長篠の戦い~前半、その一
1575年
三河国、設楽原陸上競技場にて――。
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快川紹喜(以下、快)
「さあ、これより始まります織田家対武田家の一戦、実況はこのわたし――恵林寺住職の快川紹喜。解説は医師の永田徳本さんでお送りします。よろしくお願いします。永田さん」
永田徳本(以下、永)
「よろしくお願いします」
快「さて、今日の一戦なんですが、天下布武を目標にかかげ、大躍進を続ける織田家に対し、立ちふさがる武田家といった構図です」
永「はい。織田家の進撃を止めるべく、武田家は挑戦状をたたきつけたわけです。今もっとも天下取りに近い織田家に対し、甲信地方の覇者である武田家がどこまで戦えるか、この一戦の見所ですね」
快「ええ。事前の分析によれば織田家のほうが戦力的には有利。しかし武田家には先代信玄公の残された組織戦術があります。これには織田家も苦戦するんじゃないでしょうか?」
永「そうですね。『人は城、人は石垣、人は堀』とおっしゃられた信玄公の遺訓どおり、武田家には最高の組織プレーがあり、そしてそれを可能にする人材も豊富にそろっています」
快「はい。さらに当主である勝頼どのも勇猛果敢な人柄です。織田家相手と言えども引けは取らないのでは? なによりその圧倒的な走力と運動量で『武田騎馬隊』と恐れられた家臣たちは信玄公亡き今も健在です」
永「ええ。武田家の力が本物であることはたしかです。しかし、織田どのも策略家。武田家の『騎馬隊』の力はよく御存じなはず。その上で戦いを受けたということはなんらかの対策があるかもしれません」
快「ほほう。なるほど。たしかにそれは気になるところですね――おっと、ここで選手入場です」
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快「さて、まずは両軍の今日の布陣ですが、武田家は伝統の3‐6‐1。ぶあつくした中盤での強烈なプレッシングが持ち味です。ワントップは当主である武田勝頼公――勇猛果敢なプレースタイルが持ち味。山県昌景、内藤昌豊がその下につき、攻撃的な中盤として支えます」
永「ふむ。しかし天才的なゲームメーカーである高坂昌信どのは、たしか海津城を守られているとかで……この試合には出場しないようですね」
快「ええ。そのようです。そして守備的な中盤――チームの舵取は二人、ケガに強く『不死身の鬼美濃』と呼ばれるベテラン馬場信春と原昌胤。両翼は真田信綱、昌輝の真田兄弟。そして三人の守備陣は一門衆の武田信廉、穴山信君、望月信永――最後尾を守るゴールキーパーは投擲でのフィードに定評のある小山田信茂がつとめます」
永「安定の面々ですね。献身的な六人の中盤が攻守にわたってチームを支えます。三人の守備陣も足が速く豊富な運動量が持ち味。とにかく走って数的優位を作るのが武田家の戦術と言っていいでしょう。猛烈な追い込みは相手チームに脅威を与えます」
快「はい。一方、対する織田家はなんとスリートップを採用。ここまで見たことのない布陣です。左から前田、滝川、佐々の強力な攻撃陣を並べてきました」
永「そうですね。おそらく4‐3‐3の布陣でしょうか?」
快「見たところそのようですね。守備陣は四枚――左から羽柴秀吉、池田信興、柴田勝家、河尻秀隆です。ゴールキーパーは水野信元選手。中盤は豪華な面々。左から明智光秀、織田信長、丹羽長秀の三選手となっております」
永「ほう。当主である織田選手は中盤の底に入りましたか? これはめずらしい」
快「あ、たしかにそうですね。ふだん攻撃的なポジションに入ることが多い織田どのがなぜ守備的なポジションにいるのでしょうか?」
永「おそらくですが、武田家の前線からの守備に対抗するためではないでしょうか? かんたんにボールを奪われないため、技術のある選手を後方に置くのも戦術の一つです」
快「ああ。なるほど。『その疾きこと風のごとし』と言われた出足で武田家はボールを狩りに来ますからね。そして『守備の密なることは林のごとく』ですし」
永「はい。さらにそこからの『反攻は火のごとし』です。なにより甲州の自然の中で培われた体幹の強さは『動ぜざること山の如し』ですからね――武田家の選手は本当に体が強い」
快「ははあ。その強烈なプレスの圧力に屈して、ボールを失わないよう、当主である織田選手が後ろでボールをさばくというわけですか?」
永「ええ。そういうことでしょう」
快「ふむ。なるほど。おっと……選手紹介も済みましたところで、本日の主審・興福寺の僧である多聞院英俊さんが試合開始の笛を吹きます」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「さあ、織田家ボールで試合がはじまりました。佐々から滝川へ軽く蹴りだしたボールが渡る。そして滝川選手がすぐさま左の前田選手にパスを送ります」
永「ふむ。まずは左サイド前田選手の突破からチャンスを狙うようです」
快「はい。おっと、しかし……武田家のプレスが早い! 対面の真田信綱選手が一気に間合いを詰めます。連動して他の選手もボールへ寄っていく。さすがの前田選手も大勢にかこまれてはきびしいか?」
永「そうですね。前田選手がスピードに乗る前、絶妙のタイミングでプレスをかけました。この判断はすばらしい」
快「ええ、かこまれた前田選手、ボールを奪われないよう奮闘します。おっと! そこへ後方から羽柴選手が駆け上がってきたぞ!」
永「これも織田家おなじみの戦術ですね。前田選手の突破力に、フォローに入る羽柴選手の運動量――双方を生かした左サイドの連携攻撃は伝説の一戦『桶狭間の戦い』以来の織田家の武器です」
快「はい。そして、その連携は年々磨かれています。今回も前田選手が左サイドのスペースにパスを送り、羽柴選手が反応して駆けこんでいるぞ! そこへなんと前田選手が後ろも見ず、かかとでパスを出しました! これをきっちり羽柴選手がひろう!」
永「おおっ! おたがいが深く信頼しあっていないとあり得ない連携ですよ!」
快「ええ。驚きです。そしてパスを受けた羽柴選手――駆け上がった勢いのまま、左サイドを全力で切り裂いていく!」
永「前田選手にマークが二人ついていましたからね。その分、羽柴選手はフリーになれました」
快「無人のフィールドを駆けあがる羽柴――かなり高い位置まで攻め上がって……ここでクロスだ!」
永「アーリークロス――早いタイミングで中にボールを入れましたね」
快「はい。そして……ペナルティエリアの中では、すでに滝川選手がクロスを待ち構えているぞ!」
永「良い判断です。迷いなくゴール前に駆け込みましたね。それだけ左サイドの二人に信頼を置いているのでしょう」
快「さあ、ボールは滝川選手に届くか!? ……いや、届かない! もどっていた武田家守備陣が先にボールに触れ、大きく蹴りだしました。織田家は残念――最初のチャンスを逃しました!」
永「いやあ……織田家の攻撃も見ごたえがありましたが、武田家の戻りの速さも驚異的です。今もあっという間に七人がゴール前までもどっていましたからね」
快「ええ。かなり速いもどりでした。さすが走力を誇る武田騎馬隊ですね」
永「そのとおりです。さらにもどると決めた判断の速さもすばらしい。いまは亡き信玄公が遺された『考えて走るフットボール』は健在なようですよ」
快「はい。さあ本日の一戦――運命の戦いの幕がたった今、上がりました!」