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2話 孤独な少女と勇者と呼ばれた青年

 少女の手を握り走り続ける。どれくらいの時間がたっただろうか。


 城に向かったときとは違う方向を走り続けていた。そこに道なんてなかった。


 少女の住んでいた城は森に囲まれていており、小さな獣道が一つ伸びているだけだった。


 王城から兵士たちに連れられ、歩いてきただけだったから俺は道なんて覚えていない。


 そもそも、どんな道を歩いてきていたのかさえ不鮮明だ。


 思い出そうとすると深い霧の中を歩いているような、そんな光景しか思い出せない。


 闇雲に森の中を一直線に走り続けた。後ろからは大勢の人の足音が聞こえてきている。


 王国兵の追手だろう。


「きゃっ……」


 そんなことを思考していると、握っていた手が離れると同時に小さな声が聞こえた。手を引き走っていた少女が転んでしまっていたのだ。


「大丈夫か!」


 少女の膝には、小さな擦り傷ができていた。


 後ろからは大勢の足音と野蛮な怒号が迫ってくる。


 このままでは追いつかれる。


「すまない」


 少女を抱きかかえ、近くの窪みに身を隠した。


 足音が迫る。


「あの野郎……どこ行きやがった」

「そう近くにいるはずねぇ。追うんだ」

「あのまま殺してくれればよかったものを」


 王国兵と思わしき連中の声が聞こえた。だが、それも次第に離れていき、辺りは木々同士が風で微かにふれあい擦れる音だけになった。


 窪みから顔を覗かせ、辺りを警戒する。


「行った……みたいだな」


 改めて少女に目を向ける。


 しかし、少女は両手で自分を抱きかかえていた。だがその腕の隙間から俺の方覗くように見ている。


 目の前にいるのは自分を殺そうとしていた人物なんだ。当然の反応だろう。


 だが、こうしていても埒が明かない。意を決して、少女に歩み寄る。


「……っ!」


 少女は俺の行動に驚いたようで、自分の顔を腕で完全に覆ってしまった。だが、あいにく人間の耳より尖った特徴的な耳は覆いきれずにいるのだった。


 少女の足を掴み、先ほど擦りむいた傷口を見る。


 土や泥などはあまり付着していないようだ。本当なら水で消毒をしたいが、今は水がない。


 俺は自分の衣服を引き裂く。そして切り裂いた衣服で少女の傷口を覆うように巻き付けた。


 もっと清潔な布で覆うのがいいだろうが致し方ない。


「無いよりはましだろう」


 簡単な処置を済まし、少女の顔を見ようとした。


 少女は腕で顔を覆ったままだ。だが、腕の隙間がわずかに空いている。きっと先ほどの光景を見ていたのだろう。


 そしてその視線に俺の視線がぶつかる。だがそれも一瞬。少女は腕で顔を完全に覆ってしまった。


 その瞬間、隠しきれていない耳が僅かに上下に動いていた。


 その様子を見てどうすることもできずその場に腰を下ろす。


 この娘だけは守ろうと城を飛び出したものの、ここまで警戒されてはどうすることもできない。


 幸い、王国兵の足音が聞こえてくる気配はない。少しの時間であればこの場に留まっていても問題はないだろう。俺も走り続けで疲れてしまっている、休息も必要だ。


 それにこの森がどこまで続いているのかもわからない。果たして逃げ続けたところでどうにかなるものなのだろうか。


「なぜ……助け……たんですか……」


 聞き逃しそうなほど小さな声だった。


 その声は少女のもので、とてもか細い声だった。


「なぜ助けたか……なんでだろうな」


 少女の問いにそう返答した。罪悪感があったからと言えばその通りだ。けど、俺はそんな言葉を少女に言うのが憚られた。


「俺は自分のことがわからないんだ。気づいたら勇者と呼ばれ、そして城に着いていた。なにもわからないままあの場にいた」


 自分の心境をそのまま口にした。それでこの娘に許してもらいたいと思ったわけではない。ただ、自分でさえわからない自分のことを誰かに知ってほしい、そう思ったのだ。


「…………」


 少女はそんな俺の言葉を聞いても顔を伏せ、腕で覆ったままだった。


 どうしたものかと、耳に視線を送るが先ほど一瞬動いた耳は動くことはなかった。


 少女と俺の間に沈黙が訪れる。


「私の前に立っていただけ……」


 その沈黙を破ったのは意外にも少女だった。


「あなたは……あなただけは誰も殺めていない。ただ私の前に立っていただけ」


 少女のか細い声。


 俺は霞がかった記憶を辿る。


 城に入ってから少女の前に立っていた、魔王と呼ばれたこの娘の前に立っていた。


 そこにたどり着くまで、従者の姿は見ていた。だが、そのすべてがすでに動くことのない亡骸だった。


 動いているのは王国兵のみ、その全員が剣を取り、槍を取り、嬉々とした表情で城内を駆け巡っていた。


 俺はただ歩き続け、魔王と呼ばれた少女の前にたどり着き、立ち尽くしていただけだった。


「あなたは……」


 少女の声に記憶の靄から現実に戻される。


「何者……なんですか?」


「俺は……」


 俺は……


「君を守る勇者だ」

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