誰かにとって、当たり前のこと。
知りたいと思う気持ちは、相手に関心があるから。
好意があるから生まれる感情だと、僕は思う。
でも、どこまで踏み込んでいいのか。
たまに、わからなくなるんだ。
「宮野くん、最近どう? 朝もあまり、顔を合わさなくなっちゃって」
「あぁ、ちょっと忙しくてな」
「そういえば、登校してくるの遅い時間だよね。何かしてるの?」
いつもの公園に着いた僕たちは、ブランコに並んで座って、適当にゆらゆらと揺れていた。宮野くんは鎖を持たずに右足でストッパーをし、左足で身体を揺さぶっている。それをしながら少し顔を上げて、空を見た。そんな何気ない仕草ひとつをとっても、宮野くんは格好良かった。
「特別なことじゃない。朝飯作ってるだけ」
「え!? すごい!」
「?」
僕がブランコから飛び降りて反応すると、宮野くんはぽかんと口を半開きにさせて、変な物でも見るかのように、目をまるめた。でも、直ぐにいつものクールな表情に戻る。僕は興奮しながら、宮野くんのことを見つめていた。
僕もパパの隣で台所に立つようにしている。ママが戻って来るまでは、なるべくパパにだけ負担がかからないようにしようと決めたことだった。昔から台所に立っていた訳ではなかったから、まだまだ慣れない作業が多い。包丁は一応使うけど、皮むきは苦手でピーラーに頼っている。パパなんて、さくさく皮むきもしてしまうから、器用だなぁって尊敬している。でも、宮野くんは僕と同じ年なのに、朝ごはんを作っているという。それはすごいことでしかない。
キラキラとした眼差しで宮野くんを見つめ続けていると、宮野くんは「はぁ」と溜息を漏らした。
「片瀬、見すぎ」
「あ、ごめん。つい」
「……朝飯って言っても、簡単なことしかしてないぜ?」
「朝って、何時に起きてるの? ごはん作る時間なんてある?」
「六時起き。で、三十分くらいでさっさとやる」
「本当にすごいね!」
「別に、すごくはない」
謙遜しているように見える。いや、本当にすごくないと思っているのかな。宮野くんはさらっと言ってのけた。僕は、もう一度隣のブランコに座り直した。鎖を捻って身体は宮野くんの方に向ける。
「やらなきゃいけなくなったら、やるしかないだろ? そういうこと」
「宮野くんの家、みんな忙しいの?」
「まぁな」
(やらなきゃいけなくなったら……かぁ)
たしかに、僕もそうだった。
宮野くんは、どんな家庭環境におかれているのだろう。
僕はそれが、ちょっとだけ気になってしまった。
でも、深く聞いてはいけない気もする。
プライベートに踏み込み過ぎることは、よくないことだって思う。
……でも。
友達のことは、「知りたい」という気持ちが強くなる。
大人は、どうやってその辺の折り合いをつけているんだろう。
「片瀬のとこは? 弟だっけ、ちびっこいのが居るんだろ? 朝とか、どうしてるんだ?」
「朝ごはんはパパが用意してくれるよ。僕は、七海……弟の保育園の支度とかを手伝ってるかなぁ」
「なんだ」
「?」
今度は、僕が疑問符を頭に浮かべた。首を傾げると、宮野くんはククっと喉奥で笑った。そのあと、目を細めて僕の方に向かって右手の人差し指を向けた。
「片瀬だって、一緒じゃん。俺は飯係。片瀬は弟係。やってることは、大して変わらない。それに、俺は妹の面倒なんて見れないからな。どっちかといえば、片瀬の方がすごい」
「……そうかなぁ」
「そうだって」
宮野くんにそう言われると、なんだか嬉しくなった。素直に「ありがとう」と伝えた。
七海の支度は、僕にとっては当たり前のことだった。パパからも、よく面倒をみてくれて助かると褒めてもらえるけど、それはパパの「役割」だとも思っていたから。家族以外のひとに初めて認めてもらえた気がして、僕は嬉しかった。
僕が七海を見ていることが当たり前のように、宮野くんが朝ごはんを作ることも当たり前だということなのかな。そうだとしたら、僕も伝えなければいけない。
「宮野くんも、すごいよ!」
「何が?」
「ごはん作ることは、すごいこと! もっと、自分のこと褒めてあげようよ!」
「……大袈裟なヤツ」
そう言いながらも、宮野くんもどこか嬉しそうに笑ってくれた。