桶狭間の戦い~後半、その一
山「さあ、これより後半開始です。このあとの見どころを教えてください。解説の上泉さん」
上「はい。前半と大きく違うのは、やはり日がさしてきたことでしょう。すでに雨は止んでいましたが、黒雲が広がっていた前半と打って変わり、後半はぬかるんでいた地面が乾いてきそうです。この地面の状況をどう利用するか――両軍の環境適応力が試されますよ」
山「ほほう。たしかに立ち込めていた暗雲は晴れ、雲の切れ間からまぶしい陽光がそそぎます。はたして、この陽光はどちらのために輝くのか? 織田家対今川家の一戦――後半、今開始されました」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
山「さあ、後半は織田家のキックオフ。トップの滝川、織田両名がまずボールに触れます。そして織田選手はすぐにボランチの柴田選手までボールをもどす。柴田選手は周囲を広く見回したあと――おっと、入ったばかりの左サイド、前田選手にボールをあずける」
上「パスした後の柴田選手、『やれるだけやってみろ』とでも言うような表情を見せていますね」
山「はい。そしてパスを受けた前田利家選手――突破力が持ち味という話でしたが、いったいどういうプレイを見せるのか? お、まずはゆっくりとボールを前にだし、相手の出方を見るようです。しかしマークについた飯尾選手、うかつに飛びこまない。距離を保ちます」
上「定石通りの守備ですね。さて、ここからが見ものです。前田選手、なにをどう仕掛けていくのでしょうか?」
山「手元の資料によりますと、前田選手は強引な突破を図り、ボールを失うことも多かったということですが……」
上「なるほど。若者らしい積極性ですね。勝負をしかけない攻撃の選手は恐ろしくありませんから、その気質自体はよいのですが……あとはそれを集団戦術の中でどう生かしていくかでしょう」
山「はい。今試合で前田選手の成長を見られるのでしょうか……おっと、足を止めた前田選手の大外、左サイドバックの木下選手がものすごい勢いで駆けていく!」
上「おお! いいですね! 抜群のタイミングで上がりましたよ!」
山「そこへ前田選手からパスが出る……おっと?! 織田家の選手陣それにベンチメンバーの多くが目を丸くしてこの光景をながめています!」
上「試合中にどうしたことでしょうね? 一見、何の変哲もないパスに見えましたが……」
山「え~、ただいま入った情報によりますと前田選手、自分がしかけられる状況では、まったくと言っていいほど味方にパスを出さなかったそうです。」
上「ほう。なるほど。そういった事情が……」
山「はい。織田家の選手たちは今の光景におどろいて足を止めてしまったようで、駆け上がった木下選手のクロスも合わせるものがなく、キーパーにキャッチされます」
上「おしかったですね。今回はいいところに飛んだんですが……」
山「そうですね。おっと、当主の織田選手、そんな味方に大声で注意。ようやく全員の意識が試合のほうにもどったもようです」
上「いけませんね。試合中に集中を切らしては。……まあ、逆に言えばどれだけ今の光景が予想外だったかということです。前田選手、練習生として過ごした日々は人間的な成長につながったようですね」
山「なるほど。……おっと今度は今川家の攻勢。あいかわらず中盤の底――今川義元選手を経由してのパスワークが冴えわたります」
上「ふむ。しかし敵にとって致命的なエリアには侵入できていませんね。あくまでボールを回しているだけ、これでは……ここまでと変わらない」
山「はい。前半と同じような光景が続きますね」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
山「さあ、ここで後半も三分の一が経過。前半と同じく、今川がパスを回し、織田が守りを固めてカウンターを狙う展開。なかなか状況に変化は見られませんが……どうでしょう? 上泉さん」
上「……ふむ。この気温だと……そろそろでしょうかね?」
山「上泉さん、そろそろと申しますと?」
上「――試合が動き始めるかもしれません。ここからは目を離されないほうがいいでしょう」
山「ふむ…………おっと、上泉さんの言葉通り、いきなり状況の変化! 織田家の選手が積極的にボールを奪いに行き出した! 前線でボールを収めようとしたトップ朝比奈にディフェンダー池田が猛然とかかっていき……なんと! ボールを奪取しました! これはいったいどういうことでしょう!?」
上「地面が乾いてきましたからね。ボールを奪いに行く出足の一歩目が速くなった。そこを見抜けず今まで通りにキープしていると御覧の通り、ボールを奪われてしまいます」
山「なるほど。そして、ロングパスに定評のあるディフェンダー池田恒興、ボールを前線目がけて蹴りだす! 反撃の嚆矢となるパスを左サイドで受けたのは……前田です!!」
上「ボールを受けた位置が高すぎず、低すぎず――本当にいいポジショニングでした。突破力が売りの選手という話ですが思いのほか戦術眼もあるようです。……ああ、いえ。これも練習生として過ごす中で身に着けた技なのかもしれませんが」
山「むむ、そのようですね。先ほどからの前田選手のプレーの変化に、敵以上に織田家がとまどっているもよう。そのせいなのか、仲間のフォローも遅れがち。敵陣を一人で突き進まざるをえません」
上「そうですね。一度固まったイメージというのはなかなか抜けるものではありません。しかし、たしかに前田選手はいい選手ですよ。そして、それを理解している選手がフィールドには一人いますね」
山「なんと! たしかに! 全速でサイドを駆ける前田選手を、さらに追い越さんという勢いで走る選手が一人――木下選手です!」
上「いいですね。この試合中、精力的な動きを何度も見せてくれています」
山「前田選手、駆け上がっていく木下選手を横目で確認――おっと、しかし今回は自分で抜きにかかり……成功です! 内側への切り返しに大外に注意が行っていたディフェンダーはついていけない!」
上「大外を走っていく木下選手に注意が集まったところでうまく利用しましたね。走力を生かした味方への援護――これぞ、サイドバックの攻め上がりの最大の効果です。それに前田選手もパス、ドリブルどちらも判断よく使えることがわかりましたから、守る側としては非常にやりづらいことでしょう」
山「はい。そして先ほど内側へ切れ込んだ前田選手、一度シュートフェイントを入れてから、ペナルティエリア少し外で待つキャプテン織田選手へパス、守備陣が混乱したところで……織田選手はシュートを狙っていく! しかし外れた! シュートは惜しくもわずかバーの上にそれる!」
上「惜しかったですね。良い攻撃でした。前田選手の変幻自在なプレーが今川家を混乱させていますね。パスなのかドリブルなのか、シュートなのか――木下選手の精力的な攻め上がりとあいまって、左サイドからのしかけが効果を発揮し出してきたようですよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
山「先ほどの速攻のあと、織田家は息を吹き返したようです。その中心は木下選手と前田選手――まるで長年連れ添った夫婦のようなコンビネーションで左サイド――今川家にとっては右サイドを切り崩し攻略しています」
上「この練習生同士の組み合わせは今後、織田家の武器になりそうですね。先ほどからの短い間で再三再四、今川家のゴールを脅かしています。前半は今川家の武器となっていた松平選手も、今は守りに忙殺され、なかなか攻めに加われませんね」
山「はい。そして気のせいでしょうか、今川家がボールを奪われる機会が増えてきた気がするのですが……」
上「いえ、気のせいではないでしょう。地面がどんどん乾いていますからね。先ほども見られたように、守備側の出足が速まり、結果としてボールを奪う回数も増えたということでしょう」
山「なるほど。しかし、それだけでなく今川家の選手たちの動きが目に見えて悪いような気がするのですが……」
上「ええ。それもあります。地面がぬかるんでいた先ほどまで、今川家は守りを固めた織田家を攻略しようとパス回しを続けました。その過程でだいぶ体力を消耗していたようですね。さらに逆襲を受けた際、あわててもどることで、さらに疲弊させられました。この体力の差が、もしかすると、この一戦の勝負を決める重要な要素になるかもしれません」
山「なるほど。圧倒的優勢と思われていた今川家が不利になり、不利だった織田家が有利になる――これは思わぬ番狂わせが見られるのかもしれません。楽しみな展開になってまいりました!」
~つづく~