第7話 チーズは暴力
「アムルくん、人は悪いことをしたら謝らなければいけないんだよ。ほら謝りなよ。」
「正論だと思うよ、お前が言わなければな」
俺がパンとチーズを手に入れてほくほく顔で戻ると、クロノスと遊んでいたワイルドボアが俺を見るなり一目散に逃げ出し、クロノスの後ろに隠れてしまった。
というか、俺がいない間に仲良しとはこれいかに。
「ごめんな。これあげるから許してくれ」
しゃがんでちぎったパンを差し出すと、ワイルドボアは警戒しながらソロソロと近付いててきて、匂いを嗅いだ後にパクっと食べた。
そして、一口食べたらもっと欲しくなったようで俺の足に摺り寄ってくる。
こいつチョロいな……
「ところで、ぼくはお腹がペコペコだよ。ボアくんにばっかりあげてないで、早くぼくの分を寄こしなよ」
ワイルドボアにせがまれるままパンをあげていたら、痺れを切らしたクロノスから批判の声があがった。
「焦るなよ。今準備してやるから」
「準備って、料理でもするのかい?」
「パン屋のおじさんにいいチーズを貰ったんだ。まあ見ててくれよ」
ふふふ、俺が貰ったのはただのチーズではないのだ。
◇
俺は火を起こすべく、せかせかとその辺に落ちている燃えやすそうなものを集めて火打石をカチカチやっていたのだが、後ろからクロノスの呆れ声が聞こえた。
「君は何を悠長なことをやっているんだい?」
「見て分かるだろ? 火起こしだよ」
「やり方に文句を言っているんだ。生活魔法も習得していないのかい? ステータスカードを出してごらんよ」
言われるがままステータスカードを取り出すと、それをクロノスが後ろから覗き込む形で指示を出してきた。
「ここを押すと、習得可能なスキルが表示されるんだ。覚えておくといいよ」
クロノスに指示されたように操作すると、習得可能スキルがいくつか表示された。
そのなかには、確かに【生活魔法】という項目がある。あるにはあるが、俺はその下に表示されている職業スキルの欄に釘付けとなった。
【パワースコップ】:土掘り力上昇(大)
これは是非欲しいスキルだ。しかし、消費スキルポイントが3となっている。
保有スキルポイントも3、詰まるところ【生活魔法】が習得出来なくなってしまう。
まあいいか。
「……ポチっとな」
「何で違うやつを押すのさ!?」
クロノスが後ろでうるさくなった。
「だってしょうがないだろ。土掘り起こすのどれだけ大変だと思ってるんだよ」
「君はぼくのご飯より仕事が大事だって言うのかい!?」
「当たり前だろ!」
その後、俺は後ろから浴びせられる罵倒を無視しながら、黙々と火打石をカチカチやって、多少時間は掛かってしまったが、ようやく火起こしに成功した。
「さて、火も起きたみたいだし、何を作ってくれるんだい? こっちは散々待たされてお腹と背中がくっついてしまったよ! いい加減なものを出されたらもう何をしてしまうかわからないからね!」
「ブヒッ (ボクも食べたいな)」
貰ったチーズはハードタイプのものでそのまま切って食べてもいいが、やはりこのチーズは熱したほうが断然美味しい。
俺はパン屋で買ったバゲットを人数分切って木皿に取り分けると、チーズを棒に刺して切り口が熱されるように火に掛けた。
しばらくすると、火に当たっているいる箇所に焦げ目が付いてくる。
「そろそろいいか。皆、皿の前に集まってくれ。それじゃあいくぞ!」
木皿に盛られたパンの上に熱したチーズを持っていき、焦げ目の付いた部分にナイフをいれた。
「うわっ!? すごいよ、アムルくん!」
「ブヒッ~ (すげ~)」
ナイフが表面を削ると中からトロトロのチーズが溢れ落ちたのだ。
そうこれはラクレットチーズだ。温められたトロトロチーズは辺り一面芳醇な匂いで満たし、パンの上をこれでもかと蹂躙してゆく。
まさにチーズの暴力であった。
「熱いからな、気を付けて食ってくれ。チーズのクセが気になったら、香草、香辛料の類もそれなりにあるから言ってくれよ」
そう言い終わる前に、クロノスとボアは勢いよくパンに齧り付いていた。
「はふっ、はふ。これすごく美味しいよ。シンプルだけど、濃厚なチーズのコクがすべてを包みこむバゲットと重なって生まれるこの味わい。シンプルイズベストとはこのことだね」
「ブヒッ~ (ボクは極楽を発見した。この味このコク、すべてにおいて納得のいくものである。そもそもラクレットチーズとは寒い地方の農村部に……)」
ふたりとも満足してくれたらしい。不思議と旨いものを食わせて人が喜ぶ姿を見るのには快楽がある。
それでは、俺も食べるとするか。
「めちゃくちゃ旨いな、これ」
明日、パン屋のおじさんにお礼を言いに行かなければならないなと思いつつ、俺はパンとチーズを美味しく頂いたのであった。