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ニートな彼氏  作者: typeX
3/6

三話 ミカンの精がやって来た

 ミカン砲が炸裂したその日の晩。

 既に就寝している亜鶴と、その隣に布団を並べて寝る体勢をとっている恋。

 爆睡に至っている彼氏に視線を向けた恋も、今し方まで眠っていた。

 しかし、誰かに起こされたのだ。

 確か、『おいッ!』と声を掛けられ、更に何度か肩を叩かれて、意識が浮上した。

 隣の男だろうかと思い向けた視線だったのだが、その瞳に捉えたものは予想に反していた。


 ……確かに起こされたんだが。


 視線が訝しいものに変わるものの、相手の爆睡様はとても狸寝入りとは思えない。

 一体どういう事なのか。夢でも見ていたのかと考えながら、ふと視線を亜鶴とは反対側へ向けてみる。

「…………」

 そうして、黙ったまま、ゆっくりと亜鶴の方へ視線を戻した。


 ……何か居る!!


 見覚えのある何か。

 それは、紛れもないミカンだった。

 日中、これでもかと目にしては触れ、食したミカンが隣にある。……いや、居る。

 しかもデカイ。

 恋は、恐る恐るそちらへと視線を向けてみた。

「…………」

 三十センチはあろうかというミカンが、黙ってこちらを見つめている。

 実際は顔などなく、どこを見ているのか定かではないが……というかどこかを見ているのかさえ謎だが、恋にはそう感じられて仕方ない。

「……こ、こんばんは……」

 取り敢えず、挨拶をしてみた。

 恋は、幽霊などの類いに動じない。

 だから恐怖を感じはしなかった。

 ただ、この奇妙な状況が理解し難いのだ。

「……」

「……えっと……」

 黙ったままのミカン。

 何か話題があるわけでもなく、しかしこの不可思議な状況で寝付けもせず、暫く無言が続いた。

 すると、突然。

「お前はミカンの怒りに触れた」

「!」

 

 ……ミカンがしゃべった。


 更なる不可思議な現象に、目を丸くした。

 しかも、甲高い声色。

 声の主は女だろう。

 ミカンが話したことに驚き、内容を聞き逃してしまった。

「……はい?」

「だーかーらー! お前はミカンを怒らせた! 投げただろ! 何度も! 痛いんだぞ!」

 ミカンが怒っている。

 かなりご立腹の様子だが、恋の意識はそこからズレたところへ向けられた。


 ……どこから声出てんだ?


 憤慨しているミカン。

 しかし、依然として怖くない。

 暫く眺めていると、疲れたのか、はたまた気が済んだのか、ミカンの声量が落ち着いてきた。

「……ミカンを投げたら、毎晩出てきてやる。食べ物を粗末にするな」

「出てきて貰っても良いが……それはそうだな。投げないよう善処する。しかし、食べ物代表みたいな言い方をするな」

「…………」

 反論も返答もないミカン。

 訝しむように、恋の眉が寄せられる。

「おい、聞いてるのか?」

「…………」

「おい! このミカン!!」

「……恋、うるさい」

「!!」

 急に言葉を発さなくなったミカンに、つい声を上げてしまった。

 その声に、亜鶴が目を覚ましてしまったらしい。思わぬ方向からの声に、恋は肩を跳ねさせて振り返る。

「……つーかさ、恋、さっきから何ミカンに話し掛けてんの?」

「え……」

 先程まで、自称ミカンの精霊が居たところへ視線を向けると、そこには一つのミカン。それも、普通サイズのミカンが置いてあるだけだった。

 チクチクと冷ややかな視線が突き刺さる。と同時に、冷ややかな笑いが耳に届いた。

 恋は、ゆっくりと立ち上がる

「あー、反論しないんだー? ……つーか、ミカンに話し掛けるってさ、寂しい奴にも程があるよね? ……つーか、むしろ、恋がミカンに話し掛けるとか意外性しかなくて、マジウケる……いだっ!」

 笑いを含んで肩を震わせながらの言葉に、恋のミカン砲が放たれた。

 ミカンの精霊が居たところにあったミカンを投げたのだ。

 顔面を両手で押さえて唸る亜鶴を横目に、恋は布団へと潜り込み、相手に背を向ける。

「うるさい。黙れ」

「かーわいー。またやってね」

 威厳のない恋の言葉に、亜鶴のからかいは続いた。

「二度とやるかッ!!」

「恋、うるさい。おやすみ」

「…………おやすみ」

 声を荒げて言い返すもののバッサリと切られ、渋々と黙ることに。

 しかし、恋の頭の中は疑問だらけだ。


 ……さっきのは何だったんだ? ミカンの精霊は俺にだけ見えるのか? 仮に夢だったとして、俺はいつ目を覚ました? つーか、肩叩かれたんだけど?


 そんないくつもの疑問を抱いたまま、恋は朝まで寝付けずにいるのだった。 

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