第5話 襲い来るワイルドボア
俺とクロノスはグラッセルの繁華街にやって来ていた。
というのも食料を調達する為だ。クロノスに昼ご飯を要求され、エレナさんから貰ったパンを差し出したら案の定キレられた為でもある。
手持ちの食料といえば、その貰った殺人パンだけであり、せめて食べられるものを調達したい。
「ねえねえアムルくん、ぼくはこの串焼きとやらに興味深々だよ! 買ってくれたまえよ!」
見ると豚肉を串に通して炭で焼いている屋台があった。豚肉から肉汁が熱した炭火に滴り落ちて、ジュウという音とともに、食欲をそそるいい匂いが辺りに広がっている。
「ダメだ。そんな余裕はないぞ」
「あーあ、しーらない。それじゃ、スキルの解除は出来ません。あーあ、まったく残念だよ」
「金が無いから仕方ないだろ。ていうか、農耕神を名乗るぐらいなら、豚まるまる一頭ぐらいどっかから連れて来いよ。そしたらいくらでも作ってやる」
「言ったね! 牧畜は専門外だけど、君に神の奇蹟を見せてあげるよ」
そういうとクロノスは、ヌヌヌヌヌと唸った。
すると大地が揺れた。
『緊急警報! 緊急警報! 北からワイルドボアの群れ! これより北門を封鎖します。一般市民の方は至急避難してください!』
街には緊急アナウンスが流れ、人々の間に緊張感が走った。
「おい、これお前がやったのか?」
「えっへん、どうだい。褒めてくれていいんだよ?」
「今すぐ止めろ。皆さんの迷惑になるだろうが」
「プププ。何言ってるのさ? 今更止めるなんて不可能だよ。それより早く行こう。豚肉をタダで手に入れるチャンスだよ!」
そうして勢いよく走りだしたクロノスを俺は渋々と追いかけた。
◇
避難警告が発せられたにもかかわらず、グラッセルの北門の前は大勢の人で賑わっていた。
そこでは豪快な猪のまる焼きが振る舞われている。恐らくあれがワイルドボアだろう。
どうやら、討伐したワイルドボアをここで売りさばいているようだ。
この感じだと通常より安く手に入れられたとしても、タダでという訳にはいかないだろうなと思いながら人ごみを眺めていると、なにやら最前列のほうで騒ぎが起こっていた。
「だから、このワイルドボアはぼくが呼んだんだよ。何頭か貰っていく権利があると思うんだけど!」
聞き覚えのある声だ。案の定、騒ぎの中心にはクロノスがいて、ごつい鎧を着たおじさんに絡んでいる。
「嬢ちゃん、もしかして腹減ってるのか? 分かった分かった。ほら、焼いた肉をちょっと分けてやるから、これで我慢しろ。塩気が足りないなら、こっちにガーリックソルトもあるからな、好きなだけかけるといい。おっといけない、飲み物を忘れていた。そこのポットにあったかいほうじ茶が入っているからな、好きに飲んでくれよ」
「だから、そういうことじゃないんだよ! このお肉とあったかいほうじ茶はありがたく貰うけれども! ……もぐもぐ」
「まだ不満かい? しょうがねえ嬢ちゃんだ。これは俺が3時のおやつに食べようと思っていたやつなんだが仕方ねえな。豆大福だ。取っときな!」
「ありがとう! ……もぐもぐ」
めちゃくちゃ優しいおじさんだった。
「って、そうじゃなくて! ぼくはワイルドボアをまるまる何頭か欲しいんだ! ちょっとアムルくん! そんなところに突っ立ってないで君からも何か言ってやってくれよ!」
クロノスが俺を大声で呼んだ為、周りにいた人たちが一斉に俺の方を向いた。いい迷惑だ。
「おっと男の子がいるのか。うーん、じゃあこうしよう。ここにある肉はウチのパーティーが討伐したものだから、気安くあげる訳にはいかないが、お前たちが討伐したものはお前たちのものだ。サポートしてやるから、これから猪狩りにいくぞ! なに安心しろ。武器は貸してやる」
「……マジすか?」
えらいことになった。
◇
鎧のおじさんは名前をカルデロさんといい、この街の冒険者ギルドに専属登録している熟練冒険者らしい。
専属契約とは、この地の適正レベルに見合わないほどのクエストや、このような魔物の襲撃など、不測の事態に備える戦力らしい。
つまり、この街の最高戦力という訳だ。
そんな人にサポートされるとはいえ、ワイルドボアなんて魔物は素人の手には余るのだ。
案の定、俺とクロノスはふたりとも足が震えていた。
「ねえアムル君。この狩りにぼくは必要ないと思うんだよね。帰っていいよね。うん、いいはずだ」
「いや、奇遇だな。俺も帰りたいんだ」
なぜこうなった!?
「なあにワイルドボアなんて魔物はそこまで強くないさ。骨折程度ならすぐ治せるしな。さあ行こう」
ひぃー! 骨折する可能性高いのか!?
なんだかんだで戦場に突入することになったのである。