問題児の過去。
誠也の中学校生活がスタート。
無事に学級委員となった誠也。
学級委員志望だと思っていた敬は、意外なことに「係」になった。
問題児とされている宮野は、相変わらず独りで居る。
そんな彼は、何故問題児と言われているのか……?
知らないところで、みんなは一歩ずつ先をいく。
大人になっていく。
背伸びをして、届いたと思った世界には……もう、みんなは居ない。
だから、がんばれるんだ。
「よ、学級委員長」
「敬くん」
無事に一限目のホームルームが終わった。そこで、先生から出されていた「委員」「係」がひとつずつ決まっていき、チャイムが鳴る五分前にはすべての生徒の枠が決まった。学級委員に立候補していると思っていた敬くんは、意外なことに数学係という「委員」でもない役を選んでいた。
「どうして、係にしたの? 僕はてっきり、敬くんは学級委員を志望していると思ったんだ」
「何で?」
「え?」
何でと問い返されると、僕は思わず言葉に詰まってしまった。それが小学校からの付き合いをしてきた結果、自然な流れだと思っていたからだ。僕が目をぱちくりさせていると、敬くんは新調した紺色の眼鏡を人差し指で押さえて掛け直し、言葉を続けた。
「俺さ。塾に真剣に通いたいと思っていて。学級委員とか、他の委員会所属していたら、勉強疎かになるかなぁ……と思って」
「すごい」
僕は、これまで敬くんが積み上げて来たものの、足元にやっと追いついたところなんだということを知り、先を行く敬くんが同い年なのに「大人」に見えて、格好いいと思った。
宮野くんは宮野くんで、大人っぽさを感じるけれども、その方向性とはまた違ったものを感じた。同じだけの時間を生きてきているはずなのに、どうしてこんなにも考え方や、個性が生まれてくるのだろうかと、僕は不思議に思った。
その、問題児扱いされている宮野くんは、やっぱり……と言ってもいけないけれども、委員ではなく、係を選択していた。体育係というものを選んでいた。
ちなみに、委員会か係に必ず所属することになっているけれども、こういったものがあった。学級委員、風紀委員、文化委員、広報委員、放送委員、美化委員、給食委員。そして係には、班長、書記、数学、理科、英語、国語、社会、体育、音楽、家庭科、技術係があった。
どれかに所属できるように、各クラスで人数調整されているそうだ。また、生徒会に立候補することも出来たそうだけれども、一年生の前期でいきなり立候補することは難しいと思った。
そういえば、小学校では一学期、二学期、三学期と一年を三分割されていたけれども、中学からは「前期」と「後期」で二分割にされている。それも新鮮で、面白いと思った。
「敬くんは塾に通って、高校は遠くの私立にでも行くの?」
「あぁ、そのつもり。中学も、本当は私立に行こうか悩んだんだけどな」
「うん。敬くんは私立に行くと思っていたよ」
勉強が誰よりも出来ていたし、運動も出来る。何もかも完璧にこなしていた敬くんは、受験コースで私立に通うものだと思っていた。でも、いざ聞いてみたら僕と一緒の公立の鈴蓮中学にそのまま進むというから、びっくりした。
「姉貴もこの学校に進学しているからさ。あと、兄貴も」
「あぁ、お兄さんは高校生になったんだっけ?」
「そうそう。だから制服は、兄貴のおさがりを使えっていう親からの指令もある」
「なるほど」
そう考えると、僕の家も七海が大きくなったら、僕が使っているカバンや学生服を着るのかなと思うと、それは早く見てみたいとドキドキした。
「お前、七海のことを今想像していただろ?」
「え!? う、うん。なんで分かるの?」
「顔に出てるから」
「そうかな?」
ぽっと恥ずかしくなって顔が熱くなったのを自覚した。僕はぺたぺたと、自分の頬に触れた。やっぱり、熱い。
「数学にしたのは、数学が好きだから?」
「そ。後は、何となく楽そうだったから」
「敬くんは、色々と先を考えているんだね」
「そういう誠也は、何で今回学級委員に立候補したんだ?」
「僕……敬くんに、憧れていたのかも」
「俺に?」
「うん!」
眼鏡をかけているだけで、かけていないひとよりも大人っぽく見えるけれども、そうじゃない。敬くんは、本当に大人だと思う。考え方も、顔つきも、大人っぽい。そんな敬くんを追いかけて、僕は敬くんがこなしていた「学級委員」に憧れを抱いていたんだ。児童会長もしていたんだし、いつかは「生徒会長」はするのかもしれないと内心で思った。
「あ、あの」
「?」
短い休み時間中に、ひとりの女子生徒が僕たちのところに近づいてきた。綺麗なさらさらとした黒髪で、前髪をぱっつんとしていて後ろの髪の毛は肩にギリギリつかない辺りで切りそろえられている可愛い子だった。ぱっちりとした二重の黒目は、どこか右往左往としていて、緊張をしているのがうかがえた。
「私、片瀬くんと一緒に……」
僕は、今終わったホームルームを途中から一緒に仕切ることになった彼女の名前を記憶していた。女子の中で選ばれた学級委員長だった。
「うん、如月さんだね」
「はい! 一緒に学級委員。やらせていただきます!」
「なんで敬語なの?」
僕は、きょとんと首を傾げた。すると、如月さんはもじもじとセーラー服のスカーフを手でいじりながら、ちらりと廊下の方を見た。つられてそっちに目を向けると、そこにはつまらなさそうに机に頬杖をついた宮野くんの姿があった。
如月さんも、宮野くんと一緒の鈴蓮第二小学校の出身だったんだと思う。僕と敬くんの第一小学校には居なかったから、そう判断した。
「宮野くんと、仲が良さそうだったので……」
「宮野くんとも、友達になりたいから。僕」
「……怖くないんですか?」
「怖い? どうして?」
「…………物騒、だから。宮野くん」
「物騒?」
宮野くんは、確かに仏頂面ではあったけれども、「物騒」だとは今のところ思えない。まだ、ほとんど話もしていないけれども、危害を加えられそうにもなっていないし。むしろ、話し相手になってくれる、「いい人」だと思えていた。
ただ、確かに世渡り下手なところと、喧嘩をしたら強そうだな、っていう勝手なイメージはあった。でも、それはあくまでも付き合いが浅い僕のイメージで、本当の宮野くんの姿とは、異なっているかもしれない。
もしかしたら、本当に物騒かもしれない。
でも、僕はまだ何も危害を加えられていない。
だから、僕はまだ判断を下したくない。
友達になりたい気持ちを、大切にしたい。
「誠也。彼女の言う通り……アイツは物騒だぜ」
「敬くんまで、どうしてそんなことを言うの?」
「噂、マジで耳に入っていないんだな」
「うん。何も知らないよ」
敬くんと如月さんは、ふたりで顔を見合わせてから僕の方を見直した。
「アイツ、五年のときに傷害事件起こしているんだ」
「しょうがい?」
ピンとこない単語だった。頭の悪さが露呈してしまう。僕は、えっと……と、自分の中のうすっぺらい単語帳の中から、言葉を探した。
「当時、中学二年生だった上級生相手に、喧嘩を……」
「なんだ。喧嘩しただけ?」
「え?」
驚いたのは、僕ではなくて如月さんだった。目をぱちぱちと何度も瞬きさせる。いや、敬くんも口をぽかんと開けて驚いている感じだ。そのことの方に、僕は驚いた。
「なんで、驚いているの?」
「だって、怖いじゃないですか」
「喧嘩でしょう? 両成敗じゃない」
「……誠也は、中学にあがっても平和な奴だな」
敬くんは、何かを羨ましく思うような、残念に思うような不思議な顔をして僕の右肩をぽんぽんと、二度軽く叩いてきた。慰められているようだ。
キーンコーンカーンコーン……
十分間の短い休み時間……というより、移動時間というらしい。その時間が経過して、次の時間も引き続きホームルームだったので、担任の加河先生が中に入って来た。ずっと教室に居るのではなく、一回、一回、先生は職員室に戻るみたいだった。先生も、休憩が必要なのかもしれない。
敬くんも、如月さんも。他の席を動いていた生徒みんなが、慌てて自分の席に戻った。僕も、自分の席に座る。そして、先生が教卓の後ろに立ったところで、僕が「起立、礼、着席」と声をかける。これが、毎時間はじめの男子学級委員の役目だった。終わりは、女子学級委員が号令をかけることに決まっているようだ。
僕たちの中学校生活は、これから本格的に幕を開ける。
僕もいつか、宮野くんと喧嘩をするのだろうか。
それでも、分かり合えたらいいな……そうやって、こころから思っていた。