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今と昔で違うもの。

 パパのことは、大好き。


 でも、パパのことはよく、分からない。


 大人になると、子どものことが分からなくなって。


 子どもは大人のことが、分からなくなるのかな。


「パパ」

「ん?」

僕は、サラダ用のトマトとキュウリを切り終えて、お皿に乗せながら再びパパを見た。パパは、にこっと笑みを浮かべてから、グリルで塩焼き中のヤマメの焼き加減を見ながら、まだ時間がかかると踏んだようで、僕の方を見てくる。心底優しい目が、そこにはある。

「僕、わがままかな?」

「そうは思わないよ」

パパは即答した。さっき、ママのことで駄々をこねたばかりだというのに、パパはもう気にしていないように見える。大人の対応っていうのかなぁ、なんて。そんなことを考えながらパパを観察していた。その様子の方が気になるのか、パパは言葉を続けた。

「どうした? 誠也。何か、気がかりでもあるのか?」

「……僕は、子どもだなぁって」

短くため息を吐く。哀愁がやや漂う僕の頭を、パパはそっと撫でてくれた。パパに頭を撫でてもらうなんて、久しぶりのことかもしれない。小学校の高学年になってからは、パパとのコミュニケーションは減って、七海の面倒ばかりを気にかけていたからかもしれない。

「誠也は子どもでいいんだよ。まだ、中学生になったばかりじゃないか」

「だけど、宮野くんは大人っぽかったよ?」

友達になったばかりの鈴蓮中学の同じクラスの名前を、僕は例に出した。ずっと一緒に遊んできた敬くんより、宮野くんは大人びて見えたからだ。だからとって、宮野くんの性格や、好きなことを全て網羅した訳じゃないし、むしろ、分かっていないことの方が多いから、想像にすぎない。

「宮野くんって子も、きっとパパから見たら子どもだと思うぞ?」

「そう、かな?」

ちょっとだけ、素直に笑う宮野くん。だけど、小学校時代は「問題児」と呼ばれていたみたいで、少し、周りを敵にしやすい言動をする。そんな宮野くんは、パパの言葉を借りるなら、「子ども」ということなのかな。

(どこが、問題児だったんだろう)

僕の興味は、大人たるものとか、そういう観点からすでに、宮野くんという個人へと移っていた。パパも、僕がすでに方向転換していることに気がついている。

「誠也。学校の先生はどうだった? 一年、うまくやっていけそうか?」

「あ、うん。見た目は厳しそうだったけど、なんかね? 実際はいいひとだと思う」

「そうか。それはよかった」

僕は、はっと思い出したかのように、先生からもらったプリントを取りに自室へ戻った。その様子を、パパはにこにこしながら待っている。カバンの中に丁寧にしまわれたそのプリントを、難なく探し出すと、僕はタタタタ……っと、階段を駆け下りて、再びキッチンに戻る。

「これ、これ! 希望って、先生の字で書いてあるんだよ!」

「希望か。いい言葉じゃないか。他のところはパソコンで書いてあるけど、そこだけは手書きなんだなぁ」

「うん!」

パパは、懐かしそうな眼差しで、そのプリントに目を通していた。


 中学一年というときは、もう二度と、体験できない貴重な日々。


 その日々の中で、希望を見出して欲しい。


 感じるこころを、育てて欲しい。


 そんなような、願いがこめられていた。パパは、感心したようにプリントを眺めてから、僕にそれを返してくれた。

「なかなか、熱い先生だね。いまどき、珍しいんじゃないか?」

「そうなの?」

「パパの時代は、熱血教師って呼ばれるひとは多かったけど、最近では義務的になりすぎている傾向があるからね」

「ふーん」

パパは、大学は教育学部だった。先生への道を、目指していたからそこに入ったと言っていたけど、まだ、当時小学生だった僕には、大学がどういうところなのか。どんな勉強をするところなのか、少しも想像は出来なかった。先生になるための、学校。そんな感じなのが「教育学部」であるということは、簡単に説明してもらったから、把握している。ちなみに、ママもたまたまだけど、教育学部の出だったみたい。

 パパは、それでも大学を卒業してから教師にはならなかった。住宅販売メーカーに就職して、今も勤続を続けている。

「パパも先生になっていたら、熱血になってた?」

僕は、素朴な疑問をパパにぶつけてみた。するとパパは、少し考えたみたいで、間を開けてから答えてきた。

「パパは、熱血にはなれなかったと思うな」

「なんで?」

「パパは、なかなか情熱とか、そういうものを表には出せない人間だからだよ」

僕は、いつもの「主夫」姿のパパを見て、すごく説得力があると感じてしまった。パパが、熱く語っている姿なんて、今まで見たことがない。だけど、加河先生だって、見た目は平素で、とても「情熱的」だとは感じられない。ひとを見た目で判断してはいけないっていう、例のようにも思えた。

 ただ、僕はパパとはもう生まれたときから一緒に居るから。パパが、すごく情熱的なひとだとは、思っていなかった。でも、「優しさ」は絶対に持ってる。パパは、あったかくて、僕や七海をいつでも見守ってくれている。

「お、そろそろ焼けるぞ。誠也。七海を起こしてくれるか?」

「うん」

僕は居間に戻ると、ゆさゆさと七海の身体を揺さぶった。

「七海。ごはんだよ? おっきしようね」

「うー……ねむちゃー」

「ごはん、要らないの? お兄ちゃん、食べちゃうよ?」

「やや! ななもたべゆ!」

七海は、よほど眠たいのか。ばたばたとその場で手足を動かした。その様子を見て、僕は軽く嘆息する。本当に、寝起きの七海ほど性質が悪いものはない気がする。

(僕も、小さかった頃って、こんな風だったのかな?)

そうだとしたら、誰もが通る道なのかもしれない。仕方がないと、思えた。ただ、割り切れない僕はやっぱり子どもで、七海の頭を小突いた。

「ほら、ばたばたしてないの。埃が立つでしょ? 大人しくちゃんちゃんしてなさい!」

ちゃんちゃんとは、座って待ってなさいということ。知らず知らずのうちに、僕は七海と話すときは、幼児言葉になっていた。

「ほーら、七海。ヤマメの塩焼きだぞ。パパが身を取ってあげるからなぁ」

そういって、パパは料理をテーブルに並べた。七海が、じゅるじゅるとよだれを垂らしているのが目に入る。それを見て、僕はすかさずよだれかけを首に巻いてあげた。

「はい、七海。パパに食べさせてもらってね? パパ、僕も食べていい?」

「あぁ、もちろん」

パパは、いつも七海のご飯を優先させて食事にしていた。自分の食事に手を回す頃には、大概ごはんは冷え切っている。それでも、文句のひとつもこぼさないパパは、やっぱり、「パパ」なんだって、思えた。

「パパ。お腹空いてないの?」

馬鹿馬鹿しい問いかけのように感じたけれども、パパは別にそうは思わなかったみたい。僕の顔を見て、にこりと微笑む。

「そりゃあ、腹ペコだよ。大人だって、お腹は空くんだから」

そう言いながらも、七海のために魚をほぐして、七海が骨を食べないように、気を払っている。

「パパの子ども時代って、どんな感じだったの?」

「ん? そうだなぁ。ゲーム機も何もなかったし。友達とよく、外で遊んでいたな」

ゲーム機。今、世間はそれで溢れ返っているとも言える。ただ、僕はあまりそういうのに興味は薄くて。だけど、敬くんは好きだったし、今日会った宮野くんも好きそうだった。僕が変わっているだけで、実は、クラスメイトの大半はゲームを所持しているのかもしれない。

「外で、どんなことしてたの?」

「鬼ごっことか、探検隊とか。秘密基地も、つくったぞ?」

「秘密基地?」

すごい。その響きは、僕の興味をわしづかみにした。


 失われたもの……子どもの独創性。


 進化したもの……文明。


 そんな関係図が、僕の中で広がりはじめていた。




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