僕にだけ、見せてくれる顔。
ひとつの過ちで、人生って壊れてしまうのかな。
もちろん、人を傷つけることはよくない。
でも、そのせいで宮野くんがずっと独りぼっちでいることが、僕には耐えられなかったんだ。
「一緒に、囲碁部見に行こう?」
当然のように宮野くんは嫌そうな顔をした。それでも僕は、これが最善の選択だったと何故か思えて仕方なかった。にこっと目を細めて、宮野くんの右手を掴んだ。くいくいっと引っ張って、カバンを片付けるように促す。
「宮野くんは、まだ仮入部もしてないし、部活見学もしてないんでしょう? 僕もまだ決めかねてるんだ。だから、一緒に行こう?」
「俺は帰宅部だからいいんだよ」
「この学校は、帰宅部はないって先生言ってたでしょ?」
「知らねぇよ」
あからさまに面倒臭そうに僕の手を振り払い、宮野くんは席からすくっと立ち上がった。鈴蓮の校章が入ったカバンを左手で握り、教室をさっさと出て行く。
敬くんが後ろから、「放っておけ」というけれども、僕の足は宮野くんを追いかけていた。
孤立している宮野くんを、これ以上独りにはしておきたくなかった。僕のお節介だと思うけど、パパも「困っているひとが居たら、助けてあげなさい」とよく言っていた。
もっとも、宮野くんが困っているかどうかは定かではない。
「待って!」
急いで廊下に出たのに、宮野くんの足は速くてすでに廊下を歩き終え、右手側に曲がって下駄箱へと進んでいるところだった。僕は慌てて駆けつけて、一緒に上履きを脱いで靴を履いた。
それを見た宮野くんは、眉を寄せて「わからない」といった顔をしてみせた。
「囲碁部、見に行くんじゃねぇの?」
「うん。明日でいいや」
「片瀬、俺に関わらない方がいい。お前の人生、ぶち壊れるぞ。聞いただろ? 俺は、過去に傷害事件を起こしているってこと」
「あぁ!」
今の今まで忘れていた。そういえば、敬くんと如月さんがそんなことを言っていた。僕の中では、それは大したことではなかったから、つい忘れてしまっていた。いきなり何かを思い出したかのように声をあげた為、宮野くんは一瞬ぴくっと身体を動かした。びっくりしたようだ。不意打ちをくらった宮野くんの目が、少し開く。
「うん、聞いたよ。だけど、上級生が相手だったんでしょう? いじめだったら問題だけど、それは喧嘩だったんじゃないの?」
「いじめじゃねぇけど……喧嘩だって、よくはないだろ」
「よくないって分かってるなら、宮野くんは怖いひとじゃないよ」
「……っ」
宮野くんは舌打ちすると同時、ワシャワシャと髪を右手で掻き乱した。短く切られた髪が右へ左へと揺れる。次に「はぁーっ」と息を深く吐き、ちょっと表情が緩んだ。僕にだけ見せてくれる、公園での宮野くんの表情に戻った。学校内にいるときは、まるで自分から人を遠ざけるように、いつだって険しい顔をしたり、視線を合わせることもなく。俯いていたり、机に臥せっている。
加河先生も、最初は気にかけて注意をしていたけれども、最近はそこまで注意もしなくなってしまった。宮野くんのことを、「そういうひと」として、見限ってしまったように見える。僕はそれがちょっと、悲しかった。加河先生は熱い先生で、僕たちに「無限の可能性と希望が秘められている」と、入学式で希望を見せてくれたんだ。そんな先生が、呆気なく宮野くんを見放してしまうなんて。信じがたいけど、実際のところはどうなんだろう。僕は大人じゃないし、まだ先生との付き合いも短いから、ハッキリとは分からない。
「帰るぞ」
「うん!」
「片瀬、お前本当に変わってるな」
「そんなことないよ」
宮野くんと帰るのは、仮入部先の部活見学をはじめてからはしていなかった。久しぶりに一緒に帰ることが、なんだか嬉しくて。まだ、仮入部先も決めていないことなんて忘れて、宮野くんと漫画の話をしながら公園に向かって歩き出した。