいらっしゃいますので・・・」
すると、少女は一度くるりと回転して、再び、人差し指を顎に突き付けた。今度は少し近づいて、鼻先をぷにっと押される。
「青春を終わらせたのはお前だ!!」
絶句する。彼女は出会った時と同じように、俺の意志などお構いなく、再び、電波なセリフを言い放つ。
様子を伺いに来たバイトリーダーが怪訝な表情を浮かべて、他の客に対応するためにレジへ向かう。すれ違いざま、小言をいわれた。
「ちょっと、田中さん、今はバイト中!店長にいいつけるよ?」
しかし、その時にはもう、若きバイトリーダーの声なんて俺の耳には入っていなかった。
俺はあの時と同じように、しかし、あの時とは違う彼女の瞳を見据えて言い放つ。
「青春を始めるのもお前だ」