学級委員への道のり。
中学一年生になった主人公、誠也。
入学式のあとに、中学一年前期、なんの係を担当するのか。
決めてくるように課題が出ていた。
誠也は、学級委員に挑戦しようとするが……?
小学生と中学生。
何が違うのか、今はまだ、よく分からない。
だけど、確実に僕たちは……大人への道を、歩んでいるんだと。
少しずつ実感しながら、進んでいく。
ざわつく一年四組の教室。いや、どの教室も新学期がはじまったばかりで、浮ついたところがある。そのため、とても賑やかで、新しい友達づくりの場や、旧友との親睦を深める時間となっていた。
僕は、学校へ着くとカバンを机に置いて、椅子に座る。カバンの中身を順に机の中へしまっていく。そして、最後に四つ折りにしてしまっていた、希望する「係」の紙を取り出して、机の中に大切にしまった。
「よ、誠也。おはよう」
「おはよう、敬くん」
敬くんは、すでに学校に着いていたようで、他の鈴蓮第一小学校の友達とおしゃべりをしていた。でも、僕が席に着いたのに気づくと、こっちに歩み寄ってきた。そのとき、僕は「あれ?」と、何かの変化を感じ取った。
それは、いつもの黒ぶち眼鏡から、少しフレームが変わった紺色の眼鏡になっていることだった。フレームの下側がなくて、透明になっている。僕はすぐに気が付いた。
「敬くん、眼鏡変えたの?」
「流石だな、誠也。よく気づいたな?」
「当たり前だよ。今までのと、全然違うもの」
そう言うと、敬くんは何だか嬉しそうに頭を掻いて、照れ隠しをしてみせた。
「本当は、昨日の入学式に間に合わせたかったんだけどさ。キリがいいだろう? 中学生になったんだし、何かを変えたくて。それで、コンタクトも考えたんだけど、それはまだ早いかなって」
「それで、眼鏡を変えたんだね」
「そういうこと」
たった、眼鏡を変えるということだけで、なんだか敬くんが少し大人びて見えてしまった。魔法にかかったかのように、「いいなぁ」と僕はついつい見とれてしまった。僕は、視力がとてもいい方だったので、眼鏡やコンタクトの世話になることは、今のところ想定外。かけなくてもいいものなら、かけずにいたいと思っているけど、こんな風に大人びて見えるものなら、ちょっと試してみたいとも思えた。
「なぁ、誠也。宿題の紙、書いてきたか?」
「え、あぁ……うん。希望調査でしょう? 書いたよ」
「何にした?」
それを敬くんに問われて、僕は紙を出すことを少しためらった。敬くんがそこで「学級委員」という言葉を出すと思っていたから、僕は気まずさと、気後れを感じてしまったんだ。
「あ、あの……敬くんは?」
「え? もちろん、書いたけど?」
逃げていたって、結局一時間目……「一限目」っていうみたいだけど、そこのホームルームで分かってしまうこと。僕は、意を決して紙を机の中から出して、真っ向勝負に出ようとした…………そのときだった。
「…………」
ひとりの生徒が入ってきたことをきっかけに、四組だけはしーん……と、鎮まりかえってしまった。
「…………」
不機嫌そうに眉を寄せ、背丈が僕たちより少し高いその男子生徒は、ガタンと廊下側の指定席に腰を下ろした。
宮野くんだった。
「宮野か…………あ、そろそろチャイム鳴るな。俺も、席着くな?」
「うん」
内心で、ほっとした僕が居たけれども、なんだかこの空気は、好きじゃない……そう、思った。
でも、宮野くんも宮野くんだと思う。「問題児」として、みんなが避けるからかもしれないけど、そんなにも怖い顔をしていたら、みんな、逃げたくなくても逃げてしまうよって、僕は思った。もし、機会があればそこは教えてあげようかな……なんていう、ちょっとお節介な気持ちも芽生えた。
程なくして、朝礼の時間を時計が示し、同時にチャイムが鳴り響いた。先生は、時間ぴったりに扉をガラガラっと横に開けて、静かに入ってきた。
「おはようございます、みなさん」
「おはようございまーす」
多少ばらつきはあったものの、先生の挨拶に合わせて、みんな口々に挨拶をした。だけど、横目で見ていた限り、宮野君は頬杖をついて、横を見ている。挨拶はしていない様子だ。
「さて。朝のホームルームから、続けて一限目に入りたいけど、司会進行役は、まだ学級委員も何も決まっていないですからね。今日は先生がします。みなさん、希望調査の紙に目を通してきましたか?」
多少のざわつきが起きて、後ろを振り向いて友達同士確認し合ったりする子や、僕みたいにもじもじと、机の中で紙を見直している子など、様々だ。そんな様子を少し見守ってから、先生は手を二回、「パン、パン」と叩いた。「静かに」という合図であるということは、すぐに分かった。
「では、最初に学級委員から決めたいと思います。男子生徒からひとり。女子生徒からひとり、選出します。立候補がなければ、推薦にしようと思いますが。立候補してくれる子は、いますか?」
再び、ざわめきが起きる。学級委員の立候補は、ほとんどこれまで居なかった。小学校のときでさえ、なかなか決まらなかったのだから、中学に入ったら、ますます決まらないものだと、みんな思っているに違いない。
でも、僕はやってみたい。だけど「はい」と、手を上げる勇気が持てない。心臓は、バクバクと音を立て、速まっていく。今にも、壊れてしまいそうだ。顔は、絶対赤くなっている。赤面症ではないと思うけど、僕は今、すごく緊張していた。
(はやく手をあげないと、敬くんが手を先にあげちゃう……!)
もちろん、早いもの勝ちというものではないと思うけど、やっぱり、先に立候補者が出ると、次にはこういう空気の中だと上げづらいものだった。僕は、せめて敬くんよりも先に、手をあげないと……と、紙を机の上に出した。そのときだ。
「片瀬がいいと思います」
「…………え?」
突然の指名に、僕はその声の方向を見た。そこには、こんなホームルームには興味がないとでも言いたげな、頬杖をついたままの宮野くんの姿があった。
突然の、まわりのみんなからしたら「問題児」である宮野くんの発言に、クラスは一瞬静まり返ってから、今度は妙な空気が流れはじめた。僕は、手もあげられないし、どうしていいか分からず、とりあえず紙を机の中にもう一度しまおうと折りたたんだ。
その様子を見てかどうかは分からないけど、一段高い教卓から、先生は僕に視線を送っていた。その視線に気づいて、僕はハっとなり顔をあげた。
「推薦は、あくまでも立候補がなかった場合の最終手段ですよ。宮野くん」
先生は、もうすでに全員の名前を覚えているのだろうか。それとも、席次表をみて、名前を言い当てているだけなのだろうか。いや、今はそんなことよりも、「学級委員」の行く末の方が気になって仕方ない。
「片瀬は、立候補するつもりっすよ。紙、見たらいいんじゃないっすか?」
宮野くんは、大きくため息をついてから、僕の方をちらりと横目で見た。その視線とバッチリ合ってしまった僕は、これは宮野くんからの「パス」だと受け取り、ガタンとその場で立ち上がった。その様子を見て、みんなは驚いた顔をしている。第一小学校で一緒だった友達なら、僕がそういう係を好んで来なかったことを知っているから、余計に驚いていると思う。第二小学校のみんなは、たぶん、宮野くんが発言していることで、驚いているんだと思った。
「先生。僕、学級委員をやりたいです! 立候補します!」
「そうか……ありがとう、片瀬くん」
(言えた……僕、言えたよ! パパ!)
内心でガッツポーズをして見せた僕。でも、まだ敬くんが手をあげると思っていたし、第二小学校でそういう活動を好んでいた子も、居るかもしれない。だから、まだ僕が成れると決まった訳ではなかった。
でも、一歩を踏み出せた気がしたから。
宮野くんの一言がなければ、踏み出せなかった一歩だったけど。
僕は、一段高いところに上がれた気がして、嬉しかった。
「他に、立候補者はいませんか?」
また、心臓がドキドキしてる。決まるか決まらないか、分からないこの状況で落ち着かないこと。そして、勢いで立ち上がり、みんなの視線を浴びたことで、興奮しているからだ。
「どうやら、居ないようですね。それでは、男子の学級委員は片瀬くんにお願いしたいと思います。賛成の方は、拍手をお願いします」
そのとき、僕には盛大な拍手が送られた。
敬くんも、心からの拍手を送ってくれていた。