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第一話


今日もまた仕事が始まる。当たり前のことだ、俺が居なければギルドは回らないのだから。しかし布団から出ながら今日の業務について考えると憂鬱になる。行きたくない。


こんな生活が何時まで続くのだろうか。毎日毎日ギルドメンバーの事後処理に追われ書類とにらめっこするこんな国のあやつり人形のようなアホみたいな職場で俺は身体が朽ちるまで続けるのか?


そんなの嫌だ。


「ギルドマスター!朝ですよー!」


元気の良すぎる助手がとうとう部屋にまで突撃してきた。そうだ、俺なんかよりよっぽどこの子の方がギルドマスターは向いてるだろう。性格明るいし。もういっその事全部任せてしまおう。


「お、どうしました?もしや、やっとこの私の魅力に気づきました?そりゃあ朝だしそんな気分になるのも」

「俺ギルドマスター辞めます」

「え」



俺は今日、自由になった。




引き継ぎの諸々のことはとうに準備していた、俺がいつ倒れても良いように。最近、医者からも休まなければ近いうちに死ぬとまで言われていたので着々と準備を進めていたのだ。あとはタイミングと言い出す勇気だけだった。


「これは重要なギルドメンバーの個人情報なので特別厳重に扱ってください」

「…」


あれ、助手の子から返事が無い。俯いてしまっているしどうしたのだろうか。まあいきなりの事だしイマイチ飲み込めてないのかもしれないな。


しかしここで躊躇したら、なんだかんだズルズルここに残ってしまいそうなので淡々と処理していく。その度にうわ言のように何かを呟く助手の子に違和感を覚えつつも全て終わらせた。


「これで最後ですね…わからないことがあれば近くのギルドのオサフネさんに聞いてください。あの人なら俺よりわかりやすいと思うので」

「あの…」


ん、どうしたのだろうか。まだやり残していたことでもあったか。クエストの受注受付のシフトなど色々な細かいことまで言った気がするんだけど。


「冗談…ですよね?」

「本気だよ?」


本気も本気、マジだ。俺はここで辞めなければ仕事に殺されてしまう。「龍殺し」の名で伝説にまでなった元冒険者が過労死とか笑えないだろう。それに現役の頃に貯めたお金がまだ手をつけてない状態で残っている。そろそろ使わなくては。


「いやです」


…え。


「いやです、ダメです、許しません」


いやいや、それは無いでしょ。ギルドマスターというのは健康状態が良くかつ戦闘能力に秀でたものがなる。俺の場合健康状態が壊滅的だから今すぐにでも辞められると思う。いや、絶対なにがなんでも辞めてやる。


「俺より君の方が適任だろう、人格的にも戦力的にも」

「人格はともかく貴方より戦闘能力という点において適任な人間はこのギルドにいません。龍を一刀両断するような人に勝てるわけないじゃないですか」


えー、俺魔法ほぼ使えないからただの脳筋だよ?そんな奴より多彩な魔法使える子の方が適任だと思ったんだけどなぁ。


「そもそもなんで辞めたいんですか?」

「身体にもうガタが来てるんだ、医者にももう働くなと言われた」


これは事実だしなんだったら医者に連れて行っても良いよ。


「なら働かなくて良いです」

「やっとわかってくれたか」


「けどギルドマスターでいてください」

「?」


ちょっと何言ってるか分かんない。働かないギルドマスターとかそれギルドマスターじゃないでしょ。


「業務は私がしますから」

「いやいや、それはダメだよ。それにそれ俺が居る必要無いよね?」


「嫌ったら嫌です!」


えぇぇ…まるで駄々っ子ようにジタバタと床を転がる助手ちゃん。なにが彼女をここまでさせるんだ。


「逆に聞くけどどうしたら辞めさせてくれる?」

「嫌ー!」


聞けよ俺の話を。


「どうしたんだ!ナタリアの叫び声が聞こえたぞ!」

「おっ、アーリアさんいい所に」


助手ちゃんが叫んだせいかこのギルドの最戦力であるアーリアさんが飛んできた。相変わらず凄い全身鎧だなぁ。黒一色の装飾はまるで悪魔みたいだ。


「俺が辞めようとしたら助手ちゃんがこんな感じになっちゃってさ」


「ギルドマスター、聞こえなかった。今なんと言った?」

「いやだから俺ギルドマスター辞めたくて」


そう言うと壁に手をついて追い詰められた。所謂壁ドンだ。


女の子ならばここでキュンとしたのかもしれないが、そろそろ30代にいこうかというオッサンもどきの俺がやられたところでオヤジ狩りかなにかかと勘違いしてしまう。


「え、な、なに?」

「許さない」


怖すぎる、何だこの子。全身鎧だからか普通の人間より圧迫感がすごい。


「もし辞めたいというのなら…」

「なら?」


「私を殺してからいけー!」

「え、えええぇえ!?」


マジで頭おかしくなったのか、いきなり剣を構えだしたナタリアさんに驚愕を隠せずにいる。普段はもっと落ち着いた良い人の筈なのに。


「殺せ!」

「嫌ー!」


「あ、阿鼻叫喚だ…」


俺はなんとかその二人を宥め、落ち着かせる。とりあえずソファに座ってもらい対面に俺が座る。


「ま、まずは経緯から説明するよ」

「…」

「…」


く、空気が重い…


「俺は今医者にかかっててね、その医者が言うに俺は今過労死寸前らしい。そして、このことをとりあえず国に報告してからギルドマスターを辞めようと思ってる」

「なっ」

「ですから、これからの業務は全て私が」


それは嫌だ、ただのヒモじゃん。


「俺のような人望の無い男がギルドマスターの座にずっと居るのもおかしな話だしね」


「いやギルドマスターの場合むしろ人望や信頼がありすぎて…」

「…だな」


なにか二人でこそこそと話しているが悪口かなにかだろうか。


「あの、私達ギルドマスターがそんなに働いてくれているとは全然知らなくて…」

「…すまなかった」


「まあ俺影薄いしね」


「影が薄いというか…」

「これはあまりに仕事が出来すぎて悪い方向に信頼が行ってしまった結果だな」


申し訳なさそうな顔をする二人だが、二人は何も悪くないだろう。この話で悪いのはこんなふざけた量の業務をやらせようとする国の上役だ。


「いや俺も全然皆に言ってなかったし、君たちが分からなくても仕方ないよ」


「それはそうだな、何故言ってくれなかったのだ。いくらでも手伝ったというのに」

「そうですよ!いつも何故か私だけ仕事が少ないなって思ってましたけど」


「部下を定時で帰らせたいって思ってたから…」


そして、次のギルドマスターにはこんなブラックなことさせない為に俺が国に直訴しに行く。俺という例があれば王も動かざるを得ないだろう。


「たしかにうちのギルドは依頼の量が異様に多いな」

「多分この王国で一番達成率が高いからですね」


そこが問題なのだ、依頼達成率が高ければ高い程ギルドマスターの仕事が増える。後処理や依頼の確認、先方への事前報告。様々な細かい仕事がたくさんある。


「しかしそれでは私達以外のギルドが育たなくなるな」

「そうだね、しかし依頼主は出来るだけ達成率の高いギルドに頼みたい。ほんとにジレンマだよこのシステムは」


特にこの近くのギルド『武家の都』は実力者は居るが少数精鋭、こなせる依頼に限りがある。そうなるとやはり評判的にはトントンになる。達成率は高いが、依頼をやってくれるかわからないというのが周囲の意見にある。


「そうなるとうちのギルドに頼むものが増えるわけか」

「そうそう、そうなると俺達の仕事が増えるわけね。特に依頼を選別する量が増えるからたまったもんじゃないよ」


そういうのを選別するのが今はギルドが各自でやっているがそれをやめて専用の職業を作って欲しいのだ。そうだな『依頼凱旋所』とかいう名前にして依頼者がそこに出すようにすればいいんじゃないか?


「まあ今のままでは確かにあまり良くないな」

「ですね」


「だろう?だから俺が王に…」


「ならば今の職場環境を変えたらギルドマスターはここに残るんだな?」

「そういうことですね」


え?まあ…今の言い方だとそうなるけど俺はそういうの関係無く今すぐ辞めたい気持ちもあるんだよ。


「よし、じゃあ私がどうにかしよう。安心しろ、これでも上流貴族の娘だ」

「私もお父様に言って王に伝えておきますねー」


あっ、忘れてたわ、この子達の親御さん達めっちゃ偉い貴族なこと。ぶっちゃけ俺が直談判して言いたいこと言ってクビに近い形で辞めようと思ってたのに。


「いやでも、俺がギルドマスターだし」


「いいんですよ、私達に任せてください」

「そうだぞ、今まで影で頑張ってくれたから今度は私達の番だ」



そこからは速かった。ナタリアさんのお父様が会議で意見を出してくれたみたいで、凄まじい速さで職場改革が進められていった。依頼選別の為の会社が出来ていき、しかも王宮の事務官の方が直々にやってくれるみたいだ。


「ギルドマスターおはよう!なんかすげーことになったみたいだな!」

「ああ、エルキ君おはよう。確かにすごいことになったね」


金髪を少し無造作にウルフカットにした少年が挨拶してきた。可愛い顔をしているがこの子、格闘系の方では『神童』と呼ばれている麒麟児だ。


「でもいっつも忙しそうなギルドマスターがこれで楽になるなら嬉しいぜ!俺馬鹿で書類とかわかんねえから手伝えなかったし!」


そう言ってニカッと笑ってくるエルキ君に不覚にも涙しそうになった。歳をとると涙腺が緩くなるとはこの事だな。


「ま、そうだな!オレもこれで一安心だ!ガッハッハッ!」

「あっ、ガングさん。おはようございます」

「おっす!」


ガングさん、このギルドでも古株の斧使いの人だ。俺と同じで魔法をほぼ使えない、しかし冒険者としては一級の凄腕。


「冗談でも辞めようなんて言うんじゃねぇぞ?」

「まあ、善処しますよ」

「言っとくが俺はお前のことを認めてるからな、お前以外がギルドマスターとか考えたくもねえ」


本当に良い人だ。頭は丸坊主で眼帯といういかにもな格好をしているにも関わらず人情に厚い。


「そうだぜ!俺もギルドマスターが辞めるのは嫌だ!いっつも訓練付き合ってくれるし飯奢ってくれるし、あと俺の誕生日も祝ってくれたし!」


ギルドマスターとしてギルドメンバーの誕生日を祝うのは当然のことだ、感謝される程の事じゃない。あと子供が両頬にいっぱい飯詰め込んで笑ってる姿が好きだから奢ってるだけだし。


「聞いたろ?お前はこんだけ愛されてんだよ。だからお前も辛い時は俺達に相談しやがれってんだ」

「そう言われると照れますね…」


ほんと俺には勿体ないくらい良い人達だ。


「ギルドマスター!ただいまーっす!」

「お、キャルが帰ってきたな。服の汚れから見るにあいつまた討伐系の依頼か、精が出るじゃねーか」


キャルちゃんが帰ってきたとなるとちゃんとモンスターの巣を壊してきたんだな。やるじゃないか。


「お?ガングさんも居るじゃないっすか、珍しい」

「まあな、今日は休暇だ」

「はえー、じゃあご褒美にご飯奢ってください!」

「なんでだよ」


相変わらずノリが軽いなぁ。まあそこも彼女のいい所だろうけど。


「そういえばギルドマスター、辞めるって本当っすか!?」

「いやまあ今すぐにじゃないけどね」

「辞めたらダメっすよ!私はギルドマスター以外のギルドに居る気はないっすから!」


そう言ってキャルちゃんはプンプン怒って食堂に行ってしまった。なんか嬉しいけど俺がこんな良い人達に慕われてて良いのかと思う時がある。


「お前は自己評価低過ぎんだよ」

「考えてることが口に出てましたか?」

「顔に書いてた」


そんなにわかりやすいかね、俺の顔。まあガングさんがそう言うならそうなんだろうな。


「ギルドマスター!どうだ、見たか!」

「あ、アーリアさん」


職場環境を変えてくれた張本人がギルドのドアを開けて入ってきた。全身鎧で顔はわからないが自信満々なオーラが手に取るように見える。


「アーリアさんには感謝してもしきれないね」

「ふふ、そんなに感謝される程のことをした訳では無い。それにギルドマスターのことを話題に出すと王も慌てて動いたようだ。実質ギルドマスターが積み上げてきた実績のおかげとも言えるだろう」


ほーん、王がねぇ。まあ俺は一応王の娘さんとも繋がりがあるしそういうのも合わさって動いてくれたのかもな。


「じゃあ景気づけに一杯やるか!」

「あ、私も飲むぞ!あとナタリアはあと少ししたら来るようだ!酒は残しておけ!」

「おうよ!」


「ギルドマスター、行かないのか?」

「うん。エルキ君。今行くよ」


少し後ろでギルドメンバーの皆を見ながら苦笑して歩いて行く。皆良い人で、俺のことを本当に思ってくれている。だからこそ


俺はギルドマスターを辞められない。



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