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第24話〜26話

 第24話

 ズレたタイミング


 石原刑事に謝罪ができたことにより、ある程度モヤモヤした気持ちは晴れた恵美ではあったが、現実的に今直面している問題を考えると不安な部分の方が多かった。


 次の仕事もなかなか決まらず、新住居も納得のいく物件が見つからない。雄介も毎回それに付き合ってくれているだけに申し訳なく思っていた。

 「雄介さん。いつもごめんなさいね。無理しなくていいから自分の都合を優先してね。」

 「全然平気ですよ。僕の予定なんて全くないですからね。」

 「なんか悪くて。。」

 「気にしない気にしない。」

 「このまま仕事も決まらなかったらバイトで繋いでいくしかないのかもね。。」

 「それもひとつの手ですよ。いい仕事が見つかるまでのバイトだって悪くないじゃないですか。」

 「そうだけど・・」

 「確かに収入の面では生活がきつくなるでしょうが。。」

 「ええ。。知美の予備校代は親からの仕送りで何とかなるんだけど、生活費までは要求できないし。。」

 「そうなんですか・・」


 結局この日もこれといった仕事も家も見つからず、二人は出先で食事を共に一緒に済ませただけで終った。

 しかし雄介にとっては、恵美といるその一瞬一瞬が至福のときであった。それゆえ、何とか自分が彼女の役に立ちたかったのだ。


 雄介は幾晩も考えた。思いつくことはひとつしかないのだが、それを恵美に言っても良いものか悩んでいた。でもこのままではらちが明かない。

 「彼女と会う週末までには結論を出さななきゃ。。」


          恵美のアパートにて


 「ねぇ知美。あなたもう実家に戻っていいわよ。」

 「え?どうしたの急に?お姉ちゃん。」

 「だって、今まであたしのために同居してくれてたでしょ。」

 「まだ心配だわ。」

 「いいえ。あたしはもう大丈夫。知美こそこのままだと大学も受からないわ。」

 「あ、わかった!生活費のことでしょ?アタシが親に言って、もっと仕送りしてもらうよ。」

 「バカね。実家だって苦しいのよ。親に迷惑かけっぱなしじゃない!嫌よそんなの!」

 「そうだけど。。。」

 「知美もその方が勉強に集中できるわ。」

 「・・・それが1番いい方法なのかもね。逆にアタシのせいでお姉ちゃんに負担がかかってくるんだもんね。。」

 「ごめんね知美。今までありがとう。」

 「ホントにお姉ちゃんひとりでも大丈夫なのね?」

 「頑張るわよ。もう以前のあたしじゃない。」


           その週末の土曜日


 「恵美さん。僕に提案があるんだけど。。」

 「なあに?雄介さん。あらたまっちゃって。」

 「知美ちゃんが実家に戻るって聞いて僕の決心がついたんだ。」

 「??」

 「次のアパート見つかったら、僕と二人で住もう。」

 「Σ('◇'*エェッ!?」

 「ダメ・・かな?」

 「そんなこと全然考えてなかった。。」

 「僕が実家を出て生活費ももちろん出すよ。恵美さんはゆとりを持って好きな仕事を探したらいい。」

 「そんなにまで雄介さんに甘えちゃっても。。」

 「そんな他人行儀で考えないで下さい。僕は・・僕は・・」

 「は・・い?」

 「僕は恵美さんと結婚したいです!いえ、結婚していただけないでしょうか?」

 「けっこん・・・!!」

 恵美は突然の雄介のプロポーズに度肝を抜かれた。


 「決して生活のための同情ではありません。今すぐ式をするってわけでもないんです。僕の気持ちは電車通勤のときから全く変わっていません。あなたとずっと一緒にいられるのなら。。心からそう思っています。」


 長い沈黙が続いた。

 恵美は嬉しかった。涙がでるくらいに。。

 でも。。でも。。すぐには返事できない自分がいた。


 「雄介さん。あたしも・・あなたが好きです。でも。。このままだとあたしって存在が、ただ人に頼るだけの人間にしか思えなくて。。そんなのっていけないことだと思うの。」

 「。。。」

 「しかもあたしは罪人。。もっと苦労して生きて行かないと亡くなった人や親類の人たちに申し訳ないと思うの。」

 「そこまで自分を追いつめなくてもいいんじゃ。。」

 「いいえ。あたしの心は今でもやっぱり晴れない。ちゃんと服役して罪の償いをまっとうした方が良かったって。。つくづく思うわ。。」

 「でもそれは・・正しく判決が下されたわけだから。。」

 「判決は出たわ。でも・・正しかったかどうかは・・」

 「え?」

 「雄介さん。あたしの執行猶予期間が終るまで待っててくれますか?」

 「待たなきゃならないんですか?」

 「いえ。。雄介さんが他のいい人に巡り逢えたなら別にそれでいいんですど。。」

 「そんな意味じゃありません。僕は何年でも待てます。でも家が見つかってすぐではダメなんですか?」

 「あたしがひとりでやらなきゃ意味がないと思うの。。雄介さん、あたしたちしばらく充電期間を空けましょう。もしそれで待っていただけたなら・・喜んであなたの言葉・・お受け致します。」

 「。。。。はい。。」


 雄介は内心がっかりした。でも恵美が強い決意で望んだことだ。

 ずっと待とう。待っていよう。。そう心に決めた。


      そして数日後、雄介宛に恵美から手紙が届いた。


 「こ・・これは・・!!」




 第25話

 恵美の告白文


 恵美から届いた1通の手紙。


 雄介さんへ

 雄介さん、この前は私の一方的で勝手なお願いを聞いていただいてありがとうございます。

 あなたにはどんなに励まされ、心強く思ったことか。。

 あなたの提案は本当に嬉しかった。できるならその言葉に飛びつきたかった。でも・・今の私にはそれは甘えすぎ。


 以前、石原さんにも言われました。被害者の身内の気持ちを深く考えたことがあるのかと。

 全く考えなかったわけではありませんでした。でもあの事件にまで至った原因は被害者の彼に非があるわけで、当然の報いだと思っている悪魔的な私もいました。正当防衛が成立して私のこの心境が認められたのかと思うと、世間も同情してくれているのだと確信していました。


 でも世間は冷たかった。理由はどうであれ、人を殺したのには間違いないのです。職も失い近所にも白い目で見られ、行き場を失い現在に至っているのは雄介さんもご存知でしょう。

 

 今回の石原さんとのことで、事件や事故というのは被害者に縁のある人たちをも巻き込んで、こんなに長期間悲しみや憎しみを持たせ続けて苦めていたんだということが嫌というほどわかりました。


 謝罪しても今だに心が晴れません。このまま私が普通に生活することはできないでしょう。それはなぜなのかわかりますか?

 私は・・私はまだ真実を話していないからです。

 このことを話さない限り、私は2つの事件からの呪縛から解かれないでしょう。

 雄介さん。ごめんなさい。あなたには真実を知ってもらいたいのです。

その上であなたが私の元から去って行ったとしても、後悔はしません。

 私はこれから起こるすべての出来事を受け入れて生きて行きます。



 最初の正当防衛事件のとき・・私は殺意を持って彼を殺しました。

 記録では、とっさに刃物を持った私に彼が勢いよく飛び掛ってきて自ら刺さってしまったとあります。

 でも実際は・・彼はあのとき止まったのです。

 私が刃物を持っていたのに気づき、直前で止まりました。

 それなのに・・それなのに・・私は殺意を持って両手で思い切り彼に突き刺したのです。。。彼が怖かった。彼の恐怖から逃れたい一心で行動に出てしまったのです。


 次は福永さんの事件です。

 私は彼が憎かった。私と雄介さんの仲を裂いたのは彼だということを知美から聞きました。そして私と付き合い始めて間もなく簡単に別れ話を切り出されました。こんな人がいるから私みたいな気の弱い不幸な女が利用され、ボロボロにされるのかと思うと憎しみが増すばかりでした。


 あの日、福永さんが、私が飲むはずだったコーヒーを飲んだのは事実です。そして彼は倒れた。でも・・・私はすぐに通報しなかった。今通報したらこの人は生き返る・・こんな人がいるとこれからも被害に遭う女性があとを絶たない・・そう思うと私はすぐには電話をすることができなかったのです。私はそのままずーっと倒れている彼を見つめていました。放心状態でずーっと。。。どのくらい時間は経ったのかはわかりません。そのうち私の意識も朦朧としてきて・・たぶんそのあと気を失ったのだと思います。

 そして気がつくと私は正気に戻っていました。目の前に福永さんが倒れている現実に恐怖が襲ってきて思い切り叫びました。あとは記録と同じでご近所の方がいらして通報していただいたのです。


 私は故意に連絡を遅らせたのです。つまり石原さんの言われる通りだったのです。私はこの2つの罪を背負ったまま、普通に生活する資格はありません。


 雄介さん。。私なんかを待っていなくてもいいのですよ。

 あなたが私の元を離れて行っても決して恨むことなどありません。

 あなたにはあなたの人生がある。

 私には償わなければならない罪がある。

 

 今まで支えて下さって心から感謝しています。

 ありがとう。雄介さん。

 一緒に電車通勤しているときから大好きでした。。


                  高瀬恵美




 第26話

 秋風の空の下で


 日本の四季は豊かでどの季節にも風情がある。

 春夏秋冬の木々や花々をはじめ、四季折々の色鮮やかな景色やその世界。

 それらは今まで決して忘れることなく繰り返されている。


 幾度となく、順序通りに移りゆく季節を、常に新鮮な気持ちで迎え入れることのできる人は、果たして何人いるのだろうか?

 春の息吹、夏の太陽、秋の紅葉、冬の雪景色。どれも絵になる素晴らしさがある。

 しかし、それは心のゆとりがどれほどあるかで決まってくる。

 繰り返される季節を辛く悲しく、永遠に長い道のりを歩いているような感覚に陥って過ごす者もいる。先は見えてはいるのに1歩がなかなか進まない。特に罪を償っている者にしてみれば、1つ1つの季節の往来がとても重く、過酷なことなのだ。

 何度目かの春が来て、夏、秋、そして寒くて長い冬を過ごし、やっとまた春が来る。でもそれをあと幾度も繰り返さなくては本当の自分に春は来ないのだ。


            数年の歳月が流れた・・・


 とある拘置所から、ひとりの人間が刑期を終えて出ようとしていた。

 季節は秋風が冷たく舞う10月下旬。

 家族の迎えは頼まなかった。数年ぶりに表へ出て歩く感触をしばらく1人でかみ締めたかった。

 それに・・刑期が終ったとはいえ、あらためて謝らなくてはならない人がいる。でも会ってくれるだろうか・・?

 もう連絡の取れない所に引越しているのかもしれない。

 あるいはすでに別な形での幸せを見つけて、関わりあいになりたくないのかもしれない。 


 とにかくそれでも探そう。そしてそれが終ったら・・もう忘れよう。。

 そう思っていた。


 だがあの人は今、目の前にいた。

 高い塀に囲まれた拘置所の門の向こう側に。

 吹きすさぶ冷たい秋風の中、コートをまといながら立っていた。


 ゆっくり近づきながら門へ歩いてゆく。

 お互い目をそらさずに見つめ合ったままで。

 そしてついに外へ出た。


 「おかえりなさい。雄介さん。長い間、ご苦労様でした。」

 「・・・来てくれたんですね。。恵美さん。。こんな僕のために。。」

 雄介はすでに涙が溢れていた。


 「雄介さん。もう泣かないで。ここにずっといても寒いわ。さぁ、あたしの家で一緒にお茶でも飲みましょう。」

             (続く)


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