3.最高と再考
俺が神になってから1週間がたった。幻域は生まれてから四十二億六千五百二十四万千三百九十一年が経過していた。数えていたのはメーターであり俺ではない。それに時間軸が違うわけではなく幻域を神権によって早送りしたのだ。俺にとっても誰にとっても四十二億年もの間ずっと見続けるというものは苦痛でしかない。まあそれを馬鹿のようにやってのけた神様が俺の真後ろでくつろいでいるのだが。
「おい。いつまでお前はそこにいるんだ。人域の監視は?」
お気に入りのパジャマを身にまといゴロゴロしながら人域の本を読んでいる少女。人域での俺の妹であり人域を創りあげた神イザナギ。世界の創造神たるものがだらしない格好で自分の仕事を放置して趣味にいそしんでやがる。
幻域を稼働させてすぐ、薙祇は人域の監視に戻ったのだがどうしたものか昨日突然帰ってきた。
「だからそれは昨日言ったじゃん。こっちで監視できるようにしたからこれからはお兄ちゃんと一緒にいるって。」
「いやそんなの聞いてないし、それになんでここなんだよ。」
「そりゃお兄ちゃんと一緒にいたいからだよ。」
「許可する。」
昨日もこのような会話をして同じように妹の可愛さと愛に負けたような気がする。
「幻域はどんな感じ?一週間ずっとモニターにへばりついてるけど。」
「時間は経つのに魔法の精度はあんまり変わんねえし趣味で作ったダークサイドの魔物やらは自分の域から出ようとしない。勇者はいるのだが自分の村をはぐれ魔物から守ることに必死だ。何かこうパッとしないよゆうかつまらない。」
「そんなもんだろうね。世界は創造主の感情と精神状態にも影響される。時に自分の意志にはむかい世界は神に牙をむく。そうならないように神は何時も冷静でなければならない。」
知っている。全部本に書いてあるものだ。今幻域が俺にとってつまらないのは自分に合わないつまらない仕事をしているせいであると俺は信じている。信じるまでもなくそれが事実なのである。だが今そんなことを気にしている暇はない。神という半永久の時間をしても暇はない。
今の幻域はいくつかの種族が共存というよりはいがみ合いながら生活している。
人間をはじめとする
土精族・ドワーフ
森精族・エルフ
海精族・ウンデイーネ
天精族・エンジェリア
天竜族・ドラゴニア
巨人族・ギガント
獣人族・モンスフィア。この種族はいくつも枝分かれしているのだがひとまとまりに獣人族としている。
そしてダークサイドの魔精族。
もちろん俺が考えていたわけじゃない。妹お気に入り人域の売れない作家が考えたものだ。
「んなこと言って~。気に入ったから反映させたくせに。」
「るせえ。」
事実その小説は面白く一部の層には人気があった。人気があったのだけど
「あれR18じゃなかったか?」
「そうだけど、どしたの?」
「どうやって買ったんだよ。お前十五だろ?」
「ネットてすごいよね~。」
「犯罪者め。」
「私は神様だもーん。はっ!?まさかエロ要素まで...お兄ちゃんそれはさすがの私でもひくんだけど。」
「お前は常時ひいてんじゃねえか。エロ要素なんて加えるまでなく子孫を残すための行為がまさにそれなんだから不可抗力でついてんだろ。なんなら探して見せてやろうか?」
「常時なんてひどいじゃん。そもそもそういうのは見るものじゃないでしょ。」
「やるものだってかこのくそビッチめ。」
後頭部に鉄拳をねじ込まれたのは言うまでもない。一瞬気が飛ぶかと思ったほどの威力だった。
神になれば痛みが消えるというものでも軽減されるというものでもなく、それはまったくそのまま身体に影響を及ぼす。簡単に言えばダメージに対する痛覚は人間と同じということだ。ただ傷はつかず継続的な痛みはない。そんな体質も薙祇がいなければいらないものなのだがこいつがいないのなら俺の生きる理由がなくなる。
そういや薙祇は俺の事どう思っているのだろう。
俺は監視の手を止め,だらしない格好で寝転ぶ薙祇を見る。
「なあ、薙祇。」
「なに?私はお兄ちゃんなんて大嫌いだよ。」
「まだ何も言ってないだろ...つか前と言ってること違う。」
「大嫌いだよ。」
「ああそうかい。ならいいよ。」
なんだろうか心を読まれたような。いや絶対読まれた。気になったものだがそんなこと聞けるわけなく、聞くまでもなくこいつならやりそうだろうなということで自分の中で区切りつけた。
それにしても大嫌いはないだろう。実の妹に言われるなんて結構へこむな。
「それじゃあ薙祇。もう一つだけ。」
「私は面白いと思ってるんだけどお兄ちゃんと幻域見てると何か物足りないっていうか無理やりやらせちゃってるのかなって思うんだよね。だからお兄ちゃんにはもっと自由にそれでもって厳格に神様やってもらいたいんだ。」
心読みはこれで確信したわけだがそんなこと気にすることもできないくらいに薙祇の言葉は胸の中心にぐっと刺さった。
この一週間、いや神なってから俺は主に自分の事を考えていた。
俺はなぜこんなところにいるのか。俺はどんな風に世界を創造すればいいのか。そもそも創造ってなんなんだ。創造をする理由は?
俺はこれから何をしていきればいい?
多分というより確実に人類で初めて神となった俺からすれば先人の知恵を借りずにどのように人間から神になった者として生きていけばよいのかそれがまったく見当もつかなかった。
不安材料が見えもしないこの世界で日々その見えもしないものが心の奥底にたまっていく感覚。こんなもの人間だった頃は感じたこともなかったし感じる機会なんてものがそもそもなかった。
神になって初日。神になって数時間もたたない頃薙祇と話している時正気を保っていられたのは自分でも不思議でならない。薙祇がいたからなのか、それ以外の何かのせいかそんなこと全くわからなかった。考えることも拒み、別にどうでもいいことだと自分に言い聞かせ心の底に閉じ込めた。
薙祇の言う通り俺は無理やりに自分の気持ちを押し殺して世界の創造を始めた。自分は生まれつき神であるととんでもないことを思い込ませて。
そのせいなのか、みるみる世界は自分の想像とは裏腹に、俺にとってつまらない世界を創造してしまっていた。
「それならお兄ちゃんはどうしたい。このままそのつまらない世界を創造し続けるのか、それとも幻域を消して新しい世界を創るのか。どちらにせよ最終選択権は創造主であるお兄ちゃんにある。」
存在する世界を消すことは簡単だ。一瞬にして消すことができる。そのくらい神にとっては造作もないことなのだが。
「俺には世界を消すことはできない。幻域に住む者たちが悲鳴も上げずに消えていくなんてそんなのあんまりすぎる。」
「お兄ちゃんが思うように創造できなかったのには私にも責任がある。このまま残して人域と一緒に私が監視することぐらいならできる。」
「それも却下だ。自分の失敗をお前に押し付けることはできない。」
「何か考えはあるの?」
「あるにはある。でもこれは俺一人じゃできない。だから手伝って欲しい。」
「いいけどあと二回だからね。お兄ちゃんのお願いを聞くのは~。」
薙祇は笑いながらそういい。俺も笑いながら薄情者といった。
神になってもこれだけは変わらない。兄は妹を信じ、妹は兄を信じる。すれ違うことはあるのだけれど最後にはまた笑顔で話せる時が来る。俺はそう信じ、妹もまたそれを疑わなかった。
「何も一人で抱え込むことはないんだよ。お兄ちゃんには文字通り私しかいないんだから!」
「その通りだな。俺にできることは限られてるけどできることなら何でもする。だからこれからもよろしく頼むよ。」
「了解したんだぜ!」
そう言って薙祇は俺の方に飛びかかってきた。
「いってえなあ!なにすんだよ!?」
「えへへ。お兄ちゃん大好き。」
「お前は言ってることが違い過ぎるんだよ。」
普通なら俺が今薙祇がしていることをするはずなのだがどういうことか逆になってしまっている。
こんな可愛い少女に抱き着かれながらそんなことを考えられるくらい冷静を保っていられるのは兄であるからなのだろう。我ながらにすごいことだろうと自慢したくなるものだ。
この際妹に欲情しかけたのではないかという誰かの声は聞こえなかったことにしよう。
「なあ妹よ。俺たちはもう神だろう。なら兄弟であっても何の問題もない...。?」
ああ、しまったつい本音が...いやでもおかしい。セクハラ発言に対する制裁が、あの恐怖の鉄拳が飛んでこない。
「おい、お前どうした!?ま、まさか!」
もしかしてまた記憶の改変が起こったのではないかと思い薙祇の顔を起こし目を見た。しかしその目は黒く、代わりに顔が赤く染まっていた。
「お、お兄ちゃんがそういうならわ、私は別に。」
赤面して目を泳がせながらいう薙祇はいつもと違い色気が半端なかった。いや待てこれは駄目だ。
「ちょ、ちょっと待て!いくら何でもそれはふんごぉぉぉ。」
社長出勤のその鉄拳は腹部にめり込み俺はそのまま壁にめりこんだ。
「冗談に決まってるじゃん。真に受けるな変態。」
「い、言ってることがちが、うじゃん...」
そのパンチはいつもより重く鋭かった。
~続~
質問の内容は
「俺の神っぷりどう?」
でした。