長篠の戦い~後半、その二
快「さあ後半も十五分、武田家の逆襲です! キーパー小山田選手のロングフィードから、武田勝頼選手が素晴らしいフィジカルを見せ、カウンターで織田家ゴールにせまりました!」
永「はい。ぶっちぎりの速さと高さでちがいを見せつけましたね」
快「ええ。前線からのプレスをやめた武田家ですが、今のところはその戦術変更がうまくはまってるんじゃないでしょうか?」
永「う~ん。そうですね。敵の戦術変更に織田家がとまどっているのは事実のようです。ただ……」
快「ええと。『ただ……』の続きはなんでしょうか? 永田さんの言いかけたご意見が武田家サポーターとしてのわたしとしては不吉で気になります」
永「――はい。武田家のカウンターは今回はうまくいきました。しかし引いて守ることに慣れているチームではないわけで……いつまでこのやり方が通用するか、少々不安になるのです」
快「なるほど。その点はたしかに気になりますね――これからの展開に注目です」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「後半二十分――いまだ互いにようすを探り合う状況。どちらもパスをじっくり回したあと、ときおり散発的な攻撃をしかけては相手に防がれる展開が続きます」
永「はい。双方ともに安全第一の方針です。先ほどの武田勝頼選手のカウンターで織田家も警戒したのでしょう。こうなると試合の見どころが減りますね」
快「たしかにそうですね。守備ブロックの外側でひたすら続くパス回しも、それを見ているだけでボールを追いかけない守備も見ている側としては退屈です――今までの武田家ではこのようなことはなかったのですが……」
永「ええ。おたがい相手のミスするのを待っているだけ――失点したくない気持ちはよくわかりますが、フットボールはあくまで興行でもあるのですから、観客をしらけさせるような試合展開にはあまりなってほしくありませんね」
快「そうですね。さて、この硬直した試合展開ですが、どちらのチームが状況を打破して勝利を引き寄せるのでしょうか? 永田さん」
永「う~む。本来、状況を打破すべきなのは一点を追いかける武田家だとは思います――しかし、状況を変えるという点では織田家のほうに一日の長があるかと思いますよ」
快「ほう……それはどういうことでしょう? たしかに織田選手は革新的な戦術を数々生み出してきた名当主です。しかし武田勝頼選手も先ほどの戦術変更で柔軟なところを見せたように思いますけど……」
永「ええ、そうですが……しかし、先ほど見せた戦術変更は、あくまで武田勝頼選手が気分よくプレイするために思えるのです。実際、あれ以降、勝頼選手はのびのびプレイしているものの、他の武田家選手陣は慣れない戦術で窮屈そうにしているではありませんか?」
快「なるほど……そういえば武田家はあまり表情によゆうがありませんね」
永「はい。一方、織田どのの戦術はチームが勝つことを第一に考えていますからね。このちがいは大きいと思います――事態を改善すべく、そろそろ対応策を取ってくるのではないでしょうかね?」
快「おお。そのようですね! 織田家はたった今、選手交代を告げるようです!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「織田家の選手交代は……ワントップ滝川選手に替えてなんと――森長可選手を投入するもようです! かつての名選手・森可成の息子ですね。初陣を果たしてのち勇猛果敢な戦いぶりを見せているとの資料がありますが、しかしまさか、まだ少年の面影を残す若い選手が、この大一番で起用されるとは……!」
永「ええ。しかも優秀な点取り屋である滝川選手に替えて――ですからね。あいかわらず織田どのは大胆な選手起用をなさる方です」
快「あ、そういえば今川家との試合『桶狭間の戦い』でも当時練習生であった木下選手――今は羽柴選手と、前田選手を同時起用していましたね。たしかに思い切りのいい人材登用です」
永「そうですね。しかし羽柴選手、前田選手――どちらも抜てきされた試合から一気に頭角をのばし、織田家の主力に成長しています。この蹴球戦国乱世を勝ち抜くには、固定観念にとらわれた人材起用では不足ということなのでしょう」
快「ああ……しかし、そうなると譜代出身であることを重視する武田家には難しい時世なのかもしれませんね」
永「ええ。残念ながら。一つの戦術を極めることには向いているかもしれませんが、時代の変化に対応できない可能性もありますからね」
快「むむう。きびしいお話ですね――さて、ところで……新たに入った森選手についての情報です。先ほどまでプレイしていた滝川選手と同じワントップにはいるもよう。神出鬼没が持ち味の点取り屋・滝川選手に対し、森選手は恵まれた体格と身体能力、激しい闘争心が売りの選手のようです」
永「……ほう。対する武田家の当主・武田勝頼選手と似たタイプですね」
快「ということは織田家……武田家と同じく引いて守るカウンター狙うつもりなのでしょうか?」
永「むむむ。どうでしょう? 一筋縄ではいかないのが織田家の戦術ですからね。気になりますねえ」
快「なるほど……では新たに入った森選手のプレイに注目するといたしましょう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「おや? 新たに入った森選手。ゴール前にじっと張りついています。マークを外すため、細かくポジションを変えていた滝川選手とはちがいますね?」
永「ええ。武田家守備陣――穴山と望月にぴったりマークにつかれていますが動じていませんね。……ははあ、となると織田家の狙いはおそらく……」
快「ほう……永田さん。ずばり『織田家の狙い』とはなんでしょう?」
永「……見ていればすぐにわかりますよ。ほら……織田選手の指示を受け、右サイドに大きく開いた明智選手にボールが入りました。ここから織田家の新たな攻めが見られると思います」
快「ええと、たしか……明智選手は華麗なテクニックを持つ選手でしたよね? とくにセットプレーでは抜群の技量があると聞いています。フリーキックやコーナーキックから何度もアシストしたり、点を取ったりしているとのこと」
永「そうです。そして、そんな技量のある選手に自由にプレイできる時間とスペースを与えてしまえば……どうなりますか?」
快「それは……あっ!? なんと! 明智選手――狙いすまして武田家ゴール前にクロスを上げたぞ!」
永「これです! 武田家は前からのプレスをやめてしまったため、技術のある選手に簡単にボールを蹴らせすぎました!」
快「ええ! そして美しい弾道を描いたクロスは急激に落ちる! ボールの向かう先には……どんぴしゃ森選手がいて……飛んだッ! これは高い! 高いぞッ!」
永「おおッ! 二人がかりのマークをものともしませんね! まるで鬼か武蔵坊弁慶のような力です!」
快「はい! 頭一つ抜け出した森選手、ヘッドでクロスに合わせる! 強烈な弾丸ヘッドは横っ飛びしたゴールキーパー小山田の手をはじき…………ネットに突き刺さった! ゴォォーーーーーーール!!!! なんと途中出場の若武者が、ここ一番で大仕事をやってのけました!!」
永「……滞空時間の長いジャンプでした。そこからたたきつけたヘッドもすばらしかった。いやあ森選手――本当に体幹が強い。マークについた守備陣を骨が無い人間のようにあっさりはじき飛ばしましたし」
快「本当にそうですね。わたしも素晴らしいゴールに震えが止まりません……え~、ちなみに手元の資料によれば森選手――地元・美濃国金山城で階段を利用したトレーニングに励んでいるそうです」
永「そうですか。足腰もたくましくなるわけですね。武田家の上を行く強さでした」
快「ええ……そして武田家、ここで二点のビハインドを背負ってしまいました――痛すぎる失点です。後半も残すところ半分を切り、苦しい試合が続きます!」