ハーフタイム
快「………………………………はぁ」
永「あの……快川和尚……お通夜のような雰囲気ですね?」
快「ああ……すみません。けっきょく武田家は反撃の糸口すらつかめず前半終了です……ふぅ」
永「なんだか投げやりな実況ですが、たしかにそのとおり。当主の武田勝頼選手に入ったボールは中盤の底に入った織田選手、ディフェンダーの柴田、池田両名の連携した守備であっさり奪われるばかり。どうにもうまく歯車がかみあいませんでしたし」
快「……ええ。くわしい解説ありがとうございます。実況までさせてしまいすみません。永田さん」
永「いえいえ。しかし武田勝頼選手――ここまで空回りが続いていますねえ。ボールの取られ方がよくない上に、古典的なタイプのフォワードで守備をしない彼は奪われたあとすぐ取り返しにいかないですから。織田選手あるいは池田選手に前線へのロングパスをガンガン供給されています」
快「ええ、そのせいで危うい状況が何度も続きました。守備陣のふんばりと速い戻りがなければ点差はさらに大きく開いていたでしょうね」
永「う~ん。ハーフタイムのうちに修正すべきだと思いますが……難しいかもしれません」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「――さて。気を取り直して後半戦の展望と行きたいところですが……」
永「…………気になることがありますね」
快「はい。先ほどから実況席に入りこんできているこの人物――いったい、どなたでしょうか?」
永「あれ? 和尚の知り合いではないのですか?」
?「ひぃ~っく、う~い」
快「……はい。ちがいます。そして、なんといいますか……すごく酒臭いです」
永「――ええ。場をまちがえた酔客かもしれませんね。話を聞いてみましょうか?」
快「はい。そうしましょう。…………あの、あなたはどちらさまでしょうか? こちらは関係者以外立ち入り禁止なのですが……」
?「う~い。わしは……ヒック、関東管領……ヒック、上杉……謙信……であ~る」
快「なんと!? 関東管領!?」
永「上杉さま!?」
上杉謙信(以下、上)「そうじゃ、う~い……まごうことなく、わしが上杉謙信であ~る。なにやらおもしろそうなことをしておるので見物にまいったのじゃ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「いやはや……なんということでしょう! 関東管領、上杉謙信どののご登場とは……!」
永「わたしもおどろきました。しかし、それにしてもずいぶん、お酒を召していられるごようすですな」
上「う~い。そのとおりじゃ。越後は米どころ、酒どころ――うまい酒がた~んとあるでな。飲まずにはいられん。それに氏康も信玄も先に逝ってしまったで、戦う相手もおらん。酒を飲む以外にすることが無くなってしまったからのう」
永「……ふむ。好敵手を失って、がっかりなさる気持ちはよくわかりますが――医者としては深酒はおすすめできませんよ。にしても今日はどうして、あなたほどの方がわざわざのお運びを?」
上「それはのう。観戦じゃ。好敵手の残した軍団の行く末――見届けてやらねばなるまいと思うてのう」
快「なるほど。たしかにあなたと信玄公は信濃をめぐって数々の名勝負をくりひろげた好敵手同士。気になるのもわかります。……では、かつての好敵手から見て、今日の武田家のようすはどうでしょうか?」
上「……う~む。どうにも勝頼の小せがれめのせいで武田家は力を発揮できずにおるのう。まあ、戦術的にとがったチームを遺した信玄のせいという面もあるが……与えられた戦力で現状をどうにかするのも当主としての力量のうちじゃて」
永(おや……酔っていられる割に的確なご指摘ですね?)
快(……ええ。永田さん。話をふったこちらもレベルの高い居酒屋解説に少し驚いております)
上「これ両名。聞こえておるぞ……ないしょ話なら、もそっと小声でやるものじゃ」
永&快「あ、いや、これは失礼」
上「――ま、この程度の解説なら素面でのうてもできる。……で、武田家の話じゃが――勝頼めの不手際だけでなく、武将たちの戦術に対する頭の固さも問題の一つであるかと思うぞ」
快「ほう……気になるご意見です。それはつまり武田家の風林火山戦術についてのご批判なのでしょうか? わたしとしてはかなり強力な戦術だと思うのですが……」
上「うむ。武田家の戦術――高い位置から追い込む守備と奪ってからの高速カウンターは、たしかに恐ろしい。実際、戦を交えたときには何度も冷や汗をかかされたものじゃ。しかし、武田家の面々はその成功体験に逆にとらわれておる」
永「……ああ、そうですねえ。高い守備ラインの裏を織田家に何度も狙われていますが、それでもかたくなに高い位置からの守備を続けようとしていますし」
上「そのとおりじゃ。武田家は『自分たちのフットボール』をつらぬき続けておる。『強みがある』のはいいことじゃが、そればかりにこだわるとかえって弱みになる。信玄が存命ならば、あるいはラインを下げるなどの修正をしたであろうが、やつが死んだことで戦術が固定化されてしまったからのう」
永「なるほど。偉大な信玄公の遺された戦術ということで『高い位置からの守備』が変えることが許されない聖域になってしまったというわけですね?」
上「そうじゃ。それにくらべて織田家のほうは相手に応じて柔軟に戦術を変えてくる。敵を分析して最適な戦術を選ぶ織田家。一方で自らの戦術にこだわり続ける武田家――ただでさえ戦力は織田家のほうが上なのじゃから……勝負はすでに見えておる」
快「つまり……今のところスコアは1対0ですが、このあと点差が開いていくという予想なのでしょうか?」
上「うむ。ここまでは自慢の走力と持久力で耐えてきたが、悪い形でボールを奪われ、もどりながらの守備を強制され続ければ……体より先に心の限界が来るやもしれぬ。そんなときは当主の頼りがいが重要になるわけじゃが――はたして今の勝頼に家臣の心を支えられるかどうか、怪しい所じゃのう」
永「……むむう。実にすばらしく的確な解説ですね」
快「本当にありがとうございます……上杉さま」
上「いや、なに。酔漢の戯言と思って聞き流してくれ。それではわしはここで失礼しよう。先ほど味噌田楽の屋台を見かけたもので……あれを酒のあてに、もう一杯やることにする。ではの」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
快「というわけで上杉謙信さん……本当に屋台に行ってしまいました。なんといいますか……自由な人でしたねえ?」
永「ええ――とはいえ、さすが北陸最強の上杉家を率いる人物です。分析は驚くほど鋭いものでした。そしてスタジアムグルメの選び方もいい。味噌田楽に目を付けるとはさすが通でいらっしゃる」
快「……あ、はい。たしかにおいしいですもんね。あれ」
永「ええ。淡泊な焼き豆腐に濃厚な味噌がからんだあれは、もう絶品といっても過言ではないような至極の味わい――」
快「お話をうかがっているだけで、よだれが湧いてきそうですね――やはり、わたしも、ちょっと行って買ってきます」
永「あ、わたしもお供します」
~しばらくのち~
永「……………………もぐもぐ」
快「…………………………むぐむぐ、ふう」
永「さて……………………少々話の脱線が過ぎたようですね」
快「……ええ。どうやら我々も謙信さまの自由さに当てられてしまっていたようで。恐るべき酔っぱらい大名ですね。しかし、おいしいものを食べて落ちこんでいた気分も晴れました。さあ、実況解説陣の腹も満たされたところで後半の開始です!」