第二話
前の一件のおかげですこぶる元気とまではいかないが死なない程度までは回復した。
しかし俺は体調云々など関係無くこのギルドを辞めたい。もっと言えば何もしたくない、色んなとこに旅に行って自堕落な生活を送りたい。
「だからまずは長期休暇を取りたいんだ」
「駄目です、もし行きたいというのならいつも通り私達も連れて行ってください」
それ休みじゃないじゃんかよぉ!
その後、どれだけ説得しても助手のナタリアちゃんは首を縦に振らなかった。それどころか休暇に一緒に出かけることになった。
別に嫌じゃないけど、どうせなら一人で出掛けたいなぁ。若い子と出かけるの無駄に緊張するし。
「ガングさんはいつも若い女の子とご飯食べてますけどどんな話してるんですか?」
「若い女の子って…お前も十分若いだろ…あと俺は完全に父親並みの歳だからお前みたいに緊張することはないな。適当に話聞いてやって相槌打つだけだ」
ほお、そんな適当な感じで良いのか。俺はいつも笑顔と話題を絶やさないでいることに死力を尽くしていたから相槌打つだけとか出来そうにないな。怖い。
「相手は思ったより自分のことをそんな注視してねーの。まあ、たまに悪いとこ見られて失望されたりすることはあるけどよ、それもたまにだ」
「そんなもんですかね…」
昼飯を食う為に食堂に行ったらガングさんに会ったのでこうして話しているがあまり参考になりそうにない。俺とは正反対の人間だしなぁ。
「それにお前は良い奴なんだから、ビシッと胸張って隣歩いてやれ。それが一番だ」
「ビシッと…」
あまり想像がつかない、俺がそんなことをしたところで格好つかないだろうし。
「前から言ってるがその目の下のクマを気にしなきゃ結構顔はいいと思うぞお前?まあそれのせいでゾンビみたいになってるが」
「これは激務で染み付いた負の遺産です」
そう言って目の下を少し触る。最近はよく眠れてるしもしかしたらクマも消えるかもしれないな、なんて思いながら。
「しかしお前が現役の頃と比べたらめちゃくちゃな変わりようだよなぁ…」
「あの頃の話はしないでください。俺の数少ない黒歴史です」
恥ずかしい生き方をしてきたつもりは無いが、あの時は流石に今から思えば痛々しかったと思う。自分が最強だと思っていたし実際友人である勇者パーティより強かったし。
まあそこからぶっ壊れ魔法バンバン放つロリババアとか白髪の剣術キチのジジイとか色んな奴に出会って、自分と同じような人間はごまんといると知ったからな。だいぶ落ち着いたよ。
ちなみに今話した二人はどちらも王宮所属の最高訓練教官だ。これから王国の為に戦おうと夢見ている青年が凄く可哀想に思えてくる。
「確かにあの二人には俺も何十回かやろうと勝てん。だからこそ、そいつらとその年で互角に戦えてるお前が一番ヤバいんだぞ?」
「まあ、傲慢になって相手を見下せるほどには努力しましたからね」
俺以外に修行のやりすぎで身体中の骨全部骨折したことのある人間はいるのだろうか。まあそうやって折れても折れても無理に動いたから今の身体があるんだけど。
「あと俺は互角には戦えてませんよ。手加減されてます」
「ええ…あれでか?」
そりゃああの人らがマジになったら五分もたないだろうよ。俺には圧倒的に経験が足りないからな。
「それに俺は今現役じゃないですし、あの現役特有の殺気みたいなものが鈍ってるんですよね」
「まあだいぶ丸くはなったよな」
そりゃあ丸くならなきゃ色んな営業とかイベント事とか断られるし。あのギルドマスター怖いよね、なんて言われたら俺立ち直れない。
「俺はどっちのお前でも関係無くついて行くがな」
「急に泣きそうになること言わないでください」
ほんとやめて欲しい。俺のギルドマスターを辞めたいという気持ちがどんどん無くなっていくじゃないか。
「キャルちゃん参上っ!すよ!」
「おお、キャルちゃん。どうしたの、元気だね」
相変わらずだなぁ。そんな若いノリについていけない年寄りのような発言をしつつキャルちゃんがどこかいつもと違うと気づく。
「今日の私はいつもとちょっと違うっすよ!」
「へえ」
「嘘でも良いから興味あるふりして欲しいっす…」
落ち込んだ様子で肩を落としながら俯くキャルちゃん。えーっと、えーっと、あっ髪飾りが前に俺があげたやつだ。
「髪飾り、変えたんだね」
「大正解ー!っす!」
キラっという擬音がつきそうな程キャピキャピしてるキャルちゃん。なんだ、テンションがいやに高いな。
「これが似合うぐらいの長さの髪になるまで伸ばしてたんすよー、いやーここまで長かったっす」
「そういや髪伸ばしてたな、へえ良いじゃねえか。ってあれ、これめっちゃ高いやつじゃねえか…?」
まあ冒険者になって二年が経った記念に買ってあげたからね。俺としても半端なものをあげたくなかったし。
「なんとか商会とかいうとこのやつっす!」
「メデル商会な、商会主が知り合いだったから割引してもらったんだよ」
まあその代わりポーションとか買う時はうちのものをって言われたけど。流石商人、ちゃっかりしてる。
「お前キャルにちょっと甘いよな」
「そんなことないですよ」
人聞きの悪い。俺は全員平等に接しているつもりだ。
「ギルドマスターは私のこと大好きっすからねー」
そこ、得意げな顔でデタラメ言わないで。
「キャルちゃんお昼ご飯食べたの?」
「まだっすね」
「なら座りなよ、奢ってあげるから」
「ええ、いいんすか?」
お金だけは有り余ってるから良いんだよ。使い道ほぼ無いし。まだ新人のキャルちゃんはここでお金使うより他に使った方が良いだろうしね。
「やっぱりキャルに甘いな」
だから違うって。
王宮内部、ある部屋の一つで麗しい姫が椅子に座り外の景色を眺めていた。
憂いを帯びたその表情は誰もを魅了してやまないだろう。
「姫様、いかがなさいましたか?」
「うん、暇だなって」
深刻なことかと思えば中々に俗っぽい悩みだったようだ。姫付きのメイド長もこれには少し微笑みを隠せなかった。
「そもそもこんな何もない王宮で椅子に座ってるだけとか、本当に人間の暮らしか疑わざるを得ないよね」
「お父様である国王陛下が命じられたことなので私にはどうにも…不甲斐ないばかりです」
「別にメイド長は悪くないよ、悪いのはここから窓を突き破ってでも脱出しようとしない私とここから私を出そうとしないあのクソオヤジのせいだから」
過保護すぎる自分の父親にため息を零しながらこれからの自分に憂鬱にならざるを得ない姫だった。
「あぁー、私も友達とかと城下町に買い物とか行きたいなー。あ、友達居ないんだった」
ベットに転がりながらそんなことを吐き出し続ける姿に姫としての静謐な雰囲気はまるで皆無だ。アラサーのOLのような哀愁すら漂わせてる。
「あ、あの姫様。今日は城下町にあるギルドのギルドマスターが来ているらしいのでお話を聞いてくるというのはどうでしょうか?」
「あー、良いかもね。今どんな感じのものが流行りなのかとか聞きたいし」
そう言ってゴロゴロ転がるのをやめ、立ち上がり用意をし始める。いつもこんなふうに外からやってきた客人の話を聞き暇を潰している姫だった。
しかし今回の出会いが姫にとって運命の出会いになることになるとは思いもよらなかっただろう。
今日は城下町に新たに出来た『依頼凱旋所』についての意見が直接聞きたいのと今までのお詫びをしたいと言って王様に呼び出された。
ギルドマスターと大層な名前がついていようと所詮は公務員。国のトップに呼び出されたら行くしかないのだ。正直行きたくないけど。
「服はこれでいいのか…?」
なんか毎回思うけど俺には燕尾服は似合ってないと思う。ナタリアちゃんは、似合ってます!とか言ってくれたけどあの子は俺が何しても全肯定してくるし当てにならない。
「それではギルド『ナイトメア』ギルドマスター様。こちらに」
「はい」
正直ここで食事したりお話したりしても生きた心地がしないから帰りたい。しかし玉座の間は目の前なので逃げることは不可能だ。
しかしそんな俺の気持ちとは裏腹に扉が開く。数々の視線がこちらに向くがどれもこれも俺にとっては胃痛の原因でしかない。そんなこっち見ないでください。
「よくぞ来たな」
「この度は…」
長ったらしい口上を述べようとしたのだが手で制された。どうしたのだろうか、昼飯の豚のステーキが口についてたか?歯は洗ったはずなんだけど。
「そのような堅苦しい言葉は良い。お主とワシの間柄じゃろう?」
「はぁ、ありがとうございます」
なんかいきなり気安くなったなこの爺さん。肩に手でも置いてきそうな程フランクに接してくるが正直気味が悪い。
「今回のことはすまんかったの、ワシの不手際じゃった」
「死にかけましたけど別に大丈夫ですよ」
「いやだって、お主が過労死になりそうになるとか誰も想像せんもん…何も不満言いに来なかったし…」
だからあんな量の仕事俺に投げ込まれてたのか。まあそれなら俺のせいなのだろう、普通に俺が不満を言いに行けば解決してただろうし。
「まあそのお詫びと言ってはなんじゃがな、今日はうちの料理人が腕によりをかけて作ったから期待してると良いぞ」
「ありがとうございます」
正直帰って家で簡単な料理作って酒飲んで寝たいけどそうもいかないだろうな。どうせこれが終わった後泊まっていけ、とか言われるんだろうな。
そんなことを考えていたら扉が音を立てて開いた。誰か入ってきたようだ。こんな玉座の間の扉を勢い良く開けられる者は限られているだろう。誰だ?
「お父様!今日はお客様が来ていると聞きましたよ!何故私を呼ばないのです!?」
「あっ、やばっ」
今王様やばっ、て言った?
「いや、エリカちゃん、これは違うんじゃよ」
「何が違うんですか?」
うわめっちゃ追い詰められてる。恐らく娘さんだ、王の狼狽具合で大体わかった。国の最高権力者になろうと娘の圧力からは逃れられないんだな。
「まあまあ、落ち着きましょう」
「あっ、お見苦しいとこをお見せしました。すいません」
花のような顏でこちらを申し訳なさそうな顔で見てくるが特に気にしてない。うちのギルドメンバーの騒々しさに比べたら小鳥のさえずりのようにさえ感じる。
「ありがとうございます。あ、私の名前はエリカと言います。以後お見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願いします。俺はギルド『ナイトメア』のギルドマスターです」
そう言って頭を下げる。どれだけ歳下でも権力には逆らえない。世知辛い世の中だ。
「貴方がギルドマスターですか…」
めっちゃジロジロ見てくる、顔に穴が空きそうだ。
「あの…なにか?」
「いえ、想像していたよりもずっと普通のお方だな、と思いまして」
「エリカちゃん、そいつを怒らせるようなことをあまり…」
想像していたより普通の人って言うけど俺は元から普通だ。ちょっと強いだけで。あと王よ、現役の頃を知ってるからって俺に怯えすぎじゃないか?
「安心しました、筋骨隆々の方だと萎縮してしまいそうでしたので」
「そう言って頂けると嬉しいです」
「ふぅ…なんとかなったな」
「なにか?」
「い、いやなんでもないぞ?とりあえず食事にしよう」
そこからは俺と王と王女、あと後から来た王妃と食事をした。王女はかなり好奇心旺盛な子のようで俺にいろいろなことを聞いてきた。
最近のファッションの事や城下町での美味しいものなど答えられる範囲でしか無かったが全部答えてあげた。
「ギルドマスターってどんな仕事をするんですか?」
恐らくこの子はかなりギルドマスターという役職に夢を持ってる気がする。しかし嘘をつくわけにもいかない、正直に答えなければ。
「主にギルドメンバー達のサポートに回ることが多いですね、事後処理やポーションなどの発注など様々な細かいところを管理しています」
「へえー、ギルドマスターは戦わないんですね」
それは時によりけりな質問だなぁ、正直ギルドマスターが戦う事態となるとこの街まで魔物が攻めてきたりした時だし。
「こやつが戦ったら全部一瞬で終わる。そうなると後進の奴らが育たんのだ」
「え、そんなにお強いのですか?」
「いえ、そこまで俺は強くありませんよ」
そう言うと王が有り得ないものを見るような目で見てきた。失礼な人だな。
「そもそも強さの定義とは、俺はただ殺せるというだけの力が強さだとは思いません」
「というと?」
王女が食いついてきた。この子見た目に反してアグレッシブだな。
「俺は今傲慢になれないんですよ」
「?」
「わかりにくくてすみません。まあ要するに強さというのは何かを成し遂げたいから押し通す、相手が憎いから倒すといった我儘な意志なのです」
誰よりも強い奴は誰よりも我儘なのだ。傲慢で自分が負けるなんて毛ほども思っちゃいない。だからこそ強い。
「そんな『意志の強さ』とも言うべきものが人を強くする。しかし今の俺にはそれが無い、ただの牙の抜けた獣です」
「…」
そう締めくくると王女は俯いてしまった。我ながら面白くない話を長々と話してしまった自覚はあるので反省する。もしかしたら出されたぶどう酒に酔ったのかもしれない。
「その『意志の強さ』を強くするにはどうしたら良いですか…?」
お、まだ質問してきた。別に無理して話を聞く必要は無いんだけどな。まあ言われたからには答えよう。
「傲慢に、我儘に、天上天下唯我独尊。自分の気の向くままに生きることですね。そうすれば誰だって強くなれます」
これは俺の押し売りのようなものだ。他人の意見に全く流されない人間こそが最強だ。自分の確固たる意思を持ってる。
「いい例はあの王宮に居る訓練教官の二人ですね」
「あ、あの英傑の方お二人ですか」
「あれは意志の強さでも実力でも人間の範疇を超えてます。しかし参考程度にはなるんではないですか?」
「おい、エリカちゃんに変なことを吹き込むんじゃあない」
流石に王に止められた。まあこれも結局は俺の持論でしかない。これからどうしていくかは王女が決めることだ、俺の知ったことではない。
ぶどう酒の入ったグラスを口に運びながら俺はそう考えた。
しかし、その次の日の朝ビッグニュースが城下町に広まった。
「ギルドマスター!王からの依頼です!王女様の捜索、死ぬ気で見つけてこい。さもなくば殺す、とのことです!」
王女、失踪。恐らく俺のせいだ。