5話 アネモネ①
再開します。よろしくお願いします。
家主と思われる長い耳と白い毛が特徴のうさぎ獣人の女性は「こっちに来な」と低い声で奥の部屋へ入るように促した。部屋には三人掛けのソファとテーブルを挟んで向かい合えるように一人掛けのソファが二つ並んでいた。
「ひゃっ」
うさぎ獣人の女性がリアを引き寄せると、彼女は可愛らしい悲鳴を上げた。乱暴をするような感じではなかったのでそのまま見守ると、二人はそのまま三人掛けのソファに腰を下ろした。
うさぎ獣人の女性は特徴的な大きく長い耳の上半分を折りたたみ不機嫌そうに足をくみ、隣に座らせたリアを一通り慮るように見て手足の擦り傷や服の解れに気づくと、蔑むような視線で俺を睨む。
俺が彼女の周りのピリピリとした空気に困惑している横でザックさんとストラスさんは苦笑いを浮かべていた。
「まあ座りな」
とりわけ先ほどより低い、ドスの聴いた声で彼女は俺に座るように言った。俺は息を飲みつつ向かいの一人掛けソファに腰を掛けた。
「アネモネ、気持ちはわかるがこいつぁ人攫いじゃない」
ザックさんが俺の隣の一人掛けに座りながらそう言うと、ストラスさんもザックさんのソファの背もたれに寄りかかりながら「そうだよアネさん」と俺を弁護した。
この女性は二人の幼馴染でアネモネと言う名前で、人一倍責任感が強い姉御肌と言うこともあってか村の人たちからは”姉御”という意味も込めて「アネさん」という愛称で呼ばれているらしい。
ザックさんたちの弁護を聞いてアネさんは俺を改めて一瞥すると「ふん」と鼻を鳴らした。
とひとまず警戒を解いてくれたようで、彼女の周りにあったピリピリとした空気がなくなった。というか人攫いか何かだと思われてたのか、ちょっと心外だ。
「悪いね人間さん、アネさんの種族……うさぎ獣人の女性は見ての通りの容姿だろう。人間貴族の愛玩奴隷に、と人攫いの標的にされやすくてね。昔から苦労してきたんだ」
「ったく、俺らが人攫いの人間なんか村に連れてくるわきゃねぇだろう」
「はっ人間は皆、デミヒューマンを家畜か奴隷だとしか考えてないじゃないか」
ばつが悪いのか誰もいない方を向きながらそう悪態をつく。ストラスさんが「悪い人じゃないんだ、許してほしい」と耳打ちしてきたから、普段からぶっきらぼうな性格なのだろう。
「で、だ。ここに連れてきたってことはなにかい。訳ありってわけかい」
「ああ。つってもそこらを徘徊してる王国兵がらみだってっから、おれも大まかな内容しか聞いてないんだわ」
ザックさんがそう言うと、その場の全員が俺の方を見た。確かに洞窟や道中では曖昧にぼかした説明をしていた。
俺は一度深呼吸をして、これまでのことを話した。俺が勇者として王国にいいように使われていたことや、そのせいでリアの一族が魔王、魔族扱いされて滅ぼされてしまったこと。
「……辛かったね」
一通り話が終わるとアネさんはリアの顔を自分の胸に埋めるように力いっぱい抱きしめた。
「……うっ……うっぁ」
最初はあわあわと腕をその場で上下させていたリアも、しばらくするとアネさんの背中に手を回してさめざめと泣き始めた。
しばらくするとリアの嗚咽交じりの鳴き声は止み「すぅ……すぅ」と静かに寝息が聞こえてきた。
アネさんはリアの頭を膝にのせて横にならせると、リアの絹のような綺麗な髪をなで始めた。
「……さっきはすまなかったね。ストラスも言った通り、あたしゃ人間にいい思い出がなくてね」
慈愛に満ちた笑顔をリアに向けながら、アネさんは俺に悪態をついていたことを謝った。
先ほどのように低い声を出さなければ十代の娘のようにも思える。手足の先にある長袖やロングスカートでは隠しきれていない傷跡が、きっとまだ若いであろう人生の中で壮絶な体験をしてきたことを物語っている。
「しばらくはここに居るといい。まあうちも裕福じゃあないから、ある程度働いてもらうがね」
アネさんがリアの首元をなでると「んぅ……」と気持ちよさそうなリアの声が漏れた。膝を抱えて丸くなるリアは先ほどまでよりも幼く見える。
「……ありがとう」
しみじみとそう言うと、少し照れ臭くなって俺は俯いて足元を見た。
「俺とストラスは一旦街に戻るか」
おもむろに立ち上がるとザックさんはそう言った。
「そうだね。街の方でも動向を探ってみる必要がありそうだ」
ストラスさんも立ち上がってその長い体を大きく反らした。
「街?二人はこの村に住んでないないのか?」
「冒険者ギルドは人間の街にしかないからね」
「王都にはまずいないがな。それ以外の街には以外といるもんだぜ、人間以外の種族も」
旅立つ直前の王都を思い出してみるも確かにあそこに人間以外は住めない気がする。奴隷としてなら何人かいたかもしれないが。
「さてっと、じゃあアネモネ。二~三日で戻るが、万が一何かあるようならスリンドの港へ向かってくれ」
部屋を出て行くザックさんは一度振り返るとアネさんにそう告げた。
「大丈夫だとは思うがね、あんた達も一応気をつけな」
お互いに信頼しているというのがわかる。
俺には記憶がないが、何となくこういう関係は良いなと思った。