五話 炬燵で寝てはいけません
「亜鶴、仕事一段落したぞ……」
悪戯を受けてから一時間も経たないうちに、恋は仕事部屋からリビングへと向かった。
声を掛けながらのつもりだったが、相手からの返答はない。
代わりに、TVの音声が微かに響いてくる。
……何やってんだ?
またAVでも観てるのかと思いながらリビングを覗けば、案の定。
三十五インチの液晶画面に写し出される、男女の濃厚な絡みが目に入った。かなりしっとりとしたシーンが延々と流れているのだが。
当の観賞者へと視線を向け、恋は苦笑いを浮かべた。
……こんなもん流しながらよく寝られるなコイツは。
炬燵に腰から下を潜り込ませ、座布団を枕代わりに身体を横たえて爆睡を決め込んでいる亜鶴の姿に、呆れを通り越して感心してしまう。
炬燵テーブルへと無造作に置かれたリモコンを手にし、躊躇うことなくTVごと電源をオフにした。
途端、それまで夢の底へと落ちていた相手の意識が浮上して、もぞもぞと肩まで炬燵に潜り込んでいく。
「ん……ばか、観てたのに……」
瞼を閉じたまま、寝惚けた言葉を洩らした。
「観てないだろ。つーか、炬燵で寝るな。風邪引くぞ」
「うるさい……ばか……」
反論もままならず、亜鶴は再度、意識を手放した。
「……おい。……全く……」
起こすつもりはない。
しかし、ここで寝て風邪を引かれても困る。そう思った恋は、亜鶴の傍に膝をついて肩を叩いてみる。
「取り敢えず、眠いなら寝室行くぞ」
「……んー……」
声掛けに寝惚けたままの返事をしては、寝返りを打ってからカーペットに両手をつき、ゆっくりと上体を起こす。
そんな亜鶴の顔を覗き込んだ時だ。
…………!!
恋の身体が微かに仰け反った。
そして、眉を寄せる。
「……お前……」
もう一度顔を覗き込んでは直ぐに離し、確信を持って溜め息を吐いた。
「……酒臭いぞ」
言いながらテーブルに視線を向ければ空のグラスが。
まさか相手が酒を飲むとは思っていなかったため、気にも止めなかった。
恋の言葉に、亜鶴が少々熱の籠った視線を向ける。
「あー、バレたー? あははは」
酔いが回っているのか、楽しそうな笑いを洩らした相手。その様子に再度溜め息を吐いては、炬燵の電源を切りながら詳細を問い掛ける。
「あはははじゃないだろ。昼間っから何飲んだんだ?」
「あー……えっとねー……イチゴのシロップみたいなやつ」
呂律の危うい回答に、恋は心当たりがある。シロップなどではない。
「……あれはブランデーだ。結構度数高いんだぞ。普段酒飲まないクセに……わかってんのか? ラベル見てないだろ?」
思わず説教してしまいそうになるも、相手の表情は緩んだまま、へらへらと笑っている。
「えー、マジかー……そのまま飲んだったー」
「お前な……あれは牛乳で割るんだよ。ったく……」
立ち上がれない程に酔いの回った身体を抱き抱えるようにして立ち上がらせては、足元の覚束ない相手に肩を貸し、寝室へと連れていく。
そんな折、亜鶴がポツリと問い掛けた。
「恋ってさ……甘いの好き?」
先程の笑いはなく、静かな声色。
思わず酔いが冷めたのかと、恋は相手に視線を向ける。
「ああ。それがどうした?」
「じゃあさ、俺は甘い?」
「……」
思考がフリーズした。
彼の言う『甘い』とは、味のことを言っているのか、性格のことを言っているのかどうなのか。前者なら羞恥に見舞われる。
黙ったままの恋を、酔って潤んだ瞳が眼力弱く睨み付ける。
「聞けよばか……俺って、甘い?」
「……聞いてる。けど、意味がよくわからん」
答えにならないながらも、今度は反応して見せた。
だが、それで納得する亜鶴ではない。
「ばーか……恋ってばかだね……」
明らかな悪態ではありながら、舌っ足らずな甘い声色のせいか、嫌な気は全くしない。
ふっと、恋の口角が穏やかに上がった。
「はいはい。馬鹿だよ俺は」
寝室へと入り、亜鶴をベッドへと横たえらせ、その傍らに腰を下ろす。
暫く見つめていると、酔った相手の唇が尖っていくのがわかった。何か納得出来ていない証拠だ。
「ん? どうした?」
問い掛けてみれば、一度睨みを効かせてからそっぽを向いてしまった。
「……甘いのが好きなら……俺が甘ければ、俺のことも好きじゃんか……」
顔を背けたまま不貞腐れたような言葉が紡がれるも、彼らしい言い分だと思いながら頷いた。
「……まぁ、そういうことにしておいてやる。……だけど俺は、亜鶴が甘くても、辛くても、苦くても……」
相手か酔っているせいなのか、顔が背けられ表情が見えないせいなのか、珍しく本音を紡ぎ出す恋。
しかし、ふと途中で切ってしまった。
そうして、自分とは反対側を向いている顔を、そっと盗み見る。
「…………」
瞼を伏せた相手。規則正しい寝息。
とても気持ち良さそうに眠っている。
……参ったな。ここで寝られるとは。
元々、寝かせるために連れてきた寝室。
眠ったのなら本望ではあるものの、折角の告白は聞いて貰えなかった。
お預けになって残念な気持ちを抱えることになるのは、恋の方かも知れない。
……起きたら、さっきのは忘れていろ。
そんな願いを掛けながら、残る仕事を片付けに、恋は寝室を後にした。




