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戦国フットボール   作者: 習志野ボンベ
桶狭間の戦い
2/15

桶狭間の戦い~前半、その二

山「前半も早い時間帯。織田家は左サイドバックの佐久間選手を負傷で失いました。さて、選手兼監督の織田どのはいったいどんな手を打ってくるのでしょう? お、織田どのがピッチサイドへ駆け寄り、自ら選手を呼びに行きました。同時に第四の審判に交代を告げます。交代を告げられたのは……木下……藤吉郎選手? なんと織田家は練習生(あしがる)をこの大一番で投入です!」


上「ほう? 木下藤吉郎選手? 聞き覚えのない名前ですね?」


山「はい。ええ……手元の資料によれば木下藤吉郎選手は先ごろまで対戦相手の今川家に出仕していたそうです。しかし『技術不足でスタミナだけの選手』と評価され追放されたとのこと」


上「むむ。それはあまり感心できませんね。技術だけを重視し高さや速さなと他の要素を見下すのは今川家のよくない点でしょう。うまいだけの選手を集めてもフットボールは勝てないものです」


山「ほほう。上泉さんは今川家のフットボールに批判的なのですね?」


上「ええ。極論すれば選手の数だけ勝ち方があるのがフットボールの魅力――それを自ら切り捨てるのはもったいない。指導者の妙なこだわりでつぶされてしまう選手がかわいそうです。東国は文化で西国に遅れていますから、今川家がパスで崩すフットボールにあこがれるのは分かるのですが……」


山「なるほど。きびしいながらも深いご意見です。――おっと、ここで木下選手ピッチに入るようですが、……なんと、その前に主将・織田の濡れた靴を履き替えさせています。しかも懐で温めていたようで暖かい履き心地を堪能させています。すばらしい気の利きようです!」


上「ええ。試合に出る者のために万全を尽くす姿は控え選手の(かがみ)と言えます。さらに練習生という身分にもかかわらず、即座に出場できるように準備をすませているとは最高の心がけですね」


山「はい。その木下選手――あらゆるポジションをこなす便利さと、使い倒しても倒れない丈夫(スタミナ)から、織田家では『木綿藤吉』と呼ばれているそうです。今日も負傷者の出た左サイドに入り、再開のキックオフ直後から、さっそく全力で駆け回っています。マークにつかれた松平選手は粘り強いマークに非常にやりづらそう」


上「そうですね。しかも守備だけでなく攻撃でも効いていますよ。マークを怠らず、それでいてボールを持った味方のそばに顔を出しています。パスコースをきっちり作ってあげていますね。大事なことですが実際に続けることは持久力の点から難しい。しかし木下選手にはできそうですね。先ほどから激しく上下動していますが、まったく息が切れていません」


山「なるほど。織田家、これはいい選手を発掘したようです。さ、そしてボールを受けた織田選手から、オーバーラップをしかけた木下選手へのロングパス。木下選手、球足の速いきついパスでしたが、何とか追いついた。そのままクロスを上げます……が、これは精度を欠いた。ボールは外へ出てしまいました」


上「ええ。もともと右利きの選手ですから左足ではあのようなものでしょう。しかし精度は不十分でしたが、いい試みでした。あそこで利き足に持ち替えていたらつぶれてしまうチャンスもありますから」


山「なるほど。そして木下選手、攻撃が失敗したとたん、すぐ自陣に駆け戻って守備に入っていますね。マークに穴を開けません」


上「そうですね。この戻りの早さは特筆ものです。歴史的な『大返し』といっていいでしょう」

 

山「そして今川家、右サイドで先制点のアシストをした松平選手が木下選手の活躍でつぶされて、貴重な攻撃のアクセントを失ったようです。これは痛い」


上「そのとおり。完全に今川家の右サイドは制圧されてしまいました。攻守両面に顔を出す木下選手の脅威的なスタミナには驚かされます」


山「おっと……ゴールキックを受けた主将の今川選手、右サイドが使えないということで中央でのボールまわしをはじめました。いつものように細かなパスワークからリズムを作り、試合を支配していこうという考えでしょうか?」


上「ええ、そのようです。しかし、この芝の状況では……」


山「おおっ! 今川選手からパスを受けようとしたMF飯尾連竜でしたが、とちゅうボールが水たまりに捕まった! そこへ猛然と襲いかかるのは――織田家のボランチ・柴田勝家です!」


上「いい出足ですね。織田家のダブルボランチは柴田勝家と佐久間正盛。積極的にボールを奪いにかかる柴田選手が『かかれ柴田』と呼ばれるのに対し、きっちりスペースを埋める佐久間選手が『退き佐久間』と言われているそうです。すばらしいバランスを誇る名コンビですね」


山「はい。そして接触をものともせずボールを奪った柴田選手。そのまますぐにパスを出します。濡れた芝を考慮に入れ、きっちり強めに出されたパスは右サイドミッドフィールダー丹羽長秀に届きます。丹羽選手は一人一人の個性の強い織田家にあって、めずらしいバランス型。しかし実は目立たぬながらもスタミナ、技術、スピード、フィジカル――フットボーラーとして求められるすべてを高い水準で兼ね備えています。それゆえ派手ではないが主食のように欠かせないという意味で織田家では『米五郎佐』と呼ばれているとか……」


上「なるほど、たしかに足元にぴたりとボールを納めましたね。濡れて滑るボール、しかもかなり速い球足のパスでしたが何事もなかったかのように止めた。地味なようで高度な技術を見せつけてくれます」


山「はい。そして丹羽選手、すかさず前線にボールを送る。おっと、パスの行く先にはトップの滝川一益が走りこんでいた!」


上「滝川選手、ここまで姿を消していて、いきなり決定的な場面にあらわれるあたり、まさしく神出鬼没――さすが甲賀忍者との関係を噂されるだけのことはありますね」


山「ええ。そして滝川選手、ボールを受けてそのまま駆け出す。おや、これは速いぞ! ぬかるんだ地面をものともしない快足を見せつけてくれます!」


上「さすがですね。いわゆる『早駆けの術』です。 わたしが見たかぎりでは信州戸隠あるいは北条配下・風魔の忍びたちに匹敵する速さですよ」


山「なるほど。たしかに速い! いや、さらに加速する! そして相手ゴール前まで一気に駆け抜けた滝川選手……なんと、まだ距離がある位置で自ら打った! 惜しいッ! 強烈なシュートはクロスバーをかすめて上に外れました。滝川選手、くやしそうに天を仰ぎます!」


上「いいですね。その前のドリブルの速さもすばらしいですが、なにより中距離、長距離からシュートを狙っていけるところがいい。さすが鉄砲の名手と言われるだけはあります。飛び道具をもっている選手は強いですよ」


山「はい。そして思いもかけぬ強烈な逆襲に一気に青ざめる今川陣営。今、まさに織田家の反撃がはじまったようです!」



                                     ~つづく~

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