Turn around (ターン・アラウンド)
これから14歳になる君たちに、
そして既に14歳を経験したすべての人たちに送ります。
今日も私は同じ学校に通う友達に「おはよう」と手を振り、彼らを見送る。
あのコたちは、私が誰を待っているかなんて気にしない。
いつもの誰かを、だと思う。
おしゃべりの続きや、とりあえず遅刻をしないことがまずは大事だ。
そして今日の私にはそれはどうでもいいこと。
だって、遅刻をしても、会いたい人がいる。
そんなことを言うと、父親や学校の先生は怒るだろう。
でも、私は待っていた。
一年生は、新しい制服を着て通り過ぎていく。
今年からうちの学校の制服は更新された。つまり、デザインがリニューアルされた。今どきのデザインってやつへ。
スカートはチェック柄になり、胸元も大きなリボンになった。
しかし、だからと言って、入学したいという人数が増えたわけではない。
ただの公立の中学校だ。
私は順調に一つ繰り上がり、中学校二年生になった。
身長も伸びたし、それに伴い体重も増えたし、多分、地球のオゾン層が壊れてきているせいでシミの予備軍も増えたに違いない。まだ皮膚の表面には現れてはいないけれど、いつかは確実にシミが浮かぶと思っている。だけど、太陽に当たることを避けることはできない。私たちは地球に住んでいて、いわゆる日光を浴びないとうまく成長出来ない。まだ、そういう年齢にいる。だから、体育の授業や部活で思いっきり太陽に当たることは、悪いことじゃない。
そして、新しい季節の中で少し高度が上がってきた太陽の下で誰かを待つ、という行為も当たり前の風景であり、その風景は誰が見てもおかしくない。
ただ、誰を待っているかが問題かもしれないけど。
例えば、例えばそれは一つの賭けで、家からそう遠くもない場所で、誰かに確実に見られている場所で、昨日よりもオシャレをするわけでもなく、普通に教科書が入ったカバンを肩から提げながら、その人を待っている、ということだ。
「へー」って、とりあえず話を聞いてくれるのは、母親だけのような気がする。多分。あの人は少し、ふつうの母親とズレているから、少し面白がって聞いてくれるような気がする。
だって、会いたい人が「多分、宇宙人」って言っても母親以外絶対誰も信じてくれないだろうから。
でも、私は彼を見たとき、「宇宙人」って思った。
そして、また会いたい、と思った。
私の感は当たる確率が高い。大抵外れない、だから今日もこうしている。
私の周りに住む、ふつうの人とちょっと違う、と感じたあの人。
何が違うかって?ううん、見た目は何も変わらない。
でも、私はミテシマッタ。
彼が何もないところから、いろいろなものを出すところを。
そう、まるであのネコ型ロボットのように。でも、彼はそんな丸い外見、つまりロボットではなかったし、その一部始終を見ていた私に向かって、なんと微笑んだ。自然に、だ。知り合いに会ったかのように。
別に私に見られてもおかしいことはない、とそんな感じだった。
だから、「なんで?」ってまず聞きたい。そして彼のことをもう少し知りたい。
遅刻を覚悟で彼をここで待ち伏せし、彼と・・・・そうね、友達になりたい。
えっと、何を言っているのだろう。そもそも、地球外生命体と友達になれるのだろうか?
受け止めてくれるのだろうか?
外見は普通の中学二年生だけど、中身は少しズレていると言われる私を。
成績は、かなり優秀だと思う。学校の授業を受けていれば、定期的に行われるテストはほぼ解ける。けれど、将来なりたい職業も行きたい高校や大学もない。
「それは私もそうだったらから、心配することなんて一つもない」と母親は言う。反対に父親は溜息をつく。「そんな風で大丈夫か?」と。
「さぁ、大丈夫じゃない?」と、とりあえず返事をする私。
この先何をしたらいいのかわからない。でもまだ生きていたいとは思う。何もなければ、普通の生活を日々リピートするだけ。例えば、高校に行って適当に勉強をしてモシカシタラ彼氏が出来て、楽しい高校生活を送るかも知れない。その先は大学?・・・何をしに行くの?でもまた、普通に勉強だよね。今と同じ感じの時間の繰り返しだよね。まぁ、内容は難しくなるってことは分かるけど。
じゃあ逆に、私の本当にしたいことってあるのか?
そうね。したいこと、よりも知りたいこと。学校とかではなく、もっと他の世界。
例えば地球外生命体についてもっと知りたいと思ったとき、なぜ学校の図書館は役に立たないの?(先生に聞く気など、その前にない)ネットで調べたほうが早い。
で、その内容は日本語では出てこない。英語だよ、英語。中学校で習う単語では全部読めない。だから、グーグルの翻訳ツールでコピって読む。残念な感じの日本語になって出てくるやつ。ちょっと頭悪いんじゃない?って思うけど「フリーソフトだから仕方ない」と母親は言う。
「だったら、あなたの英語のレベルを上げればいいんじゃないの?」と彼女は言うだけで、その方法は教えてくれない。必死でやると、NASAの記事をなんとなく読めるようにはなった。でも、やっぱり分からない単語はなくならない。いわゆるそれは専門用語。
でも、宇宙工学を勉強したいのではない。Jaxaに就職したいのではない。
ただ、わからないことや知りたいことを暇な時間に調べているだけ。
母親は「それが健全な時間の過ごし方よ」と、玉ねぎをフードプロセッサーにかけながら答えた。彼女の作るトマトソースのパスタはいつも美味しい。
今日の夜ごはんはトマトソースのパスタのような気がする。
彼はまだ現れない。今日は本当に遅刻をしそうだ、いや、もう遅刻だ。っていうか、このまま学校に行かなくてもいいや。行く気もしないし。
学校に向かう制服を着た子たちが前を通らなくなった。スマホを見るとなるほど、学校が始まった時間だ。今の私たちにはスマホや携帯が時計代わり。これで何でもネット検索するので、私たちには必需品。
空を見上げると、そんなに雲がない。
春なのだ。風も心地よい。毎日がこんな季節だといいのに。
きれいな空の色。今日もいい日だ。今日の一時間目はなんだっけ・・・
と、ふいに気配を感じた。
「おはよう」
私は少し右の後ろを見た。
「あ、」
「僕を待っていたんでしょ?」
「え、あ、そう、そうっていうか」
「知ってたよ。キコエタカラ」
「聞こえた?あ、そう?」
「ん、あまり誰かを待たせるのは好きじゃないから、来たよ」
「そんなに待ってないけど」
「いや、少なくても君はここで30分以上待ってるよ」
「そうかな?」
「うん」
「見てた?ずっと?」
「まあね」
「意地悪ね、意外と。さっさと出てきてくれればいいのに」
「そうはいかない。いろいろと事情があるから」
「事情?」
「そう」
「じゃあ、私がなんでここにいるのかも分かってる?」
「うん、もちろん。僕を探していた」
「私、あなたにもう一度会わなきゃって思って」
初対面の彼、いや正確には二回目に会う彼と平常心を装っている私は、街の中の何処にでもありそうな街角でそんなふうに話を始めた。
「でもさ、ここで話すのはまずくない?ご近所の人たちに怪しまれるよ。少し歩かない?」
「ん、いいけど。誘拐とかしないでよ」
「ははは。映画とかドラマとかの見すぎだよ」
「ほんとに?」
「本当だよ」彼は少し笑った。
そして私と彼は歩き始めた。
彼は普通の人間の形をしている。外見はいわゆるイケメンだ。私の好みの完全なるタイプではない。
知らない人が見たら私と彼はどう見えるのだろう?
兄と妹?恋人同士?・・・にはみえないか。
「そんなの、どうでもいいんじゃない?」
「え?」
「あ、ごめんね。君の声、思っていること、聞こえてるから」
「聞こえちゃうんだ」
「そう。聞こえるというか、伝わるんだ。だから前に君に会った時も、君が僕のことを見ていたのが分かった」
「なんでも聞こえちゃったら、面倒臭くない?」
「ああ、聞こえないようにも出来るんだ」
「だけど、今は君の声が聞こえる」
「なんで?」
「んー、君の持っている能力の一つじゃないのかな?」
「ノウリョク?」
「例えば、君は僕を見ても怖がらないし、こうやって会って話をすることを可能とした。普通は出来ない。僕を見つけることも困難だ」
「姿を隠している・・地球外生命体だから?」
「ははは。いいね、その呼び方」
「地球ではそういうのよ。宇宙人とか」
「その能力は多分、引き継いだものか、自然に開かれたものか、どちらかだ」
「ふーん」
「君は僕と話をしていても平気、今日あの場所で会いたいと願った、会えると信じてあそこで待っていた。これは普通の人間はしないことだよ」
「そうかな?うちの母親だったら、すると思うけど。あの人なら、しかねない。小さい頃から普通に宇宙やスピリチュアルの話をご飯食べながらしていたから」
「じゃあ、君はその母親から引き継いだギフトを持っている可能性があるんだね」
「そうかな。考えたことなんてない。外見は少し似てるけど」
ふーん。彼は私を見た。
「なるほど。確かに似てるね」
「見えるの?」
「ん、見える。君が今思い浮かべているから」
私たちは駅前にあるチェーンの喫茶店を選んだ。
ここなら、サラリーマンや知らない人たちがたくさんいて、私たちのことを気にしないし、お小遣いで頼める飲み物がある。
朝から私たちがこうしていても、多分誰も気にしない。
そういう、いいところだ。
私は中学の女子らしくクリームソーダー、彼はコーヒーを注文した。
「お待たせしました」
すぐにその二つは運ばれてきた。
この店でも、コーヒーは大量の作り置きであることを私は知っている。
「それで?」
彼はコーヒーカップを手に持った。
「あ、この飲み物ぐらい、ノムカラ。不思議?」
「ん、かなり。飲むんだ?」
「必要に応じればね。それが、溶け込むってことだ。それにこれ、好きなんだ」
「へー、大変ね。地球外生命体」
「その言い方、やめない?とりあえず、名前とかで」
「あるの?」
「ない。ここでの名前はない。僕たちの言葉は君たちには難しい。」
「そうなんだ」
「何がいいかな。ルノアール、あ、日本語じゃないや」
「ルノ、でいいんじゃない?」
「ずいぶん、てきとーだね」
「だって、本名じゃないなら、なんでもいいんじゃない?」
「確かにそうだけど、てきとーすぎる」
「じゃあ、ルイ」
「ルイ十四世?とかの?フランス人じゃないか」
「かっこよくない?」
「そう?」
彼は少し喜んでいる。
「じゃあ、それで」
彼の名前はルイ。私がつけた。本当は何て名前なのだろう?
「で?」
「え?」
「僕たちは何かを話すために、ここにいるはず」
「確かに。でもね、何から聞いたらいいのか」
「君らしくない」
「紙にでも書いて用意しておけばよかった」
「そうかもしれないね」
「じゃあ、はじめていいかな?ルイ」
「いいよ」
私は本当に質問し始めた。
・どこから来たの?→詳細は語れない。だけど、君が知らない星から。この星とは全く違う様子の星。
・何をしに来たの?→ちょっとした視察旅行。実験も兼ねている。意味わかる?とルイは聞いた。なんとなくね、と私は答えた。侵略じゃなければいい、と念を押した。ルイは笑った。
・泊っている場所は?→スターシップや地上。いろいろ、とルイは濁した。
・スターシップ?→そう。地球の人たちには想像つかないよ、とルイは言った。地球には、スターウォーズっていう映画があって、予備知識があるのよ、と私は反論した。ルイは、「ああ、それ知ってるよ」と笑った。部分的に合ってるから、と。
・いつからいるの?いつまでいるの?→つい最近ってわけでもない。長期間いるつもりはない。君たちの時間の単位と違うので、正確には表現できないけど、ま、飽きたら帰るよ、とルイはカップの中のコーヒーをくるくる回した。
・私たちを見てどう思う?→別に。違う星の生き物だから、受け入れるだけ。へーって、思うだけ。僕たちとは違う、と思うだけ。来る前に多少は情報を得てるから、実際に見てもびっくりはしないよ、ともルイは言った。
・違うの?かなり?→違うね。地球は青いね。僕の星は青くないんだよ。少し溜息混じりのルイ。
・あなたの星には海がないの?→ないね。地球はかなり特殊なんだよ。知らないの?知るわけないか。上から目線だわ、ルイ。
・地球人は月に行くことが精一杯だけど、他の星には違う生き物っているの?地球人で他の星に行った人いる?→ああ、月ね。行ってたね、知ってるよ。他の星にもいるに決まっているじゃん。なんでそんなこと聞くの?本当に地球ってさー。ルイは何かとても言いたげだけど、ストップした。
・言いたいことがあるのなら、言っていいのよ、私は驚かないから→なんで?と眉間に皺が寄った、ルイ。
・私は(母親があんな感じだから)驚かない。(宇宙人はいるのよ、ってずっと聞かされてきたから)→ああ、そうだね、そうだった。地球はさ、ゆっくりなんだよ。他の星よりも若いんだよ。君たちは知らなすぎるよね、いろいろとさ。ルイの上から目線パート2。
・星の誕生の話だ→だから、話が長くなるんだ。君は学校にいかなくていいの?
・今日は休むって決めたから→ここで僕とずっと話をしてる?ルイは何を今更言うのだろう。
・それもいいかも。でもおなかはすくわね→僕はすかないんだ
・宇宙人は食べないの?→食べるというか、構造が違うんだよ。ルイは、やっぱり地球外生命体。
・私以外にこうやって地球人と話をした?→こういう風にはしていない。基本的にする必要がない。任務にない。真っ直ぐに私を見るルイ。
・任務?侵略するつもりなんだ、やっぱり。→だから、違うよ。もう少しちゃんと聞いて。(私は、冗談だと謝った)
・地球人は月までしか行ってない?→いや、そんなことはないと思うよ。
・誰、それ。どこまで?→僕が言うことじゃない。
・ケチ。→別に、どうでもいい。ルイはもう一度、コーヒーカップの中身をくるくると回した。
・前に会った日、何をしていたの?→待ち合わせ。
・誰と?→仲間。
・あんなところで?→そう。人がたくさんいたほうがいい。目立たない。
・外見は同じだから、見分けがつかないってこと?→カモフラージュ
・ほんとはどんな外見?→内緒。見たら驚く。ルイは笑う。
・見たい→だめ。
・ケチ→うん、それでいい。ルイの微笑みは、兄のように説得力がある。(兄なんていないけど、いたら多分こんな感じ)
簡単にまとめると、こんな感じ。
周りのお客さんたちは入れ替わっていた。
ウエイトレスのお姉さんも、おじさんに代わっていた。
「ルイ、また会えるかな?」
「会ってどうするの?」
「んー、なんか、また会いたい」
「軽く口説いてる?」
「え?宇宙人を口説くわけないじゃない」
「そう」
「タイプじゃないし」
「そう」
「また、心の中で思えばいい?強く願えばいい?」
「ん・・・・そうだね。分かったよ」
「ん、よかった」
「そういえば、君の名前はー」
「キララ」
「日本人っぽくないね」
「そうね、よく言われる。母親がつけたの。私が生まれた晩に流れ星を見たんだって。」
「なるほど、わかったよ。納得したよ」
「え?どこが?何か分かった?」
「うん。あ、キララ、もうすぐ雨が降るから家まで送ろうか?」
「え、雨、降るの?」
確かにさっきまで晴れていた空は曇ってきている。
「送るよ。君の家の玄関前でいい?」
二人は喫茶店を出た。きちんと代金を支払い(ルイが私の分を払ってくれた。このくらいは男性が出すべきだ、と変なことを知っていた)、帰ることにした。
「じゃあ、目を閉じて。キララ、君の家を強く頭の中でイメージして」
私は自分の家の玄関を思い出した。映像が浮かぶ。ルイの手が私の肩に静かに触れた。
どこかで味わったような、重力が変化するフワッ、とするあの感覚に一瞬包まれ・・・・
「いいよ。着いたよ」というルイの声で目をあけると、いつものドアが目の前にあった。
あ、本当に移動している。辿り着いている。
これって、いわゆるワープ?テレポーテーション、空間移動、アインシュタインの世界だ!
「じゃあまたね、キララ」ルイはそう言うと、すぅーっと消えていった。
わぁーーーー。誰かにものすごく言いたい。伝えたい!この今の私の気持ち、誰か分かる?誰が分かってくれる?私はゆっくり息をした。つまり、深呼吸を二回ほど。そしてついでにもう一度。
目の前には見慣れたドアがある。このドアの向こうには、母親がいる。今日も家で仕事をしている。でも、普通ならば学校にいる時間、どうやって言い訳、いや説明をしよう。このままここにいるわけにもいかない。早く考えなきゃ。
宇宙人と会ってルノアールで話をした。だから学校をさぼった。で、雨が降ってきそうだったので宇宙人に家まで送ってもらった。(しかもテレポーテーションで)これって、どうなんだろう?いくらあの人でも驚くだろう。事実だけど。
そして雨が降り始めた。庭の木々にその雨水が落ち、流れ落ちた水分は土に浸み込んでいく。
“ルイ、本当に降ってきたよ。ありがとう”私はルイの予知能力に感謝した。
私はドアをあけた。再び深呼吸をしてから、勇気を出して。
「ただいま」いつも通りのトーンと大きさで中に向かって言った。
「あら、おかえりー」
いつもの母親の声がした。信じてくれるかな?スリッパに足を入れて、リビングへと向かった。
「雨、降ってきたよ」
それから私は言い訳を自分からせずに母親の質問を待った。しかし、彼女は何も聞かなかった。
「お昼ごはんは?」
「あ、食べる。何かある?」
「じゃぁ、何か作るね」
母親は台所に向かう。台所の窓から外の雨を確認している。
自分の子供を信じ切っているのか、子供の学校生活に興味がないのか、どちらかだ。
彼女もかつて普通の中学校生で、私のように学校をさぼったりするような子ではなかったはずだ。グレていた側面など少しも見当たらない。
私はまだ、義務教育の中にいる。しかし高校生になれば自由だ。行こうと、さぼろうと、それは自由。何を勉強しようと、何を選ぼうと自由。高校生になるということは、そういうこと。ついでに結婚だって出来る、と母親は前にそう言った。
今私は高校生生活に興味がなく、自分の周りにどんな高校があり、どんなことを目的として建っているかなんて、調べようとも誰かに聞こうともしない。
なんとなく、どうにでもなる気がするから。
友達のユリカは、「キララはさ、頭いいから、どこでも入れるからいいよね」っていう。
でも、どこでも入れるのではなく、入りたいというか、ここおいでよ、って言ってくれているところがない。
「おかあさん」
「うん?」
「あのさ」
「うん」
「私さ、もっと違うこと勉強したいんだよね」
「例えば?」
母親は、ショートパスタを刺すフォークの手を止めた。
「国語とか、数学とかさ、そういうのじゃなくて」
「英語、でもなさそうね?」
「ん、こうなんていうのかな。そういう義務教育の中のものではないの」
「かなりレベル高いね。今日のメインディッシュ」
「そう?」
「うん」
「どうしたら、それの中に埋もれる毎日を送れるかは、今の私にはまだ想像つかないけど、でもね、もうちょっと違うんだよね」
「違うんだ」
「そう。学校の勉強、飽きた。」
「面白くないんだ。驚きとかないんだ」
「そうだね」
私はコップの中の麦茶を一口飲んだ。
「逆にね、君たちこういうの覚えなさい、ではなく、これを分かりたいから、これを知らないとそれは解けないとか、次に行けないとか、そういうのがいい」
「へー、深いね。正しいけど」
「そう思う?」
「思う。とても」
母親はニコニコしながら聞いている。あ、やっぱりこの人は否定しないんだ。
「あのね、宇宙人っていると思う?」
「うん、いるよ」
「だよね。私、アッタカラ」
「いつ?」
「さっき」
「どこで?」
「この街で。ルノアールで話をした」
「話?できた?」
「できた」
「そっか」
「驚かないの?」
「そろそろ、そういうことがあってもいい時だから」
「いい時?」
「そう、時代の流れ的にね」
「やっぱり、驚かないんだ。信じてくれるんだ?」
「驚いて欲しかった?“えー!!”って?」
「ううん、別に」
「キララは選ばれたのだから、喜ぶべきよ」
「選ばれたの?」
「そう。多分」
「でも連れて行かれなかったよ。」
「ははははは。」
「笑うんだ。ルイと同じだ」
「ルイ?っていうの?その人」
「そう。私がつけたの名前」
「へー。あなた、面白い経験をしたのね」
「写真とってくればよかった」
「ありえないでしょ。証拠残すなんて」
「あ、そっか」
「なるほどね。私の子らしい発想と経験ね」
「褒めてるの?怒らないの?」
「なんで怒る必要があるの?」
「だって、学校さぼったんだよ、中学校生が」
「あ、そうね。さぼったわね。でも、いいんじゃなの。1日ぐらい、そういう日が人生の中であっても」
「寛容だね」
「寛容ではなく、それが私の中では普通だから。あたり前とはまた違う意味だけど。他のお母さんの中では普通でなくても、私の中では普通だから。だから、いいんじゃないの。学校をさぼるのって楽しいじゃない?」
「それ、説明になってないし」
「けれど、そのあなたの将来というか、やりたいことがここにないって分かったのはいいんじゃないの?それを実現すべく、前を向けば」
「お母さん、手伝ってくれる?」
「もちろん」
「お父さんは?怒るかな?分かってくれるかな?」
「大丈夫よ、父親だから。きちんとキララが話せば」
「そっか」
「でもいいな。宇宙人」
「カッコよかったよ」
「そうなの?」
母親の目が、きらりと光ったのを私は見逃さなかった。
「でも、私のタイプじゃないから」
「ふーん」
二人はパスタを食べ終わり、母親はハーブティを淹れている。
「でさ、」
こちらに背を向けながら、母親は言う。
「さっきの話の続きだけど、あなたの望む毎日を送るには、多分ここではないと思うのよ」
「ここ、ってこの街?」
「ううん、この国」
「そうなの?ないの?希望」
「そうね、多分」
「どうすればいいの?」
「よその国、かな」
「そっか、外国か・・・・」
「それでも、前に進む気がある?」
ルイボスティーベースのお茶が目の前に置かれた。一般的に中学校生には不向きな飲み物だ。
「ん、ぜんぜんある」
「もしかしたら、一人で生活することになっても?」
「一人でするの?」
「そうなるかもしれない、っていう可能性があるだけ。どこへでもいつでもついて行けるわけはないから」
「そっか。ん、でも、大丈夫な気がする」
「キララ、強いね。でも、かなりハードルは高いわよ」
「ハードル?」
「難問を乗り越えないと」
「難問?」
「最低でも日常会話が理解できないと、その世界に埋もれられない」
「英語の国がいいな、せめて」
「例えば、キララはどういう世界に飛び込みたいの?」
私と母親の会話はしばらく続いた。
こんな日に、ルイに会った日に、こんなことを母親と話をするなんて思ってもいなかった。
母親は「私の子だから、普通に順当に進むとは思っていないし、そんなことはあなたが生まれたときから、覚悟が出来ている」とも言った。
普通ってなんだろう。中学までの義務教育を終わったら、どこかの高校に行って、大学とかにいくか、働くか、の選択をするってこと?
そして、誰かと恋をして別れて、また誰かと恋をして、いつか白いウェディングドレスを着て結婚する。
私にはこれが想像できない。自分が結婚式の主役になっている姿、まだ想像できない。
もしかしたら、いつかは結婚するのかもしれない。誰かと。でも、その前に私は知りたいことがたくさんある。
だから私の中には、いわゆる「普通」がまだない。私は「普通」でない何かを求めている。
もう一度、ルイに会って話をしたい。ルイなら、それが何か答えてくれるかもしれない。
何かを。私が知らないことをたくさん知っていそうなルイ。その答えをいとも簡単に「それはさ」って口にしてくれるかもしれないし、逆に「何それ?」「何で僕が君のために?」ってぜんぜん期待外れに終わるかもしれない。
だけど、私はルイに会ってまた話をしたかった。唯一将来の話を聞いてくれる友達のような気がした。友達・・・・ルイと私は友達になったのだろうか?
友達と知り合いの境界線って何だろう?
小さい頃は一回でも一緒に遊べば友達だと思っていた。もうすぐ十四歳の友達の定義って何だろう?
私は、また一つ余計なニキビができそうな予感と共に、何枚か目のクッキーを口に運んだ。
その後、私の毎日はいつも通り続いた。
母親と話し合ったあの日から、ルイと会ったあの日から、ずいぶんと時間が経っているような気がするけど、二週間が経ちカレンダーが一枚剥がれただけだ。
物事はゆっくり進むのだ。私はまだ、いわゆる大人ではないから。
義務教育を受けに、毎日同じ道を行き来し、最後には「バイバイ」とユリカに手を振る。その繰り返し。
ルイは何をしているのだろう。まだ地球にいるのだろうか。帰ってしまったかもしれない。
でも、帰る時は「またね」ぐらい、言ってほしい。それは私の勝手な願いだろうか?叶わぬ願いではないと思いたい。それは私だけの浅はかな想いだろうか?
部活には所属しているけど、文化系なので毎日行かなくても文句は言われない。それがいいところだ。それよりも、私は毎日NASAのツイッターをチェックことが日課になっている。
今船外で活躍中の宇宙飛行士の動画、数万光年向こうの星の情報、はたまたNASAに見学に来たキッズたち・・・そんな感じで意外と幅広い。
でも、ルイの世界ではそれは既に「知っているよ」なのだ。
私はツイッターを見るたびに、次にルイに会ったら何を聞けばいいのだろう?と考える。
宇宙のこと、この星の未来のこと、私の未来のこと(分かる?)?
何を聞けばいいのだろう?
多分、ルイはあの日と同じように、答えられる範囲で教えてくれる。
でも、それだけじゃ不十分すぎるような気さえする。
ルイと会う時間なのだから、もっと違うことを聞きたい。
それってなんだろう、なんだろう。グルグルと頭の中を回ったままでするりと答えは出てこない。
だから私はルイをまだ呼べずにいた。本当は毎日でも会いたいのに。この部屋に来て欲しいのに。
しかも、もうすぐ中間テスト。当たり前だけど勉強なんてする気なんて起きない。前回よりも順位を少し落としてもかまわない。そんな心とは裏腹のように、変わらず窓の外では夕日が静かに沈んでいく。きれいなオレンジ。
ルイはこれを見ているのだろうか、まだ地球にいるのだろうか。
ルイに会ったら、学校の友達と同じ様にどうでもいい話は出来ないのだ。
彼には余計な時間がないのだ。私と一緒にいるという予定はないのだ。
彼には何かやることがあり(役割?)、それを邪魔してはいけない。
内容は知らないけど、それは理解できる。だから気軽に呼び出せない。
本当に話をしたいことを話さないと、時間の無駄になる。
でも、普通にルイに会って、いろんな話をしたい。ルイにとってはどうでもいい話でも。
「あのさ」
その時、ふいに後ろで声がする。
急いで振り向くと、ルイがいる。
「突然で悪いんだけど」
「ルイ!」
「ちょっと手伝ってほしい事があるんだ」
「え?私に?」
あの日と変わらない感じのルイだけど、ちょっと急いでいるようにも見える。夕日がこの部屋に差し込んでいるせいだろうか?
「ちょっと来て欲しいんだ。一緒に。君の力が必要なんだ」
「私の力って?」
私は自分の両手を見る。
「きっと行ったら、分かる」
少し戸惑うけれど、ちょっと怖い気もするけど、私は目の前の少し困った顔をしているルイをどうにかしてあげたい。
でも、一緒にどこに行くの?私の力ってなんだろう?それさえも意味不明。
「ちょっと待って」
私は急いで玄関までスニーカーを取りに行く。心を決めるしかない。だって今目の前にルイがいるんだから。
「どこに行くの?」
「着いたら分かる」
「地球のどこか、なんだよね?」
ルイは窓の外を見ている。
どこへ行くのか教えてくれない。何をしに行くのかなんて、もっと教えてくれなさそうだ。
「あ、上着を何か羽織るものを持って。それから、日常的に必要なものとか」
「必要なものって?」
「ちょっと時間がかかるかもしれないから、戻って来るのに」
「え?え?何を持っていけばいい?」
「適当に。君が思いつくもの全て」
「何それ、そのざっくり感」
「地球の女の子は難しいから」
ルイが、ふふっと微笑んだような気がした。
頭の端にある誰かを思い出した時にするような、そんな、ふふ、だ。
「ちょっと待ってて」
私はよく分からなかったけど、とりあえず、思いつくものをバックに詰め込んだ。
「女の子っていうのは、どうして荷物が多いんだろうね?」
「多い?」
ルイは私のバックを見てそう言った。確かにそれは二泊三日用の旅行用のバックだ。
「どこに行くのか、何をするのかわからなかったら、これくらいにはなるでしょ?女子としては」
「まぁ、いいや」
私は上着を羽織り、スニーカーにそっと足を入れた。
「じゃあ行くよ」
「遠いところ?」
「そうだね。キララってさ、日本語以外に何かしゃべれる?」
「とりあえず、英語」
「英語か。ま、いいや」
「それじゃぁだめ?」
「いや、君のことだから、他に二つや三つぐらいしゃべれるかなって、思った」
「母親がスペイン語を話せるから、単語は少しだけ分かる」
ルイはゆっくり2,3回頷いた。
「じゃあ、行くよ」ルイはあの日みたいに、私の肩をそっと包んだ。
それは前回よりも少し滞空時間がかかったような、少しその力が強かったような、そんな気がした。でも、ルイが包むその空気はとても心地よかった。
包み込まれる、そういう表現がぴったりだ、と二度目の磁場の動きの中で私は思った。
そして着いたその場所は・・・・
「着いたよ」
ルイの声で目を開ける。
「ここってー」
「地球で言う、クフ王のピラミッド。つまり、エジプトに今君はいる」
「エジプトに来ちゃったんだ、私。一度、来たかったのよ!」
「まずは、喜んでもらえてよかった」
「ほんとにピラミッドなのね。大きいわね、さすがに」
「見覚えない?」
「え?」
「見覚えっていうか、知ってる。有名だし」
「そっか」
何かルイは言いたそうだった。
「で?」
私は上着を脱いだ。まだ日中なので、暑い。思いっきり日焼けしそうだ。さすがに日焼け止めはもってきてない。暑い場所って言ってくれればよかったのに。そして夜は逆に寒くなる。この上着だけで大丈夫なのか心配だ。
ルイは遠くの方を見ている。
確かに一度は来てみたかったエジプトだ。実際来てみると不思議だ。こうして立っている感覚がなじむ。来たかった場所っていうのは、こういうことなのだろうか?
今の私にはまだまだ、解けない謎が多い。多すぎる。
「無理やり答えを出す、のではなく、心に聞けばいいんだよ」
「また伝わった?」
「うん」
「心で聞くって、難しいね」私は深く息をしながら答えた。
「そうだね。ある意味。でもさ、それが一番なんだよ。みんな気が付いてないけど」
「ふーん」
見上げるそれは、とても大きくて、圧倒的だった。そして、どう見ても、遺跡だ。
観光客がうろつき、デジカメやスマホを手に何かを話している。
形成されている大きな石は、ところどころ欠けている。崩れかけそうだ。
でも、決して崩れない。
ここには地震もない。日本のように地震大国ではない。だから、これが作ることができたのかもしれないし、違う何かの方法があるのかも・・・・しれない。ん、そう、思う。
適切な場所に適切なものや人はそこに存在するのよ、と前に母親が言っていたことを思い出した。あの人は、時々いいことを言う。
「必然だから、ここにあるんだよ」
ルイは言う。
「必然」
「そう」
「ここにあることが大事なんだ。君たちの時間でいう、かなり昔にここに作られたけどね」
「ルイは何か知っているの?ピラミッドの謎」
「僕たちはみんな知っているよ」
「ルイたち、って宇宙人?」
「君たちが言う宇宙人は、つまりいろんな星の住民だけど、それぞれだよ。僕の星の住民は知っいてる。それが普通なんだ」
「へー。そうなんだ。ってもう、何を言われても驚かなくなっちゃった。そっか、って受け止めるっていうか、そういう感じになった」
「ん。それがいい。それがキララには出来るからね」
「私のこと、過大評価してるよね?かなり」
「そうかな?」
「多分。数少ないボキャブラリーで言うと、過大評価」
「ま、いいんじゃない。褒めているんだし」
「まあね」
「秘密、ミステリーとか言っているけど、それは地球の人たちの多くが、深く見すぎというか、何かに囚われているからなんだろうね」
「囚われてるか、難しいね。なんとなーく、分かるようなー」
「ま、そのうち、分かるよ」
「そうだと、嬉しい」
「でも、分からない人には、分からない」
「そうなの?」
「ん、そういうものなんだよ。聞いたことあるかな、この話」
ルイは砂の上に座った。
「熱くない?」
「あ、僕たちは平気なんだ。キララには熱いと思う」
私は持ってきた荷物から、大きなストールを出した。ほら、荷物が役に立つ時が来た。
「大きな大陸が沈んだ話、って知ってる?」
「もちろん。ムー大陸とか、アトランティスとか」
「そう。それらは事実なんだ」
「やっぱり、そうなんだ」
「うん、今のこの時代には信じている人の方が少ないけどね。どうしてそうなのか、僕たちには、全く不思議だよ。そのことの方が」
ルイは再び巨大なピラミッドを見上げた。相変わらず太陽も真上にいる。
「沈んだ大陸はね、今の地球に住む君たちと姿かたちは変わらないけど、もっとすごくピュアで、自分たちを取り巻く全てのものをとても大事にしていたんだ」
ルイは靴で砂に何かの形を描いているような動きをした。
「ほんとは僕からこんな話をしていいのか分からないけど、最初に会った時から君は僕にとって特別な気がした。だからあの日僕は君に会いに行った。通常僕たちは地球人とあまりコンタクトを取らないんだ」
「ん、わかる」
「キララが僕とこうして会っているということは、キララの魂が沈んだ大陸にいた、ということも意味する。つまり、あの時代に僕たちとも会っていたし、何かしらの役割をしていた、ということになる」
「そうなの?もしもそうだったら、とても嬉しい」
ルイは、微笑んだ。あの日と同じほほえみだ。
「きっとそう、というか、そうなんだ。まだ自分で百%気が付いてないだけで、その記憶は君の中でまだ眠っている」
「つまり、前世の私?」
「そうだね。そして、その力を他の前世の時も活かし、今世も多分持っている」
「ワオ!ステキ」私は自分の掌を見た。
「そして、多くの人がそうであるように、導かれる」
「?」
「僕は感じ取ったから、君をここに連れてきた」
「エジプトへ」
「でもまだ、君はそれを感じきれていない。まだ、時は早かったのかもしれない。でも、時は迫っているんだ」
「私、今のままじゃ、だめなのね?ルイの意思に沿えないのね?」
目の前に佇む大きな遺跡を見上げた。
私は、今の私は役に立たない。何もできない。こうして見上げて、他の観光客と同じように、ポーズを決め写真を取るぐらいしかできない。
でも、変われるのなら変わりたい。ルイのために役立つ私に。それがどんなことであっても。
ルイが私の手を取り、自分の両手でそれを包んだ。
私の左の胸の鼓動が速くなる。見透かされているのは分かっているのでやっぱり少し恥ずかしい。
ルイのその手は、人間の手と同じ感触の男の人の手だ。温かいふんわりとした何かに包まれたと思ったら、次の瞬間、私は今までに見たことのない風景がまるでプロジェクションマッピングでも見ているかのように、空中に映し出された。
それは、遠い時間の向こう側で、私は今よりももっと背が高く長い黒髪の女性だった。
私の役目はある場所で仲間と一緒に祈りを毎日捧げている。ある日空から大きな宇宙船が到着する。そこ降りてくる人たちと何かを話し、時々笑ったりしている。宇宙船の中から降りてきた人が、国王にエメラルドに似た石のようなものを渡している。とても美しく輝き、その石のようなものを手渡した宇宙船から降りた人と同じ色の光を放っていた。国王は、その石のようなものを守るようにと私たちに言う。そして、私たちはその石のようなものをある場所に封印した。
もしも彼らがこれを必要になった時だけ、私達のだれかがここに来て封印を解き助けられるようにと。そして逆に他の誰にも開けられないようにと。
私の心臓は早く脈を打っていた。
そうだった。思い出した。全部思い出した。私、そうだったんだ。
「キララ」
ルイが呼ぶ。私の目から涙が流れた。
「移動するよ」
ルイは立ちあがった。周りの観光客はもちろん気にしていない。私はまだ少し震えている手でストールをたたみ、大きめの荷物を抱えた。
ルイはさっきと同じように私の肩を包んだ。
「行くよ」
私は一瞬目を閉じた。
そして、すぐに到着した。
私の目の前には、一人の綺麗な女の人が現れた。
いや、正しくはその人の前に私とルイが現れたという方が正しい。
「あら」
その人はそう言った。日本語?
「あ、私日本にいたことがあるから、少し日本語を話せるの。」
「宇宙人?」
「いいえ、地球人よ」
その人はニコッと微笑んだ。
「あなたね、彼に“ルイ”って名前をつけたのは」
「なんで知っているんですか?」
「彼は時々ここに来るから」
ルイは女性に向かい「やっぱり来たよ」と言って一歩前へ出た。
「キララ、彼女はアキーラ。そしてここは彼女の家だ。国で言うとー」
「ここはセドナよ。知っているかしら?」
「セドナ!アメリカのセドナ?」
アキーラという女性は、長い髪が窓から入って来る風に揺らせられながら、お茶の用意をしている。
「どうぞ。ハーブティーは好き?」
「あ、はい。好きです。家でルイボスティーベースを飲んでます」
「まぁ、そうなの?」
アキーラという女性は優しそうな微笑みを浮かべている。しかも近くで見るともっと美人だ。
「多分、私のような人も彼のような人も初めてよね?名前は?」
「私、キララです。はい、初めてです」
「私は小さいころから、彼に会っていたの」
「え?」
いい香りのハーブティをこぼしそうになる。
「ルイはずっとここにいるんですか?」
「いいえ、時々会いに来るの。私が九歳ぐらいの時から」
「九歳!?」
「他の人に言っても誰も信じてくれなかったけど。外見は普通の人だから最初から何も不思議に思わなかったの。」
「あ、分かります」
「いろいろな話をしたわ」
アキーラさんは自分のハーブティを少し飲んだ。
「私は小さいころから、他の人となんだか自分は違うな、って気が付いていたの。他の人が聞こえないものや見えないものが見えたり。それは少し特別なことで、日常的に口にしてはいけないことだって、ある日気が付いた。だから、私は少しものわかりのいい子になった。だから、学校の成績もほとんどAで友達もたくさんいたの。でも本当の自分をちゃんと話せるのは、彼だけだった。そして話をしたい時にだけ彼を自分のところへ呼んだの」
私はハーブティを少し飲んだ。
「今回は私からではなく、彼から連絡があったのよ」
気が付くとルイはいなくなっていた。
「さっき、呼び出されて戻っていったわ」
何か一言でも言ってくれればいいのに、ルイは無言で消えたていた。
「キララ」
アキーラさんのキレイな瞳が私を見ている。
「彼、もうすぐ帰るの。帰る時期なの。そして帰ったら、暫くここには地球には来られないの。でも、帰りようにも帰れないトラブルに見舞われた」
「え?どういうことですか?」
予想もしていなかった内容だ。暫く来られないってどういう意味?そしてトラブル?
「実は、少し前に彼らのスターシップが故障してしまったの。原因は地球上から発するエネルギーの変化にあるのだけど。でも、修復する物質がこの地球上には昔から隠されていたから、それを使えばいいのだけれど」
「あ、さっきエジプトで・・・」
「見えたのね」
「はい。ルイが見せてくれた、というか思い出させてくれたって言う方が正しいかも」
「あぁ、なるほど。それが果たして正しかったのかは分からないけど、でも彼があなたを必要としているのは確かよ。あなたが彼と出会ったのは、偶然ではなかったのよ」
「なぜ“私”って分かったんだろう?」
「彼らには分かるらしいの。私たちが知らない文明にはたくさんの知識があるから」
「そうなんですね。その辺もよくまだわかんないけど」
「まだまだたくさんある。彼と話をしていても、抱えくれないくらい、毎回楽しい話をしてくれるの。それが楽しくて、昔はどうでもいい話をずっとしてたわ」
「でも、暫くここには来ないんですよね?」
「そうね、彼偉くなるから」
「え?」
「分かりやすく言うと、昇進。みんなをまとめる立場の人になるの。偉くなるのよ。だから今までみたいに会いに来られなくなるって言うの。寂しいんだけどね。ホントは」
「私もイヤです、会えなくなるの。やっとちゃんと話せる人が出来たのに」
「そうよね。あなたはまだ間もないものね。その気持ちわかるわ」
「どうしたらいいんだろう。この先。・・・・ルイのために私が力を発揮すれば、ルイは帰っちゃうんですね。会えなくなるんですね。でもルイはそれを求めてる」
「乙女心としては複雑ね」
「アキーラさんはいいんですか?会えなくなっても」
「仕方がないというよりは、彼にとっては喜ばしいことだから、笑って送りだしてあげないと、友人としてはね」
「友人――」
「次に会えるのは、もしかしたら私がおばあちゃんになっているかもしれない。でも、私たちの友情は変わらない。友達ってそういうものでしょ?時がどんなに流れてもそれは変わらない。」
「私はルイの友達かな?」
「もちろん。彼はあなたを必要としているのよ。彼からあなたに会ったんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、友達よ。そんなこと気にしていたの?」
「少し」
「そうなのね」
アキーラさんは私の両手を自分の両手で包んだ。
アキーラさんの温かさが伝わってきた。暖かなふんわりとした中に芯のあるような、そんな感じのエネルギー。やがてそれは私の中をめぐる。今まで経験したことのない暖かさが私の中を駆ける。
アキーラの手が離れても余韻が残っている。私の掌がキラキラしている。
「自分を信じなさい。これからいろいろなことが起るだろうけど、大丈夫だから。キララはキララのままでいいから」
私の目から二つ涙がこぼれた。
最近の私は、これから何をして、どうやって進めばいいのか相変わらず分からなかった。
やりたいことをネットの中で探しても具体的には見つからなかった。
誰もそれはこういうことよ、って答えをくれなかった。
でも、それは自分で見つけるしかないのだ。
そして、それを見つける前に私は一つやりたいことがある。
ルイの役に立つ。
ピラミッドの頂上からあのエメラルド色した石のようなものを出す。
「手伝うわ。あなたの力を増幅することは出来ると思う」
「ありがとう。アキーラさんと一緒なら、ルイのためならがんばる!」
「想う気持ちには勝てないわね」
「え?」
「ううん、なんでもない」
それから、彼女は少しだけ教えてくれた。
アキーラさんの小さい頃、ルイとどんな話をしたのか、どんな風に一緒に時を過ごしてきたのか。私には少し羨ましかったけど、アキーラさんはカフェ(ルノアール)でのデート(?!)の方が羨ましいと言った。二人一緒に外出して時間を過ごしたことはないという。
そんな思い出も欲しかったな、とキレイな微笑みでアキーラは空を見上げた。
この人も、本当はルイと離れたくないんだ、と確信した。
「着いたよ」
その夜、再び戻って来たルイは私とアキーラさんをクフ王のピラミッドの前に連れ出した。
既にルイの仲間だと思われる、外見はヨーロッパ系の男性が二人そこにいた。
「はじめまして」アキーラさんが先に挨拶した。
「明日がタイムリミットなんだ。本当にありがとう」
二人の男性は嬉しそうだった。もしかしたら、かなり長い間ここにいたのだろうか?
「僕たちもエネルギーを貸すよ」
「大丈夫なの?」
アキーラさんが心配そうにルイを見る。
「大丈夫だ。僕らはすぐに回復できるから」
なんだか、恋人同士みたいだ。
ルイが笑顔で私の方を見た。あ、そっか。聞こえたんだ。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
「ん」
私は頷いた。
私たち五人は目を閉じ、手を繋いで輪になった。
空にはたくさんの星が見える。
目を閉じていても、さっき輝いていた名前も知らない星たちがそこにまだいるのが分かる。
だんだんと、私の身体が暖かくなってくる。
あ、みんなのエネルギーが私に集まっているんだ。
私は目を開き、目の前のピラミッドにそのエネルギーを集中した。
そう、頂上。一番上。
風の音しかしなかった空気の中で、何かの音が聞こえ始めた。低く、少し遠くで。でも、感じる。もう少し。更にエネルギーが集中しているのが分かる。みんなのエネルギーが最大限に集まっている。少し暑い。
その時、聞こえている音が大きくなった。もう少し。動け!全身の力を込めた。
古の力よ、ここに集いたまえ、もう一度その扉を開き、力を貸したまえ。その力が再び蘇る時が来た。アムシャラ・インディマ・ムラートン。
思った。そう念じた。心の中で言ったような気がした。
そして、一瞬、目の前が明るくなった。
シューン!という音と共に、五人の目の前にドーン!と衝撃が走った。
エメラルド色の塊がある。あの、石だ。
キラキラと輝き、この世にある宝石とは違う光を放ち、熱も、星が瞬くような音さえも発している。
五人は手を繋いだまま、その塊を見た。
そして私はピラミッドをもう一度見た。
その姿は何も変わってない。
さっきここに辿り着いた時と、何も変わってない。積み上げられた石が落ちた様子もない。
しかし、目の前には、積み上げられた石とは違う光り輝く物体がそこにはある。
「あぁ、これだ!」
「助かった、帰れる!」
昼間に映像で見た石そのもの、それ以上の心奪われるもの、これでルイたちにスペースシップが直るのだ。
ルイの仲間の一人は上着を脱ぎ、その塊を包み大事そうに抱えている。
「ありがとう」
当たり前だけど嬉しそうだ。
「いいえ」
少し疲れたけど、あっけない感じさえもする。
塊を持っている人が言う。
「これだよ。この星にはない物質だから見たことないだろうけど、僕たちの世界では大切な物だ。以前、ある人から昔ここに隠したって聞いていたんだ。でも、それを取り出せるのは託された者にしかできない、という条件付き。かなり難問だったよ、君を見つけるのは」
「見つける?見つけた?」
「そうだよ。かなり時間が経っているからね」
もしかしたらルイは私を、私のような人を探してた?出会いは偶然じゃないのね?
ルイは他の二人に先に行くように促した。
「キララ、ありがとう」
「終わったね」
「感謝している。君がいなければ、これが手に入らなかったんだ。これで僕たちは僕たちの星に帰れる」
「そうだね。よかったね」
アキーラさんは少し離れた所で夜のピラミッドと静かに対話している。
「キララ」
「ん?」
「僕はこの先、いつまた地球に来られるか分からないんだ」
「うん、聞いた」
「だから、もしかしたら、これで最後かもしれない」
「・・・・」
「明日の朝、ちゃんと家に送るけど」
「・・・・」
「ごめん」
「何が?」
「いや・・・」
「だって、これが私の役目なんでしょ?ずっと前から決まっていたんでしょ?」
「そうだよ」
「だから、私の前に現れたんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「会って、確かめたんでしょ?その能力があるかどうか」
「うん、そう・・・だね」
「・・・・役に、立てたから・・・・良かった」
「うん・・・・ありがとう」
「人生で初めて誰かの役に立った。しかも、宇宙人に」
私は少し笑った。
宇宙人の、彼らの役に立つことは嬉しい。
でも、このことは誰にも言えない。言ったところで、信じてくれない。
だって、エジプトのピラミッドと宇宙人という組み合わせは怪しすぎる。
作り話としては、安すぎる。
「しかし、あっけなさすぎて、なんだろう――ちょっと力が抜ける。もっとこう、ドラマチックな感動とか、現実ってこんなもの?」
「いや、キララの力が本物だったから、何事もなく無事に終わったんだよ。僕の目に狂いはなかった」
「でも、アキーラさんやみんながいなかったら、出来てなかったかもしれない」
「大丈夫、アキーラは分かっているから」
「ん?そうなの?」
「うん、そうだよ」
「そうなんだ」
「アキーラは・・・」
ルイは何かを言いかけて止めた。
「送るよ。今日はアキーラの家に泊まるといい。明日、迎えに行く」
ルイはアキーラさんのところへ行き、何かを話している。
アキーラさんは数回頷いた。
そしてルイはアキーラさんをそっと抱きしめた。
その姿は地球で言うところの、やっぱり恋人同士に見えた。
もうすぐ十四歳の私にも、この二人はお互いに必要としているのに、その気持ちを隠しているように思えた。
「さぁ、戻ろうか」
そういうと、ルイは何もなかったようにピラミッドに背を向けた。
「キララはまたここに来るんだろうね」
「観光でまた来るわよ、絶対に。もしくは新婚旅行で」
「そうだね」
ルイは未来が見えているという真実なのか、いい加減なテキトウな返事なのか、判別のつかない声で言った。
ルイは来た時と同じように、私とアキーラさんをセドナに届け、いつもと同じように、あっと言う間に消えた。
そして、あっと言う間に、セドナに朝が来た。
お別れの時間だ。
東京には漂っていない空気の中で、小鳥が鳴き、風が吹き、数メートル離れた場所でアキーラさんが朝食を作っている。
多分、これを食べ終えたらルイが迎えに来る。
みんなとさよならだ。
私はまたアキーラさんと会うことが出来るのだろうか?
「キララ、おまたせ。出来たわよ」アキーラが英語で私を呼ぶ。
「はーい」日本語で答える。
「いただきます」
アキーラさんの作った朝食を食べる。
「アキーラさんは一人で住んでいるの?ずっと?」
「今はね。将来は分からない。誰かと住んでいるかも」
「私、またアキーラさんに会いたい」
「会いましょう。私も、大人になったキララに会いたい」
「私、もう少し勉強したい。いろんなこと。知りたいことたくさんある。今回そう思った」
「好きなこと、自分の信じる方向へ歩きなさい。彼ならきっとそう言うわよ」
「ルイ・・・ルイってほんとの名前はなんて言うんですか?」
「さぁ?」
「え?アキーラさんも知らないの?」
「私もキララと同じように、名前を自分でつけた。おかしいでしょ?」
「ん、おかしい!面白い」
「でも、その方が良かったんじゃないのかな、思い出って感じで」
「思い出にしていいんですか?」
「え?」
「アキーラさん、ルイのこと好きでしょ?」
「好きよ。キララも好きでしょ?」
「私のとはレベルが違うと思う」
「ははは」
「ルイは違う星の人なのよ」
「そんなの、アキーラさんらしくない答え」
「そう?」
「関係ないじゃない、って言ってほしい」
「私たち人間は他の星では暮らせないのよ。そのくらいわかるでしょ?」
「分かりたくない」
「意外と・・・まだ子供ね」
「はい、もうすぐ十四歳ですから」
「そうね、まだまだね」
窓辺に停まっている鳥を見ている。
「翼があってもムリね」
ポツリとアキーラさんが言った。
お皿に残っているスクランブルエッグをフォークでつつき、口に運ぶ。
お皿がキレイになっていくほど、さよならの時間が近づいていく。
「キララ、大丈夫よ」
アキーラさんが私をまっすぐ見て言う。
何が、なんだろう。
宇宙人の役に立ったとはいえ、私の心は百パーセント晴れやかではなかった。
「キララ、あなたの人生はこれからもいろんなことがあると思う。そして、自分の持っているギフトをオープンに出来ない日々が続くと思う」
「はい」
「でもね、大丈夫。きっとあなたは、あなたが誇れる人生を送れるから」
「そうかな?」
「あなたなら、きっと出来る。今は目の前に霧がうっすらとかかっていたとしても、いつかその霧がウソのように消えてなくなるから」
「来るのかな、そんな日」
「来るわ」
「・・・・アキーラさんがそう言うのなら、信じる」
私は最後の一口を口に運んだ。
窓辺の鳥がどこかへ飛んで行った。
「もう少ししたら、彼が迎えに来るわ。準備は済んでいる?」
「はい」
「私はもう少し、セドナに住んでいると思う」
「私もまだ東京にいる。やりたいことがはっきりしたら、霧が晴れたらもしかしたら何処かに行くかもしれない」
「そうね」
「またこうやってアキーラさんと話がしたい」
「私も」
「その時はもっと大人になっていたいと思う。もっといろんなこと分かっていると思うし」
ふふふ、とアキーラさんは少し笑った。
私は歯を磨き、顔を洗い、ルイの到着を待った。
リビングのソファーに座りここに流れる空気に浸った。
それはこの土地から得られるものと、アキーラさんが作り出すもの。心地よかった。
ルイは今の私と同じようにここに座り、ニコニコしながらアキーラさんと話をし続けたに違いない。
それは私との時間と違うものだったに、違いない。そのくらいわかる。
「キララ、迎えが来たわよ」
キッチンの方からアキーラさんとルイが一緒に歩いて来た。
あ、来ていたんだ。先にアキーラさんに会ったんだ。
「キララ、おはよう。そしてお待たせ。行こうか」
「おはよう」
私はソファーから立ちあがった。
「忘れ物はない?」
「大丈夫」
私は家を出た時と同じ格好だ。何も減ってないし、何も増えてない。
「キララ、またね」
荷物を抱えている私をアキーラさんはそっとハグした。
とてもやさしく、そっと包み込む。大人の女性の持つ空気だ。
ルイはこれに何度も包まれたのだ。
「アキーラさん、ありがとう。また、会いにきます。いつかどこかで」
ありふれた、さよならの挨拶。
それ以上、今は浮かばない。
「じゃあ、行こうか」
ルイはいつもと同じように私の肩に手をかける。
あ、これで終わっちゃうんだ。
何度目かのテレポーテーション。既に私の身体も慣れてきている。
かなりの距離があるはずなのに、あっと言う間に到着。
考えてみれば、凄い技術だ。
「キララ」
ルイの声がする。
目を開けると、自分の部屋にいる。何も変わってない、気がする。
「大丈夫だよ。ただ、君は一晩ここにいなかっただけだから。ここで寝なかっただけだから。」
「朝?」
「そう、七時半。充分、学校には間に合うよ。もうさぼったりしちゃダメだよ」
「学校か」
「そうだよ、君は今日学校へ行く」
「行く気なんてしない」
「ダメ、行ってください。いつも通り。それがいい」
私は軽く溜息をついた。
「ルイは今日、帰っちゃうんでしょ?」
「うん、帰るよ。僕たちはキララに感謝してる。君のおかげだ。何もかも。僕らの星では記録されるね、きっと」
「それって、どうなんだろう?私の知らないところで、自分の名前が残るって」
「いいんじゃないの」
「そうかな?」
「キララ、ほんとにありがとう」
ルイが私をハグする。
「ルイ、また会える?」
「会える、かもしれない」
「会いたい、いつか」
「うん、いつか」
「その時、私のこと分かるかな?」
「もちろん」
「よかった」
「さぁ、いつもの朝のように、笑って」
ルイは私から一歩下がった。
階下から母親の声がする。
「じゃあ、行くね、キララ」
「うん、わかった」
「さよなら、若いキララ」
「え?」
「いや・・・・かわいいキララ」
「さよなら、ルイ・・・」
朝だと言うのに、お別れだ。
ルイは手を振るといつもと同じように、すーっと消えて行った。
あ、本当に行ってしまった。
私、ルイが好き。
そんなことは言えなかったけど、きっと心を読まれていたので、ルイは分かっていたはずだ。
一瞬の恋が終わってしまった。恋、そう、恋だ。
私は宇宙人に恋をした。
そしてそれは、まだ夏が来る前だというのに、終わってしまった。
私は急いで制服へと着替える。
古いデザインの方の制服へ。
この夏、新しい恋が出来るかな?
地球に住んでいて、会いたい時に会う事が出来て、心を読まれない人がいいな。
一緒に映画を見に行ったり、図書館で宿題をしたり、どうでもいい話をしたり。
ん、そういう人がいいな。
恋をしよう。
鏡で自分の姿を確認する。
昨日と何も変わらない。
でも、ほんとは少し違う。
だって、私、宇宙人の危機を救ったのよ。それって、誰もが出来ることじゃないじゃない?
外は今日も晴れている。
でも、もしかしたら急に雨が降るかもしれない。折りたたみ傘を持とう。
だって、ルイがふいに現れて、玄関まで送ってくれるってことはないから。
青い空に、白い光がスーっと横切った。
あ、帰ったんだ。スペースシップ、直ったんだ。よかった。
さぁ、私は学校に行こう。
いつも通り朝食を済ませ、カバンを抱えながら、玄関に急ぐ。
「行ってきます!」
私はドアを開けた。そろそろ日差しが眩しい季節だ。エジプトは今日も暑いんだろうな。
「いってらっしゃい」
母親の声がする。
いつもと変わらない同じ朝だ。
私は一歩を踏み出した。
(了)