桶狭間の戦い~後半、その二
後半30分――、
山「――後半も残すところわずか。しかし試合はここにきて大きく動き出したようです。日が差しこみ、グラウンドが乾くと同時に織田家が活発に動きはじめました」
上「ええ。どうやら織田家は地面が乾き、動きやすくなるまで体力を温存していたようです。そして同時に今川家に罠をしかけていた。いや……織田信長選手の恐るべき策略ですね」
山「ほう。織田家の『罠』ですか? それはいったいどういったものなのでしょう?」
上「前半からここまで、織田家は自陣深く退いて守り、同時に強烈なカウンター攻撃を狙い続けました」
山「はい。そうでしたね。今川家は早い時間に先制こそしたものの、それ以降は織田家の堅い守りを破るため、かなり苦労しているようでした」
上「そのとおり。しかし試合前から勝って当然という雰囲気があったため、今川家は先制してもまだ攻撃に出ざるをえず、それでいてカウンターも警戒せねばならなかった」
山「ああ、たしかにやりづらそうにしていましたね」
上「ええ。ぬかるんだ地面に奪われる体力、そしてカウンターの恐怖がもたらす精神面の疲労。肉体と精神両方の負担が合わさると消耗度は数倍になります」
山「なるほど! 今川家が攻めているように見えたあの光景は、実は織田家によって今川家が消耗させられている光景だったのですね!」
上「まさしく、そのとおりです! そして今、十二分に用意を整えた織田家は、弱り切った敵に襲いかかろうとしています。これから見せられるのは『戦い』というより『狩り』といったほうがいい光景なのかもしれません」
山「なんと……そんな状況が?! いや、これは試合から目が離せなくなってきました!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
山「疲労でふらつく今川家の選手陣。そこへ二人、三人がかりで襲いかかる織田家の選手たち! 狼が獲物を襲うようなその姿は、まさしく『ボール狩り』と言っていいでしょう!」
上「はい。残り時間が少ないので体力の心配をする必要がない。だから強気の勝負に出ていますね」
山「たまりかねた今川家の選手は、抜群の技巧を誇る当主・今川義元にボールを渡しますが……おっと! 『東海一の舵取』と呼ばれる今川選手も織田家の猛烈な追い込みを持て余しています!」
上「疲労していますからね。持てる技量を十分に発揮できる状況とはいえません。もともと年配ということもありますし……」
山「ええ。上泉さんが心配していたとおりになってしまいましたね。――おおっと! ついに、ここで今川義元選手、猛然とプレスをかける織田家のボランチ柴田選手にボールを奪われました!」
上「はい。先ほどからの粘り強い追い込みがついに効を奏したようです」
山「今川選手、奪われたボールを追いかけようと急な方向転換をしたところで……ああっと! 足をもつれさせました――ピッチに転がった今川選手、立ちあがれない! そのままうずくまってしまう!」
上「う~ん。太ももを押さえていますね。かなり痛そうです……肉離れでしょうか?」
山「あ、そのようですね。自力で起き上がれないようです。試合続行は難しいかもしれません。……おっと、ここで今川選手の負傷に気づいた織田選手、プレイを止め一度ピッチの外にボールを出します」
上「おお! すばらしい『武士の情け』ですね! それにピッチ全体に目を配っている視野の広さも賞賛に値するでしょう。遠く広くを見据えられる新時代の戦国大名の鑑といえます」
山「はい。そして今、救護係を務める毛利新助さんと服部小平太さんが担架をかついで今川選手を運び出しに向かいますが……あっと! 今川選手! ピッチから出されることを嫌がり暴れています! そして今、毛利さんを蹴りつけました! あわてて服部さんが取り押さえ、ピッチわきに引きずって連れて行きます!」
上「これはいけません! 戦いの途中で退く無念はわかりますが救護係に当たってはダメです!」
山「そこへ、すぐさま駆け寄った三淵主審。『非武士的行為』ということで運び出されていく今川選手に赤札を示しました! なんと今川選手、ここで退場です! これでは交代選手を入れることもできません!」
上「う~ん、うかつですねえ。織田家の罠にはめられていたと気付き、あせったのかもしれませんが……大将のなさることとは思えない。退場処分は妥当でしょう」
山「はい。そして予想外の事態で大将を失った今川家――選手たちはみな、あまりのことにぼうぜんとしています! 後半残すところあと十分、ここで大きく試合が動きました!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
山「先ほど当主である今川義元選手を退場で失った今川家――しかし、まだまだ絶望的な状況が続きます」
上「その後も容赦なく織田家の『ボール狩り』が続いてますからね。人数的にも不利になった今川家はピンチですよ」
山「はい。数人がかりで襲いかかられボールを奪われる恐怖に腰が引けているようです」
上「ええ。焦っていると技術のある選手ですら精度が狂いますからね。勝ち戦ばかりやってきたので、精神面にもろさがあるのでしょう」
山「なるほど――ただ、そんな状況でも松平選手は落ち着いていますね? 浮足立つチームメイトとは打って変わり、たった一人闘志をむき出しにして走り回っています……そして自陣深くまでもどり、ボールを奪い返しました!」
上「ふむ。長年の人質生活で、若さに似ず苦労を重ねていると聞きますからね。肝のすわり方も他人とちがうのでしょう」
山「おっと! しかし味方の足が止まっています! フォローが来ない。松平選手はパスコースもなく、たった一人ボールを運ばざるをえません! そこを前田選手と木下選手が囲んでいく!」
上「むむう。さすがに期待の新人でも、この二人に組まれてはきびしいかもしれませんね」
山「そのようです。松平選手、粘りを見せましたがボールを奪われました。――そして逆襲の織田家左サイド! 木下、前田両選手が今度は攻撃で再び連携を見せます! 松平選手、必死になってこれを追いかけますが……すでに前田選手は今川家の陣内奥深く!」
上「う~ん、今川家の守りも反応が悪い。連携も取れていません。指示を出していた今川選手がいなくなったせいでしょう……当主の不在は守備面でも大きな影響を与えているようですね」
山「そうですね。そして前田選手――守備陣を木下選手との連携でいなし、まるで無人の野を行くように中に斬りこむ! と、さらに思い切りよく足を振り切った! 放たれたシュートは枠の中――サイドネットを強襲します!」
上「おお……なんと、強烈な威力でしょう! しかも狙いも精確無比ですよ!」
山「ボールは一直線にゴールに吸い込まれ……いや、キーパー横っ飛び! なんとか手を伸ばし指先ではじきました! ディフェンスがあわてて蹴り出しますが――しかし、体勢が不十分だったせいか中途半端! そしてボールはペナルティエリア手前、待ちかまえていた織田選手の前に転がりました!」
上「あッ! キーパー横っ飛びした直後ですから、ゴールががら空きです!」
山「お、そのようです! そして織田選手、落ち着いてボールをトラップ! 狙いを定めキーパーとは逆方向へ冷静に蹴りこんだ。きれいな弾道を描いたミドルシュートがネットを揺らし…………ゴォーール! 当主、織田信長選手のゴールです!」
上「おお! 乱戦となりそうなゴール前にあえてつめず、次のプレイに備えていた抜け目なさが勝負を分けましたよ!」
山「はい、冷静なシュートでした――そして織田家、試合終盤のここにきて、ついに逆転です!」
~つづく~