桶狭間の戦い~後半、その三 〈完〉
後半ロスタイム――、
山「後半残りわずか。試合終了まで残すところはほとんどありません。そしてスコアはなんと四対一! 織田家は逆転してから、数分であっという間に追加点をもぎとりました」
上「ええ。柴田選手、ダメ押しの豪快なミドルシュートでしたね。前田選手、木下選手が構成する左サイドに敵が注意を集めたところで、がらあきの中央を駆けあがってのシュート。すばらしい一撃でした」
山「はい。さらに右サイド丹羽選手のパスに抜け出した滝川選手がゴール――この試合二得点目を決めています。今川家、当主である今川義元選手の退場以降、なすすべなく失点を重ねてしまいました。悪夢のような展開です」
上「ん~。しかたないことでしょう。今川選手を中心にした戦術を取ってきた今川家ですから、精神的にも戦術的にも大黒柱がいなくなっては打つ手がないわけです」
山「はい。守備でも攻撃でも連携が取れていませんね。右往左往し、ちぐはぐな試合運びです」
上「ええ。その上、逆転されて攻めにでなければならないという状況も重なれば、こういった実力以上の点差もやむなしでしょう。攻勢に出るため、やむえず上げたディフェンスラインの裏をつかれれば、どんなチームでもこうなります」
山「そうでしたね……あっと! ここで三淵主審が自鳴鐘を見て――そして大きく笛を吹きならします! 試合終了! なんと織田家の勝利! 大番狂わせと言ってもさしつかえない結果です!」
上「おおっ! 大逆転の勝利でしたね!」
山「はい。織田家は選手陣もベンチも、もぎとった勝利に喜びの感情を爆発させています」
上「おや? 歓喜に沸くチームの中、ただひとり冷静なままの当主・織田選手が今川家・松平選手のところに歩み寄っていきますね」
山「ああ。そういえば松平選手――今川家に留学する前は織田家に留学していたとか。織田選手とはそのとき顔見知りになったようです。その縁から旧交を温めにいったのでしょう」
上「ほう。たしかに。陣羽織を交換していますね。さらに言葉をかけています――健闘をたたえているのでしょう。今川家で最後まであきらめず戦っていたのは松平選手だけでしたからね」
山「はい。一方で試合終了まで耐えに耐えてきた他の今川家選手陣――放心状態で崩れ落ちます。よほどの衝撃だったようです」
上「ええ。予想外の展開、大番狂わせを起こされて気落ちする心境はよくわかります」
山「はい。見ている側としても驚きの結末です……が、しかし上泉さんはこの結果を予想していたようでしたね? 試合前、織田家に高い評価を与える一方、今川家の勝利を危ぶんでいました。その理由を試合の総括と合わせてお聞かせいただけますでしょうか?」
上「ええ。織田家の革新的な手法は聞き及んでおりましたので番狂わせもありえると思っておりました。それに今川家の戦術についても危ぶんでいたのです。ここのところ『パスワークの魔境』におちいっているようでしたから」
山「……ほう。『パスワークの魔境』ですか? それはいったいどのようなものでしょう?」
上「『パスワークの魔境』とは、パスによる連携を得意とするチームに見られがちな悪癖のことです。もっとも、禅の言葉になぞらえてわたしがそう呼んでいるだけなのですが……」
山「なるほど。たしかに今川家と言えば『パスワーク』で有名です。すばらしい連携で幾度も敵チームを崩し、美しいゴールを奪ってきましたが……それがどうして悪癖につながるのでしょう?」
上「一言で言えば攻撃が短いパス一辺倒になってしまうのです。美しい連携がきまったときの心地よさが忘れられず、ドリブルやロングボールを駆使してのカウンターなど他の攻撃手段を取らなくなる。これでは守る相手にとってやりやすいことこの上ありません」
山「ははあ。一番の強みであったことが、いつの間にか足かせに変わってしまうのですね?」
上「まさしくそのとおり。美しい連携は最高に心を震わせる――それゆえ中毒のように求めてしまうのです。連携を決められるほど技術のあるチームだけ味わえるぜいたくな悩みではあるのですが、手段が目的になってはいけない。これが敗因の一つ……そして勝敗を分けた要因はもうひとつ『当主の度量』でしょう」
山「ほう。当主の度量……つまり『東海一の舵取』と呼ばれる今川義元どのより、尾張の一地方大名である織田信長選手のほうが上ということでしょうか? なかなか大胆な意見に思えます」
上「はい。もちろん今川どのも十分にすぐれた当主なのですが、織田どのはその上を行く。たとえば……木下選手の件を見てもそうです」
山「木下選手ですか? たしか技術不足を理由に今川家を解雇されたのでしたね? しかし今日は彼の大活躍で試合が大きく動きました。今川家にとっては皮肉な結果です」
上「その通り。まあ、今川家の考え方もわからないではありません。一芸に秀でていても欠点のあるいびつな人材より、無難にまとまった選手のほうが使いやすい」
山「そうですね。その欠点のせいで負けたなら、起用した責任を取らなければいけませんから……」
上「はい。しかし織田どのは欠点より長所に注目し、それを適所で生かした。戦国乱世――激しい競争を勝ち抜くには、こういった当主の度量と眼力が求められるものです。まとまっていても小粒な人材の集団では届かぬ高みというものがありますからね」
山「なるほど。では織田どの率いる織田家には今後の活躍も期待できるということでしょうか?」
上「ええ。そうであってほしいと思います。もっとも皆が変革を求める一方、変わったものを目にしたとたん、真っ先に批判者となるのがこの国のありよう。そんな状況で織田どのにどれほどのことができるかわかりませんが……しかし、『それでも、なんとか』という想いですね」
山「ふ~む。実に深い切実なお話です……が、おっと、ここで中継終了の時間が来てしまいました。残念ながら今日はここまでのようです。上泉さん、解説ありがとうございました」
上「こちらこそ」
山科言継「実況わたくし公家の山科言継、解説、剣豪である上泉秀綱さんでお送りした一戦――みなさま、ここまで中継をご覧いただき、ありがとうございました。それではまたの機会がありますときまで、ごきげんようさようなら」
上泉秀綱「ごきげんよう、それでは……」
〈完〉