長篠の戦い~前半、その二
快「さて。激しい攻防から始まりました織田家と武田家の一戦です。両者ゆずらぬ互角の形勢と言えるのではないのでしょうか? 永田さん」
永「ええ。武田家の積極守備は健在なようで好感が持てます。攻める側がゴールをめざさず、守備側もボールを奪おうとしない――そんな試合は見ていて楽しくありませんから」
快「ああ。それはたしかに。その点では勝利への意欲が感じられる立ち上がりでしたね」
永「はい……しかし、武田家に不安要素がないわけではありません」
快「……ほう。『武田家の不安要素』と言いますと?」
永「この一戦の前、武田家は徳川家との練習試合を行ったんですが、そこでよもやの敗戦をしてしまったんですよ」
快「ああ。手元の資料によれば1対0の接戦だったようですね。セットプレーから徳川家・酒井選手がゴールを奪い、それを最後まで守り切ったとのこと――新加入したDF奥平選手のふんばりと、負傷退場してしまったものの鳥居選手の体を張った守備もみごとだったそうです」
永「そうです。かつて大勝した相手に今度は負けてしまったわけです」
快「……ああ。そういえば、武田家と徳川家は信玄公がご存命のとき『三方が原』で戦っていましたね。あのときは果敢に攻めに出た徳川家を、信玄公が見事な采配で打ち負かしました」
永「そのとおり。しかし今では結果が逆転しています。武田家では得点力不足が深刻なのですよ」
快「ふ~む。たしかに勝ちきれない試合が続いているようですね。その理由はなんでしょうか?」
永「おそらく――ですが、当主にしてワントップを務める武田勝頼選手と、チーム戦術が合っていないのではないでしょうか?」
快「……なるほど。では永田さんのおっしゃる『フォワードとチーム戦術の不一致』についてくわしくお聞かせ願いつつ、本日の実況を進めていきましょう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「前半開始から十分――しかし両軍に動きはあまり見られません。激しい戦いは続いているのですが、ボールの奪い合いに終始しているような状況です」
永「……ええ。どちらも敵ゴール前にたどりつけていませんね」
快「いったいどうして、このような試合展開になっているのでしょうか?」
永「両軍とも守備が良いせいでしょうね。フットボールでは『ミスのない試合は0対0で終わる』と言われていますが、そのとおりの状況です」
快「たしかにそうですね。武田家の前進守備で織田家は中盤でボールを奪われてしまっています。一方、武田家も織田家がゴール前に築いた堅陣を崩せず、ボールを失って――――おっと! 武田勝頼選手にボールが入りましたが、ここはオフサイド。織田家がラインを上げていました」
永「……う~ん。やはりここで武田家の問題点が浮き彫りになりましたね」
快「ええと、それは先ほどおっしゃっていた『ワントップとチーム戦術の不一致』の件でしょうか?」
永「はい。武田家は前線からプレスをかけ、高い位置でボールを奪ってからの短いカウンターが持ち味でした」
快「そういえばそうでしたね。ボール奪取するやいなやゴールへ向けて多くの選手が走りこむ攻撃は恐ろしい破壊力でした。信玄公ご存命の際には走力を生かし、ボランチやサイド、ときにはバックの選手が走りこんでゴールを決めていたものです」
永「ええ。すばらしいフットボールでした。全員攻撃全員守備を体現していましたね。しかし、今では奪ったボールを武田勝頼選手にあずけるという形に変わっています。これが得点力不足の原因だとわたしはにらんでいます」
快「……ほう。武田選手は父親とはタイプが違いますが身体能力に優れた優秀なフォワードであると聞いております。そんな彼がなぜ得点力不足の原因なのでしょうか?」
永「武田家の攻撃の強みはどこからでも攻められる点でした――敵からすればこれはやりづらい。マークのしようがありませんからね。しかし今の武田家は当主である勝頼選手を抑えていれば済むのです」
快「あ、なるほど。今のシーンも勝頼選手がボールを要求した瞬間、織田家がラインを上げましたからね。たしかに注意する相手が一人で済むなら簡単な作業です」
永「そういうことです。そして勝頼選手にボールをあずけるひと手間で、武田家の攻撃も遅くなってしまっている。相手守備陣が立ち直る前に攻めきるカウンター戦術では致命的な問題です」
快「ふ~む。そうなると武田家はキツイですね。前線からの守備が効いていますから五分五分の展開が続くのかもしれませんが……」
永「…………いえ。もしかして織田家は武田家の前線守備についても対策済みかもしれませんよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「……おっと! ここで織田家当主である織田どのにボールが渡った! センターバック柴田選手からのパスを中盤の低い位置で受けます……しかし、その背後から迫りくる山県選手! すごい加速だ!」
永「おおっ! 鋭い出足ですね! やはり武田家は前線の守備意識が高い!」
快「はい! これを奪われれば織田家は大ピンチです! ……いや、しかし、後ろ向きでボールを受けた織田選手がその場で反転して、あっさりと山県選手をかわす!」
永「これはさすがです……猛烈なプレスを軽々といなしましたね。中盤の底に技術のある選手を入れた意図が、ここになって効いてきました」
快「ええ。なんという鮮やかな身のこなしでしょうか! そして前を向いた織田選手、顔を上げて前線の選手へ視線を送ります――おっと! 視線の先では前線のスリートップがすでに動き出していたぞ!」
永「織田選手にボールが入った時点で動き始めていましたね。よほど当主を信頼しているのでしょう」
快「はい! 左から前田選手、滝川選手、佐々選手――三名が連動して武田家の高いラインの裏を狙います! 一方、武田家守備陣はこれに対応できていない!」
永「前線がプレスをかけるときは守備陣も連動してラインを上げますからね――そこで逆を突かれてはこうなるものしかたない。……いや、もしかしてこれこそ織田家の狙いだったのかもしれません」
快「なるほど! これは武田家にとっては大きな危機です! そしてあわてふためく武田家に対し、織田家当主である信長選手は前線左サイドに冷徹なロングパスを送る!」
永「おお! 力強く一直線なロングフィード――これはまるで火縄銃のような弾道ですね!」
快「はい! そして弾丸のように放たれたロングパスはぴたりと左サイドの前田選手の足下へ! パスを受けた前田選手は強烈な勢いのボールを楽々とコントロール。高い技術を見せつけます!」
永「スピードのある前田選手がボールを受ければ……織田家の武器であるカウンターの発動ですね!」
快「そのようです! スピードに乗った前田選手がサイドを切り裂いていく! 武田家守備陣も猛追しますが……間に合いません!」
永「う~む。やはり最初の出遅れが痛かった」
快「ええ。おかげで武田家は前田選手を止められない! そして……敵陣深い位置までボールを運んだ前田選手が中へボールを入れる!」
永「むむっ! 中では右から入りこんだ佐々選手、滝川選手が待っていますが……」
快「おおっと! しかし前田選手のパスは前線の選手目がけたものではない! やや後ろにもどす……いわゆるマイナスのパスです! そして……ボールの行く先は後ろから走りこんできた丹羽選手だ!」
永「ふむ! 良い判断ですよ! 佐々選手、滝川選手には、もどりの速い武田家守備陣にマークについてましたからね」
快「はい! そしてフリーで受けた丹羽選手がノートラップでミドルシュート! なんとか追いついたボランチ馬場選手がスライディングで防ぎに入りますが……届かない! 丹羽選手のシュートは一直線にサイドネットを射抜き…………ゴーーーーーーーール! 織田家、いきなりの先制点です!」
永「おお! 人のいないシュートコースを狙って撃ち抜きましたね! 全力疾走のあとダイレクトで……さりげなく高い技術を見せつけましたよ。丹羽選手」
快「ええ。そしてチームメイトから次々に祝福を受けた丹羽選手。アシストした前田選手に近づき、感謝するように肩をたたきます」
永「……ほう。さすがです。チームの雰囲気をよくしていますね……それに今後もいいパスをもらいやすくなる。すばらしい処世術です」
快「はい。先制点に沸く織田家でした。そして一方の武田家、急な失点に全員が呆然としています。この先、どうなってしまうのでしょうか……今後の展開が実に気になります!」