長篠の戦い~後半、その四〈完〉
快「後半も残すところわずかといったところ、織田家に三点リードを許した武田家に内紛が発生しました。当主の勝頼選手と――馬場選手、内藤選手、山県選手がもめているようですね」
永「う~ん。結果が出ないときはチームの雰囲気も悪くなるものですが、しかしベテランが反旗をひるがえすとは意外ですね。チームの和を重視してきた武田家家臣らしくない」
快「原因は……やはり戦術面での意見の食い違いでしょうか?」
永「ええ、おそらくは……。先代信玄公からの戦術を変えた勝頼公に不安を覚えたのでしょう。今までずっと攻性防御をやってきたベテランですし、その戦術での成功体験もある。敗北するにしても慣れない戦い方で負けるのはイヤということではないかと――」
快「ふ~む。つまり引いて守ってのロングカウンターを選択しようとしている勝頼どのに、ベテラン勢は前線からのプレスを望んだということでしょうか?」
永「はい……前線からのプレス、引いてブロックを作って守るやり方――どちらも一長一短ありますが、リードを許している現在ではボールを奪いに行く必要がありますからね。ここはベテランに理があるような気がしますよ」
快「ええ。しかし勝頼どのに聞き入れるようすはないようですね。頑として首を横に振っています。それでもベテラン勢は説得を続けようとしますが……おっと?! なんと勝頼選手、食い下がるベテラン勢に嫌気がさしたのか追い払うしぐさを見せました。これは……ピッチを出ていくよう命じたもようです!」
永「むむッ! これはいけません! 三選手とも武田家を支える大黒柱……一気に欠いてはゲームにならなくなりますよ!」
快「ええ! さすがに一門衆も短慮をたしなめますが……しかし勝頼選手、意見を変えないようです! 急なもめごとに目を丸くしている主審・多聞院英俊さんに交代を告げました!」
永「な、しかも三人同時交代ですか?!」
快「え、ええ……これは驚きの事態です! 窮地の武田家にさらなる暗雲がたちこめてまいりました!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「たった今、馬場、内藤、山県の三選手がまとめて交代しました。これでベテラン三選手が戦場から離脱します」
永「う~む。戦術意識を統一するのは重要ですし、チーム内の不和を除くことも大事ですが……なんとか言葉で説得すべき局面でした。逆に言えば、勝頼どのがそれほど追いつめられているということでもあり、父上が残されたベテラン勢に不満をいだいていたということでしょうね」
快「……はい。しかしサポーターのわたしとしても正直、疑問の残る采配ですが……さて、山県、内藤に代わって入ったのは長坂光堅、跡部勝資と技術のある両名がトップ下へ――馬場選手に代わってボランチへ入るのは武藤喜兵衛となります」
永「……ほう。そういえば武藤選手は両翼を務める真田兄弟の、さらに弟さんでしたか?」
快「ええ。養子に出て苗字はちがいますが『攻め弾正』と呼ばれた真田幸隆さんのご子息です」
永「――ほほう。知将の息子が三人ですか。これは少し気になる起用です。苦しい状況ながらも一筋の希望を見出したいところですね」
快「……はい。そして交代を終えた武田家が、わずかな望みとともにキックオフ。残り時間わずかしかも三点リードされた苦境の中、反撃を開始します」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「さて、南蛮渡来の自鳴鐘が後半残り三分を告げますが……う~ん。先の交代から状況はまったく好転していません。逆転はほぼ不可能――むしろ悪化しているような雰囲気すらあるのですが――解説の永田さん、どうでしょう?」
永「そうですね。攻撃の面ではチャンスをまるで作り出せていません。ボールを奪わなければ攻めをはじめることはできないのですが、前線三選手がまるで守備に貢献していませんからね――これでは苦しい」
快「ああ、そのように見受けられます。しかも前線から守らないせいで、池田選手や織田選手に好き放題ロングパスを出させてしまってますね」
永「ええ。カウンターにそなえて体力を残しておけという勝頼選手の指示なのでしょう。長坂選手も跡部選手も当主の指示に忠実に従っているせいで、ボールを良い形で奪えずチャンスが少ない」
快「ふむ。なるほど。忠臣も、ときと場合によりけりと言うことですね?」
永「――はい。しかし一方で守備はすばらしい武田家です。ぽんぽん出されるロングパスがピンチにつながっていないのは――新たに入った武藤選手の働きですね」
快「ああ、そういえばワントップ森選手までボールは入るのですが、シュートミスが続いていますね。これが武藤選手の働きだとおっしゃるのですか?」
永「はい。周囲の選手をうまく動かし、シュートの邪魔をさせ森選手が十分な体勢で打てないようにしています。そして、こぼれだまはきっちり拾っている。引いて守ることが不得意な味方に、うまく指示を出し、堅城を築いて守っていますね。実にすばらしい。城つくりの名手と言っていいでしょう――もっと早い時間帯から見たい選手でした」
快「ええ、たしかに残念です――そして武田家、たった今、ようやく奪い返したボールを前線の当主、勝頼選手に渡そうとしたところで……おっと主審が時計を見ているぞ?」
永「ああ。もう残り時間がありませんね。せめて最後に一点かえせるでしょうか?」
快「はい! これが最後のチャンスとなるか……武田家! パスを受けた勝頼選手が強引な突破からシュートを狙うが……残念、ボールは威力十分なものの大きくゴールの上にそれた!」
永「むう……最後まで空回りしつづけた今日の勝頼選手を象徴するようなシュートでしたね」
快「ええ。そして主審・多聞院英俊さんが笛を口に当て――たった今、試合終了です! 3対0で武田家の完敗! 一方、織田家は最後まで危なげない試合運びで武田家の反撃をよせつけませんでした!」
永「その上、しっかり若武者に得がたい経験まで積ませましたからね。文句なしの結果と言えます――これで織田家は天下取りに向け、大きく駒を進めました」
快「そうですね。しかし対照的に武田家のほうは負けたばかりか内紛まで発生し、将来に大きな不安を残す結果となりました。――そして、ただいま入ってきた情報によりますと……武田家では山県、馬場、内藤選手などを含むベテラン勢がのきなみ、今試合かぎりでの引退を宣言しているそうです!」
永「……ふむ。先ほどの口論が原因でしょう。当主への不信感があれで限界を超えてしまったようです。……にしても、ベテランながらまだやれる選手たちがやめてしまうのはもったいないですね。勝頼選手の短慮は高くついたことになります」
快「ええ……悲しいできごとです。――さて、今日、このように明暗を分けた両チーム。ちがいはどこにあったのでしょう? 最後に解説おねがいいたします」
永「う~む。やはり『人材の厚み』のちがいですね。敵の戦術変更に選手交代で完璧な対応をして見せた織田家はさすが天下を狙うだけあって――選手層が厚くバラエティに富んでいます」
快「ああ。たしかに――滝川選手から高さのある森選手への選手交代はみごとにはまりましたね」
永「ええ。一方で武田家はどの選手も優秀ですが能力はほぼ似たり寄ったり――投入で試合に変化をつけられる選手がほぼいませんでした。その結果、戦術変更がかえって失敗につながってしまったわけです」
快「なるほど。当主である勝頼選手の判断ミスだけでなく、武田家には組織としての問題もあったということですね?」
永「そういうことです。今後、勝頼どのがこの状況を改善していけるのかどうかに、武田家の将来がかかっていると思いますね」
快「……ふむ。なるほど。一人の武田家サポーターとしては勝頼どのの奮闘に期待したいところ。――さて、といったところで三河国からの実況は終了の時間です。永田さん、ここまでの解説ありがとうございました」
永「こちらこそ」
快「……そして、ここまで長々とおつきあいいただいた読者のかたもありがとうございました」
永「ありがとうございました」
快川紹喜「――では、また会う日がございましたら、その日までごきげんよう」
永田徳本「ごきげんよう。それでは――」
〈完〉
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。




