2.監視と看視
正月は忙しいので嫌いです。
「さて。モニターがこんなにあっても見るしかできないとなあ。」
俺は椅子に座り薙祇に渡された携帯端末をいじくりながら世界のいたる所を映したモニターを見ていた。
モニターがあれば世界の監視は楽になる。そんなもの知らなかった妹は自分の足で、とは言ってもテレポートして現地上空で監視をしていたらしい。時間という概念は神には存在せず神の意志によって自在に変わり、いらぬ時間は省いて消すことができる。
「んなことしてるから世界が平和になんねえんだよ。」
世界というのはそんな単純なものなのか。違う。結果主義の俺の口から出る言葉ではないが知人の言葉を借りよう。
「結果が全てじゃないんだよ!それまでの経緯が大切なんだよ!」
「お兄ちゃんキモイ。似てない。いっそ死んでしまいたい?」
「死ぬのはごめんだ。つか死んだらこの世界はどうなんだよ。」
「デリート一択だよ。」
「冗談じゃねえ!これから生まれてくる獣耳少女や金髪エルフはどうなんだよ!」
「何言ってんのよ。ないことになるに決まってるじゃない。」
絶対に死ぬわけには行けないと思い妹怒らせないようにしながら俺は楽に世界を創造するための設備を整え始めた。
世界の時間軸を動かすためのもの。
並行世界を変更するためのもの。
世界を構築する物質すべてをまとめたもの。
それからゲーム。娯楽は大切だ。なかったら働かない。
それらを1つの携帯端末に入れ込みスペアを1つ作り妹に見つからないように隠蔽術に改良を加えた術式でスペアを隠した。術式は妹が作ったものだ。俺を連れて神域に戻った妹は人域に戻る権限を失った。そして、持ち帰った知識で術式を構築した。別になくてもいいじゃないかと言ったら一部の権限が術式無しでは使用不可にされてしまった。
「なんだってこんなめんどくさい。」
「煩いよお兄ちゃん。決まったことは仕方ないってのは世界の常識だよ。」
「人域だけじゃないのかよ。つか、お前人域の監視はいいのかよ。」
「今は安定してるから大丈夫だよ。それより幻域?だっけ。そっちの調子が気になってね。」
まだ動かしていないからわからないと俺は言い準備を進める。
俺らは第二の世界を創造するにあたりそれぞれに名を与えた。
妹、イザナギが創造する人の世界を人域。
俺が創造する世界を幻域。
そして、俺ら神の世界を神域。
いつまでもメインとサブじゃ面白みがないと俺が言い始めたのだ。俺の世界をサブ呼ばわりされるのが嫌だというのが本音だ。
「それにしてもお兄ちゃんは神名欲しいと思わないの?」
「別にいらねえよ。どうせお前と二人きりなんだし。」
「こんな年頃の女の子と二人きりなのに欲情しないなんてほんとに人間なの?」
「お前は俺の妹だし俺はもう神ですでに人間じゃないし人間だとしても妹に欲情はしない!」
「ちぇっ。まあでも神名は後々必要になってくるし私が命名しよう!」
「んじゃよろしく頼む。俺は最終チェックをしているよ。」
「んや。もう決まったよ。名前はヨミ!」
「ヨミねえ。どうせ名氏から取ったんだろ。聞いたことあるし。」
バレちゃった?と言った風に妹は舌を出し片目を閉じる。ああやべえ。かわいい。いや違う違う。
「私はお兄ちゃんって呼ぶからその神名を使う機会はまだ先になりそうだね。」
じゃ必要となったときに俺が自分で考えればよかったんじゃないかと言おうとしたのだがやめておいた。決まったことは仕方がないってのが世界の決まりだ。この言葉を使うにはいささかもったいないのではというより使い方がおかしいような気がする。
そんなことはさておき俺は最終調整を終わらせ実行に移す準備に取り掛かる。
魔法と剣と幻想の世界。人間と人間以外のものが共存する俺にとっての理想郷。人域に生きていた俺が憧れた世界。
神になってから二日。俺はその間ずっと世界の事を考え続けた。いや違う、自分の事を考えていた。これから俺は神として本当にやっていけるのか。俺が神になったとして平和な世界を創ることができるのか。
俺は妹に、イザナギに選ばれた。なぜどうして俺が選ばれたのかはわからない。しかし、やらなければならないのならやるしかない。妹が言うように死んでしまう手もあるのかもしれない。死んでしまえば全てが終わり俺は無に還される。だけど、俺はやると決めた。なぜ?かわいい妹のためだ!
「おお!そろそろだね。」
「妹よ。俺はすごいだろう。」
「何言ってんの。そんなこと私が誰よりも知ってるよ。」
「は!?いやそこは、自分に溺れすぎだよナルシスト。水槽でも作ってあげようかドM。って罵倒するのがお前だろ!?」
「いや。私そんなひどいこと言わないし。事実お兄ちゃんはすごいじゃない。」
神は、薙祇は俺に近づき俺の頬に右手を近づけ、そしてゆっくりと触れた。
「私に持っていないものを、神である私を超えるものをお兄ちゃんは持っていた。だから私は夜見蔵創士を選びそして道を与えた。」
触れた手をゆっくりと頭へと移動させ撫でる。心地が良い。
「私はあなたのためなら何でもするし、あなたの願いならなんでも叶える。でも、時には試練を与えないといけない。」
薙祇は撫でる手を止め、両手を肩にまわし俺の膝の上にまたがり座る。いやま、、
「あなたは私のかけがえのない存在でありかけがえのない人。」
「おま、、口調まで変わって、、っ!?」
異変に気付いた俺はとっさに顔をあげた。変わったのは口調だけではなかった。
「お前ほんとにどうした!?」
「何を言っているの創士。私は何も変わっていないわよ?」
見上げた薙祇の瞳は通常黒なのに対して血のような赤色をしていた。いったい何があったのか俺にはさっぱりわからないが非常事態に変わりはない。
薙祇を自分で立たせ俺はその肩を両手で持った。
「薙祇!お前は俺の事を名前で呼んだりしないだろ!いったいどうしたんだ。」
「どうしたも何も。創士が何を言ってるかわからないのだけど。それに私の名はイザナギだ。」
「な、名前まで、、。」
首をかしげる薙祇は不思議そうな顔をしている。
こいつは自分をイザナギだと言った。それに口調と目の色。間違いない、薙祇は神としての記憶を思い出し記憶の改変が二日遅れで起こったようだ。
神域にいたころの記憶は人域に降り立つと制限される。イザナギが生まれたのは地球が生まれたと同じ。その膨大な記憶量は十数年の人生では簡単には塗り替えることはできない。逆に人間であったころの記憶が侵食されて、いや記憶としての容量が小さすぎるのだ。この二日間で塗り替えられなかったことの方が不思議だ。塗り替えられはしたものの、二日の間記憶を保っていたのだからそれだけ俺の影響力は大きいものだったのだろう。
ニヤケル顔を抑えながら俺は妹としてのこいつを取り返すことにした。術式に手を加え新しい術式を作り上げる。
「妹は薙祇は、俺の家族だ。その体はイザナギ、お前にはやらん。」
「薙祇とはいったい。思い出すので少し待っ、んん?頭を撫でてくれるのですか?」
何か勘違いしているようだがこの際かまってられない。神が、イザナギがどれほどの時間を生きてきたのかはわからない。俺は今からその記憶に負けないように薙祇が人として生きた記憶を肥大化させる。覚悟を決め、俺はイザナギの額の前に手を当て唱える。
「神権執行。」
刹那。俺の手のひらとイザナギの間に魔法陣が浮かび上がる。隠蔽術を使ったときはこんなものはでなかったものだから俺は一瞬焦った。しかし、俺は迷わず肝心の術式部分を詠唱する。
「メル・クリーク・メルボ・クロノア!!」
魔法陣にはそれに関するものが浮かび上がる。
メル・記憶。
クリーク・改変。
メルボ・肥大。
クロノアは俺が作った時を支配するための術式。かっこいいだろ。んなこと言ってる場合じゃない。
それらが合わさり、混ざり合いイザナギの頭に流れ込むように消えていく。それと同時に倒れこむ彼女を俺は体で受け止め、抱きかかえる。
「おい。大丈夫か。」
目を閉じているものだから目の色がわからない。確かめる手はそれしか思いつかない。俺は目をつぶしてしまわないようににそっと彼女の瞼に指を近づけた。そのとき
「うえ!?何してんの!?」
突然目を開けた彼女から目つぶししかけた指を速攻で遠のけ確認する。彼女の目はくっきりとした綺麗な黒色をしていた。
「薙祇ぃぃぃぃ!!!よがっだあああああ。」
「え?なにどしたの。超デジャブを感じるんだけど。つかキモイ抱き着こうとすんな。」
「うあぁぁぁ!薙祇だぁぁぁ!!」
どうやらさっきの事は覚えていないらしい。多分伝えたら赤面して殴りかかってくるだろう。
「はあ。何があったか知らないけど幻域はどうなってるの?」
そんなことしている場合じゃなかったんだよ。なんてことは言えず今からだよ。とだけ言い俺は薙祇を座らせ携帯端末を取り出しモニターを見上げる。
「それじゃ始めようか。」
「そんなもので始めようとするな。このための術式組んだんだから。」
「んなことまで術式化してたのかよ。」
「うるさいぞ。新入り。これを言うんだよ。」
口で言って始まってしまってはダメだと思ったのだろう。気にしなくてもいいのに。
渡された紙を見ていう言葉を覚える。覚えるまでもないものだけど覚えた。
「それじゃやるよお兄ちゃん!」
「おうよ!せーの!
「イント・ルック・アルン・イグロード!!」」
イント・監視。
ルック・看視。
アルン・世界。
イグロード・開始。
二人だけの世界でその言葉は響き。別の世界で生命の鼓動が響いた。
俺はいよいよこの世界の神・ヨミとして生きていくことになる。
~続~
大切なものはいかなる時でも大切にしなければいけない。