三話 ミカンの精がやって来た
ミカン砲が炸裂したその日の晩。
既に就寝している亜鶴と、その隣に布団を並べて寝る体勢をとっている恋。
爆睡に至っている彼氏に視線を向けた恋も、今し方まで眠っていた。
しかし、誰かに起こされたのだ。
確か、『おいッ!』と声を掛けられ、更に何度か肩を叩かれて、意識が浮上した。
隣の男だろうかと思い向けた視線だったのだが、その瞳に捉えたものは予想に反していた。
……確かに起こされたんだが。
視線が訝しいものに変わるものの、相手の爆睡様はとても狸寝入りとは思えない。
一体どういう事なのか。夢でも見ていたのかと考えながら、ふと視線を亜鶴とは反対側へ向けてみる。
「…………」
そうして、黙ったまま、ゆっくりと亜鶴の方へ視線を戻した。
……何か居る!!
見覚えのある何か。
それは、紛れもないミカンだった。
日中、これでもかと目にしては触れ、食したミカンが隣にある。……いや、居る。
しかもデカイ。
恋は、恐る恐るそちらへと視線を向けてみた。
「…………」
三十センチはあろうかというミカンが、黙ってこちらを見つめている。
実際は顔などなく、どこを見ているのか定かではないが……というかどこかを見ているのかさえ謎だが、恋にはそう感じられて仕方ない。
「……こ、こんばんは……」
取り敢えず、挨拶をしてみた。
恋は、幽霊などの類いに動じない。
だから恐怖を感じはしなかった。
ただ、この奇妙な状況が理解し難いのだ。
「……」
「……えっと……」
黙ったままのミカン。
何か話題があるわけでもなく、しかしこの不可思議な状況で寝付けもせず、暫く無言が続いた。
すると、突然。
「お前はミカンの怒りに触れた」
「!」
……ミカンがしゃべった。
更なる不可思議な現象に、目を丸くした。
しかも、甲高い声色。
声の主は女だろう。
ミカンが話したことに驚き、内容を聞き逃してしまった。
「……はい?」
「だーかーらー! お前はミカンを怒らせた! 投げただろ! 何度も! 痛いんだぞ!」
ミカンが怒っている。
かなりご立腹の様子だが、恋の意識はそこからズレたところへ向けられた。
……どこから声出てんだ?
憤慨しているミカン。
しかし、依然として怖くない。
暫く眺めていると、疲れたのか、はたまた気が済んだのか、ミカンの声量が落ち着いてきた。
「……ミカンを投げたら、毎晩出てきてやる。食べ物を粗末にするな」
「出てきて貰っても良いが……それはそうだな。投げないよう善処する。しかし、食べ物代表みたいな言い方をするな」
「…………」
反論も返答もないミカン。
訝しむように、恋の眉が寄せられる。
「おい、聞いてるのか?」
「…………」
「おい! このミカン!!」
「……恋、うるさい」
「!!」
急に言葉を発さなくなったミカンに、つい声を上げてしまった。
その声に、亜鶴が目を覚ましてしまったらしい。思わぬ方向からの声に、恋は肩を跳ねさせて振り返る。
「……つーかさ、恋、さっきから何ミカンに話し掛けてんの?」
「え……」
先程まで、自称ミカンの精霊が居たところへ視線を向けると、そこには一つのミカン。それも、普通サイズのミカンが置いてあるだけだった。
チクチクと冷ややかな視線が突き刺さる。と同時に、冷ややかな笑いが耳に届いた。
恋は、ゆっくりと立ち上がる
「あー、反論しないんだー? ……つーか、ミカンに話し掛けるってさ、寂しい奴にも程があるよね? ……つーか、むしろ、恋がミカンに話し掛けるとか意外性しかなくて、マジウケる……いだっ!」
笑いを含んで肩を震わせながらの言葉に、恋のミカン砲が放たれた。
ミカンの精霊が居たところにあったミカンを投げたのだ。
顔面を両手で押さえて唸る亜鶴を横目に、恋は布団へと潜り込み、相手に背を向ける。
「うるさい。黙れ」
「かーわいー。またやってね」
威厳のない恋の言葉に、亜鶴のからかいは続いた。
「二度とやるかッ!!」
「恋、うるさい。おやすみ」
「…………おやすみ」
声を荒げて言い返すもののバッサリと切られ、渋々と黙ることに。
しかし、恋の頭の中は疑問だらけだ。
……さっきのは何だったんだ? ミカンの精霊は俺にだけ見えるのか? 仮に夢だったとして、俺はいつ目を覚ました? つーか、肩叩かれたんだけど?
そんないくつもの疑問を抱いたまま、恋は朝まで寝付けずにいるのだった。