第10話 炎の猪
俺はワイルドボアが採ってきた野ウサギを捌いていた。
これは今日の晩御飯にする予定だ。
とりあえず、解体が終わった肉に塩と香草を揉み込んでいく。
それが終わったら、後は夕方まで放置でいい。
「ところで、ワイルドボアの名前って何なんだろうな? ちょっと聞いてみてくれないか?」
俺もとりあえずワイルドボアと呼んでしまっているし、いつまでも種族名で呼ぶわけにもいかないだろう。
俺もいつの日にか魔物の群れの中で生きなければいけなくなったときに、「おい人間、腹は減っていないか?」とか、「おい人間、困ったことがあったら相談しろよ」とか言われたら嫌……でもないな。うん、別に嫌じゃない。
しかし、名前があるのに、敢えてそう呼ばないという選択肢もない。
「ふむふむ、やっぱりか。ボアくんは名前を持っていないらしいよ」
クロノスの説明によると、魔物は一部の有力な個体以外、名前を持っていないらしい。そして、そういう個体は名持ち(ネームド)と呼ばれ、恐れられるそうだ。
「なるほど、だけどいつまでも名前がないっていうのも不便だろ。ちょうどいい機会だし、今決めちゃってもいいんじゃないか?」
「確かにそうだね。ボアくん、名前の希望はあるのかい?」
そう聞かれたワイルドボアは、落ち着きをなくし、もじもじとし始めた。
クロノスがいうには、魔物にとって名前を持つということ自体、とても栄誉なことで、憧れはあったけれど、まさか自分がそれを持つなんて恐れ多いと照れてしまったらしい。
「ふむふむ、希望としては強そうでカッコイイ名前がいいんだね。そうだ! 炎猪とか闇猪なんかどうだい? 強そうでカッコイイだろ?」
「ブヒ~(カッコイイ~)」
「そうだろう。そうだろう」
「おい待て」
名前の免疫がないからワイルドボアが喜ぶのも仕方ないかもしれないが、炎を使えもしないのに炎猪じゃ、流石にマズいだろ。
や〜い炎吐いてみろよ〜って感じでからかわれる未来が想像に難くない。
闇猪に関しては意味不明だ。
「炎を扱えないのに炎猪はちょっと……」
「何言ってるのさ! 魂が炎のように熱い猪で炎猪なんだよ! な! ボアくん」
「ブヒ!(ぼくの魂は熱いよ!)」
「そうだろう。そうだろう」
本人が良いなら、良いんだけどさ……
「それじゃあ決定だ。農耕神クロノスが名前を授ける。君は今日から炎猪だ!」
そうクロノスが宣言した途端、ワイルドボアの身体が輝きだした。
「ブヒ!?」
すると何処からか音楽が聞こえ始める。
デッデ、デッデ、デッデ、デッデーデ~♪
次第に盛り上がりを見せる音楽に呼応するように光が膨れ上がり、最高潮に達したところで唐突に収束した。
デーデーデー、デレデデッデデ~♪
そこにいたのは、赤いワイルドボアだった。
◇
「一体、何が起こったんだ?」
突然輝きだしたと思ったら、変な音楽が流れて、それも終わったと思ったら、ワイルドボアの姿が変わっていた。
まったく意味が分からない。
「これは進化だね」
……進化?
「ぼくもあんまり見たことは無いんだけど、魔物は膨大な経験値を得た果てに、細胞レベルから一段高みの魔物へと生まれ変わるんだ。多分、神であるぼくが名前を与えた為にぼくのゴッドパワーが流れ込んでしまったんだと思うよ」
マジかよ。ワイルドボア…… もといエンチョがマジもんの炎猪になってしまった。
「だけど、ぼくのゴッドパワーが流れ込んだとなれば、もう普通の魔獣とは言えないかもしれないね。ハッ! 聖化された魔獣、つまり聖獣! 君は今日からセイント・エンチョだ!」
「ブヒッ!(セイント・エンチョ!)」
「セイント・エンチョ! 君の新しい力を見せてくれ!」
「ブヒ!」
「「セイント・バァアニング!!(ブヒブヒブヒ!)」」
ドカーンッ!!
この日、俺の納屋が爆炎に包まれた。




